第三話 龍襲来【前】
大人に成長するまで少し展開早めていきたいと思います
その日は朝から外が騒がしかった。
俺は布団を捲ってベッドから這い出る。いつもより起床が一時間早い。
俺には睡眠は必要はないのだが、布団の温かみというのを最大限に味わうためには睡眠が一番効率の良い方法であった。布団というものは言いようのない幸福感を得れる。何度転生を繰り返してもそう思う。
「アンネ…、仕度しなさい…」
顔を洗っていると貧相な女が言ってきた。家具を纏めている。引っ越しでもするのだろうか。
「どうしたの?」
「今から皇国に避難しなくちゃいけないの…。だからアンネも大事なものを用意してきなさい…」
皇国への避難。外が騒がしいのもそれが原因なのだろう。
俺はさっそく先日手に入れたこの世界についての知識を参考に原因の答えを予想する。そんなことしなくとも女の脳から直接情報を奪えば一瞬で判明するのだが、そんなことはしない。
未知を予測するのも一興だ。
「龍がこっちに来ているらしいのよ…」
貧相な女が先に答えを言ってしまう。せっかく色々考えてみていたのに水を差された気分だ。
しかし「龍」と女は言った。
この世界の龍は種族のことを意味していない。
「時間もないわ…、早く着替えて準備なさい…」
俺は部屋に戻って普段着に着替えると外を窓から眺める。激しい雨の中を大人らが駆け回っているのが見えた。家具を馬車に乗せている。皇国の兵士らも救援に来ているようで指示を出し村人を誘導していた。
雨を引き連れて襲来する龍と言えば「瘴酸龍ヘブラ」というところか。
手に入れた知識をナチュラルに嫌味なく披露してみる。これも俺スタイル。
そしてこの世界の「龍」とは超災害規模の力を有したモンスターのことである。
ちなみにその「龍」を神の使いとして崇めている宗教や地域もあるらしい。
「アンネ…、準備はできた…?」
貧相な女が部屋に入ってくる。ノックぐらいしろと思ったが口には出さない。
俺には持っていくものは何一つないので手ぶらで外に出る。あるとすればこの身一つだ。
女は外に出て兵士を呼び荷物を運ぶのを手伝ってもらう。俺も小さな体ながら小物を運ぶのを手伝う。
雨は徐々に激しさを増していく。
「君はもうこれを被って場所の中に入っていなさい」
途中、兵士の一人にマントを羽織らせられた。既に全身びしょ濡れだが、この雨、大量の魔素が含まれ始めている。偉大な俺には無害だが普通の子供には害になる量だ。
大量の魔素は襲来直前の兆候である。
母である女やその他大勢の村人たちはまだ半分も避難の準備を終わらせていない。
龍が過ぎ去ったあとには何も残らない。一つでも多くの家財具を持っていきたいと思っているのだろう。
その中でも放牧していたリンド牛などの家畜を運ぶことに時間と手間がかかっている。
すぐそこまで死が近づいているのに愚かなことだ。
その身一つ命さえ助かればどうとでもなるというのに。
俺は兵士の一人に渡されたマントを近くにいた貧相な女に背後から羽織らせる。このマントには魔力を通さない術式が施されている。完全にとはいかないが、ある程度ならばこれで魔素が身体を蝕むのを防げるはずだろう。
気づいた女は振り返るがそこに俺はいない。
百に系統が分かれる魔術の一つを使い、俺は村一番高い塔の頂点に立つ。
さて、神の使いと称される龍はどれほどのものか。
◇ ◇
滝のように降り注ぐ雨で十メートル先も視認できない。
だが俺は俺である。ゆえに俺の視界は快晴のようにクリアに映る。魔術を使っただけなのだがな。
草原を超えた遥か遠くに点が見えた。そこから膨大な量の魔力を感じる。あれが瘴酸龍だろうか。
この分ではあと十分ほどでここに到着するだろう。
そして残り十分程度の短い時間でリンド村の人間は避難できない。
この村の奴らは詰んでいるということだ。今更すべて捨てて逃げても間に合わないだろうし。
しかし俺ならどうすることもできる。元凶である龍を殺せばいいだけなのだ。そういう訳でこの村が消えるか残るかは俺次第。さてどうしようか。ドラゴン種など一万回は殺している俺だ、今回だって瞬殺で手間もそうかからないだろうが、ボランティアの人助けは俺のキャラに合ってはいない。
そうだ、ペットにするのがいいかもしれない。魔物を使役する魔術もある。
だがペットを飼うことをあの貧相な女が許すであろうか?今でさえ俺とあの女で食っていくので精一杯な家庭である。ペットを飼う余裕などないだろう。散歩だってめんどくさい。殺すかペットにするか。
そう悩んだ時だった。
そのとき雨の中を何かが飛んできた。
雨粒の一つ分しかない大きさに見えたそれは近づくほどに大きく見えていく。
目の前まで迫るそれは巨大な山ほどある水の塊だった。小さなリンド村なら押し流されてしまうであろうほどの。
咄嗟に俺は右掌を向けて暴風【ストーム】を行使する。
水の塊は空中で弾け散る。続けて空間【ウォール】を行使し見えない壁を作り上げ、水の落下をリンド村から逸らしていった。もしも俺がいなかったら先ほどの一撃でリンド村は壊滅していただろう。
◇ ◇
龍とは災害である。
龍に人は決して抗えない。
認識【サーチ】を使い遥か遠くの瘴酸龍の全貌を知る。
肉。肉肉。皮膚のない屍の集合体。
それが瘴酸龍ヘブラ。
知らないほうが良かったかもしれない。
こいつは俺と同格の力を持った個体だ。
◇ ◇
完全に甘く見ていた。
瘴酸龍から遠距離砲撃で放たれる水塊を空中で防ぐが一撃一撃が重い。連続で隙もなく落ちてくるため壁を保ち続けないとならない。本来ならばこの程度どうでもないが、俺は今現在か弱い少女だ。
魔術の連続行使に未成熟な身体が悲鳴を上げる。
完璧にこの村に的を向けていることを見て、瘴酸龍にはある程度の知能があると判断する。
一瞬さえ隙が生まれれば反撃に出れるが。
こんな村など見捨てればいいだけなのだが。
先ほど行った認識【サーチ】は迂闊であった。あれで俺の存在を知られた。
そしてこの連続で放たれる水塊。どうやら魔術に対して高い融解性を持っているようで、徐々に完璧で最高な俺の見えない防御壁が融かされていく。
このままでは突破されるのも時間の問題。
村人だけでも空間【テレポ】で皇国に移動させておくかと考えたが、空間【テレポ】の条件として対象の位置を把握していないとならない。もちろん把握する術もあるがそれには数秒隙が生まれる。この少女の身体では同時に二つの魔術は行使できないのだ。その間に壊滅してしまうなんて本末転倒だ。
間違いなく劣勢という状況。
俺でなかったなら絶望する場面だろう。が、俺である。
俺の目は未だ光を失っていない――――
―――超遠距離射撃水。こぶし大の水の直線が防御壁を突き破り俺の腹を貫通した。
真っ赤な血が腹から湧き出ると、口からも血が出た。
唐突なことで避けることができなかった。邪悪な魔素が体内に入り込んで蝕もうとしている。
最悪だな。フラグなど立てなければよかった。
言い訳すると、まさかあの距離からこう正確に狙撃されるとは思わなかった。
傷はどうとでもなるが、体内に入り込んだ魔素はそう簡単に排出することはできない。
「アンネ殿!何してるでござるか!」
塔の頂上に上がってきたバカがいた。見覚えのある顔だ。
「何しているんだ、お前…」
「小生は龍を身にきたでござる」
本当にこのガキは苦手だ。バカすぎる。
「って、アンネ殿怪我してるでござるか!?」
今更腹が貫通してるのに気付いたのか。呆れた奴だ。
それにここからじゃ土砂降りすぎて何も見えないだろ。帰ってくれ。
「黙れ…。邪魔だから失せろ」
龍の目標は俺になっている。俺の周りにいては危険だ。死ぬのは勝手だが俺の手の届く場所で死んでもらっては困るんだ。まるで俺一人生き残るので手一杯だったという印象を与えてしまう。
ガキ一人守れなかったという評価だけは御免こうむりたい。
ほら見ろ。防御壁を貫通してメガネを標的に水弾が飛来きてきた。それも即死狙いのヘッドショットコースだ。
それを俺は右手で叩き落とす。右手首から先は水弾と共に弾けて散ったが問題はない。
「なんでござるか…、お主誰でござるか…!」
その光景にメガネは混乱する。当然だな。少なくとも十歳のガキには刺激は強すぎた。
「俺はアンネではない。アンネは今、皇国に母とともに場所で避難している」
「なっ…、なっ…」
適当に嘘を吐いたが、メガネは上手く頭が回っていないようで何も聞こえていないようだ。邪魔なので眠らせてこいつだけでも皇国に送っておこうかと思ったが、その前にメガネはいなくなっていた。
この状況で腰を抜かさず去れるとは、バカだが見所のある奴だ。
大質量の水塊は空間【フォール】でどうにか防げる。
しかし超遠距離射撃水はどうやら防げない。
「ふははは!」
腹を貫かれ張った壁もいつ破られるか分からない絶望的な状況だというのについつい笑ってしまう。
やはり何かを守りながら戦うというのは難しいのだな。
かつて殺した英雄の顔が脳裏に浮かぶ。二つ目の世界でちっぽけな国のために俺の前に立ち塞がった人間。結局は国もろとも消滅させてやったが。あのときは愚行と嘲笑ってやったが、今なら少しだけあの人間の気持ちが俺にも分かるかもしれない。
◇ ◇
瘴酸龍ヘブラ。瘴気の雨を引き連れ襲来する超災害レベルの魔物。
未だ人間が龍を倒せたという事実はない。
セッ〇スネタがなくてすみません