第二話 十歳【後】
ここまで読んでくれてありがとうございまし
リンド村からは小さく皇国ディアドミアの外壁が見える。
皇国ディアドミアとは、リンド村産リンド牛の肉と牛乳を出荷する大手の買い手国であり、様々な人種の人間や亜人種が融け合うように生活し国を支える血種混合サラダボール国家だ。俺は行ったことないが、市場には見たこともないようなモンスターの首がそのまま売られていたり、獣のような顔をした売店主もいたという。
前の世界で昆虫人を支配して人類と争わせたりしたこともある俺にとっては珍しいことでもない。
だが別種が混ざり合って共存できているのは珍しい。
大半は種族間で憎み合うようになって破たんする。二つや三つの種族でなら話は変わるが、皇国ディアドミアに生きる種族は数個程度ではなく数十以上だ。
治める王が有能なのだろうか。いつか会ってみるのもいいかもしれない。
皇国を眺めながら歩いて数分ほど。
俺は一軒の古びれた家屋に着く。目的地だ。
重い扉を開いて中に入っていく。奥の部屋に入ると壁中の本棚に本がズラリと並んでいた。
かつてここには皇国の学者が住んでいたが何かの条例に引っかかり処刑されたという。それからはリンド村の者もここには住もうとせず、内部の家具や道具も当時のままだそうだ。
俺は昨日途中まで読んでいた本を本棚から取り出すと栞を挟んだページから読み出す。
内容はこの世界の歴史について。戦争や宗教や土地のことが詳しく詳細に書かれてある。
ここに置いてある本の内容はほとんどそうだ。漫画などは一切ない。中にはかつてここに住んでいた学者の著書もあった。蔵書の数は地下にもあった部屋の物も合わせると千冊を超えていた。
この世界について知るには母である女や村の老人から聞ける話の内容だけでは限界があった。
リンド村の人間は村の外の世界について無知に等しい。
そもそも識字率も低く、本から学ぶということを知らない。
リンド牛の世話さえできれば生きていける村だ。文字を読む必要もなかったのだろう。
どうしようかと困っていた俺は偶然、メガネがここに入っていくのを見て後を追った。
すると奴はここで人体について書かれた医学書を読んでいたのだ。しかも女体のページだ。
「お前最悪だな」と背後から言ってやると、メガネは驚いて逃げてしまった。
それからメガネはここに来ていないらしい。母である女に言われたことだがここは本来立入禁止だそうだ。まあ、俺には関係ないこと。
文句があるなら言ってみろ。魂ごと綺麗に消し飛ばしてやる。
万が一に見つかった場合は記憶を消せばいいだけのことだ。
多くの本を読んだ結果、今回の世界は人間の王と魔族の王が対立したケースだということがわかった。
これは俺が「ガルレージ・アルトライム」として最初に生まれた世界と同じケースである。
このケースが色々な奴がいて実は一番面白い。
俺は本を閉じて目を瞑ると、どう世界を愉快に楽しく蹂躙し終焉に導いていこうかと妄想に耽る。
人間の王を洗脳してまずは人同士潰し合わせるのもいいかもしれない。
魔族の王を殺して俺が君臨するのもいいかもしれない。
いっそのこと今回は人間と魔族に次ぐ新たな第三勢力を作ってみるのもいいかもしれない。
俺の百に系統の分かれる魔術と膨大な知識を用いれば実に簡単なことだ。光分子だけで構成された殺戮マシーンなんてどうだろう。指先から光線を発し、光のスピードで移動可能な。そんな新勢力に対して人間と魔族がどう抗おうとするのか、俺は割と気になる。
俺は本をもとあった場所に戻すと部屋から出る。必要な分だけの知識は手に入れた。
もうここには用はない。二度と立ち入ることもないだろう。
補足として言うが、わざわざ本を読む必要も俺にはなかった。
百に分かれる系統の魔術の一つ、認識【リーダ】を使えば同時に千冊の内容を読み取ることもできたのだ。
あ?なぜそうしなかったかって?
単純なことだ。便利すぎる能力に頼りすぎると人は堕落する。それにこういったものを地道に遣り遂げることが、最終的な結果に付いてくる達成感に直結して関係するのだ。
俺が本腰を入れ破壊活動に殉じれば、いつであろうとも三日で終焉にまで持ち込める。そうしないのはそれでは何も面白くないからだ。重要なのはそれまでの過程だ。
世界についての知識を得るという過程をも力には頼らず苦労しながら楽しむ。それが俺スタイル。
力を持たない者には理解できないことであろうが、全てが簡単だというのも退屈なのだ。
◇ ◇
リンド村より遥か遠くの地に酸性の雨が降る。
◇ ◇
家に帰ると、女が夕食を用意していた。
「お帰り…、アンネ…。ご飯の前は手を洗ってきなさい…」
帰宅そうそうに指図してくる貧相な女。
お前が決めたルールを俺に押し付けようだなんて気は確かか?
本来の俺であったならば決して許されないことだ。だが夕食に俺が前々から好物だと伝えていたグエル果実をデザートとして用意したことを評価し見逃すことにした。
仕方ないので俺は手を洗ってくる。
「お母さん、グエルの実買ってきてくれてありがとう」
食事する直前に俺はそう言ってみた。
「いいのよ…」
女は微笑んで俺の頭を撫でる。
こう言っておけば近い将来また買ってくるということをこの十年で俺は学んだ。チョロすぎる。
そして俺は食後のデザートとして用意されたはずのグエル果実を最初に齧り付いた。
俺が好物から食べていくタイプであるからだ。
まだまだ続きます
がんばらせていただきます