第一話 十歳【前】
転生してから十年後、俺はスクスク病気もせずに成長していた。
百の系統に分かれた魔術を使える俺にとって病の予防など動作もないことだ。
「アンネ、昼食よ…」
そう俺に声をかけるのは今の産みの親であり育ての親でもある女だ。
「はーい」
適当に答えてテーブルに着く。テーブルの上にはサラダやパンの食事が置かれている。
「いただきます」
両手を合わせて頭を下げると、まずはサラダから手を付けた。
今回用意されていたのはシチューとパンとサラダとジュース。味はそこそこ。
そもそも過去の世界で豪華絢爛な酒池肉林を毎夜宴のように食べていた俺の口に合うようなものを、こんな貧相な女が作れるわけもない。そこそこの味というのも百歩譲った評価でしかない。
「お味は…、どうかしら…?」
女は俺の口に付着したシチューを拭きながら感想を訊いてくる。
「美味しいよ!」
俺は上手く本音を隠して答えてやった。こういう気遣いもできてこそ真の強者だろう。
嬉しかったのか、女は微笑んで頭を撫でてきた。単純なやつだ。頭を撫でられるのは侮辱的な行為だが飯を用意した報酬として今回だけは見逃してやることにした。
食事を終わらすと女は食器を洗い始める。まるで召使のようだ。
「遊んでらっしゃい。でもあまり危ないことや遠くに行っちゃダメよ…」
手を動かし口だけで俺が外で遊ぶのを促す女。俺に命令するなど生意気に感じたがそうすることにした。
食後は無性に体を動かしたくなる。
「わかっているよ。行ってくるね」
そう言って俺はドアから外に出る。まぶしい太陽の光と広大な高原が視界に入った。
ここはリンド村。畜産業が盛んらしく、リンド牛とかいうのを中心に育てている。
「アンネ殿。こんにちはでござる」
さっそく声をかけてきたのは俺と歳の変わらないガキだった。
メガネをかけて片手に本を広げる利口そうな風貌をしているが、中身はろくでもないエロガキだ。
「おはよ」
「もう昼過ぎでござるよ。こんにちはでござる」
「どうでもいいよ」
俺は辛辣に言い放ってガキと離れようとする。
俺はこいつが苦手だ。
「実はアンネ殿に頼みがあるでござる」
出た。これだ。こいつはいつもこうやって俺に頼み込んでくるんだ。
「アンネ殿、このカメラを持ってリンド湯に潜入してくれでござる!入場料は小生が出すでござるから」
リンド湯というのはリンド村にある露天風呂のことだ。
このガキは女の俺にカメラを使って盗撮してきてくれと言っているのだ。
「小生の父の書斎から秘密裏に持ち出してきたでござるよ」
メガネがカメラを取り出す。ガキのくせに準備がいい。末恐ろしい奴だ。
しょうがないので俺は無言のままカメラを取り上げるとメガネを被写体にシャッターを切った。
「何をするでござる!小生ではなく、裸体をとってくるでござぁ―――?」
最後まで言い切る前にメガネは意識を失いその場に崩れた。
原因はもちろん俺だ。
百の系統に分かれた魔術の一つ「催眠【スリープ】」を使ったのだ。
これでメガネは半日目を覚まさない。
俺はカメラをメガネの腹の上に置いてその場から離れることにする。
小さな村だ。夜になるまでには誰かに発見されるだろう。
死んだとしても、その時はその時だ。
大人の身体に成長するまでまだまだ時間はかかる。急成長を促す魔術もあるが、急激な変化は体内の魔力が変質してしまう可能性もあり、安全を考えて成長は時間の流れに任せることにした。もちろんその魔力の変質を抑えることのできる魔術もあるが、人間待つことを楽しむのも大事なこと。
だからあと数年はこの村に潜伏するつもりだ。
恥ずかしいことだが少しだけこの生活も気に入っている。生活するにも不便はなく、何より平和である。
リンド牛の乳という飲み物も割と上品な味わいで口に合う。
どうするかは成長した数年後に決めよう。