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家族という鉄鎖

今度生まれてくる時はこんな家になど生まれたくない。

高校1年生の怜子はいつもそう思っていた。怜子の家族は父と母、10歳年上の兄がいる。兄は中学の時から引きこもりでずっと部屋から出てこない。

ところが最近、怜子が入浴するとそれを覗くようになった。怜子が母にそれを伝えると、母は何てこと言うんだと私を怒った。怜子がまだ小学生の頃、兄は母の入浴を覗いていた。母はそれを知っている様子だったが何も言わなかった。自分が女として見られているのに喜びを感じているようだった。覗かれた翌日は決まって母から何ともいえないいやらしい臭いがした。それは怜子が母を軽蔑する一つの理由となった。

怜子の入浴を覗くと知った母は、怜子に嫉妬し、いつもにまして、ひどい言葉を投げつけた。父は怜子や兄がまだ小さかった頃、よく暴力をふるった。兄が中学に引きこもり始めた頃には兄に対する暴力はなくなったが、怜子に対しては機嫌が悪いと殴ったり蹴ったりした。母は見て見ぬふりをした。父は自分より弱い者を攻撃するしかできない弱い人間だった。怜子はこの家が心底嫌いだった。高校を卒業したら絶対に出て行くと決めていた。


きっかけは何だったのだろうか。兄は父に似ていやなことがあるとすぐに怒鳴り散らした。怜子はそれが怖かった。父よりも怖かった。怜子が帰ってくると兄が母を殴っていた。弱い人間が、もっと弱い人間を殴る。怜子は見て見ぬふりをした。母のように。怜子は自分が嫌いになった。


そんな時、近所の三橋が庭の手入れをしているのを見かけた。三橋といえば、近所では有名なおしゃべりで、彼女に話したことは近所中筒抜けになってしまう。

「三橋さん、こんにちは。いつも素敵なお庭ですね」

三橋がいつも、庭の手入れに熱心な事知っていた怜子はを気を遣ってそう言った。

「あら怜子ちゃん、ありがとう。見て、この花ねぇ・・・」

と花の説明をひとしきりした後こう聞いた。

「お母さんは元気?」

「はい・・・」

怜子はわざと濁すような返事をした。三橋さんは当然、その様子を見逃さない。

「何かあったの?」

「いえ・・・大丈夫です」

怜子はわざとそんな言い方をした。本当はすべて話してしまいたいぐらいだった。でもここで簡単に話してしまったら・・・。

そして、その瞬間、怜子の脳裏に恐ろしい考えが浮かんだ。もしかしたら、私は解放されるかもしれないと。


 偶然だろうか、怜子が帰ってくる時間になると三橋はいつも庭の手入れをしていた。顔を合わせると挨拶をし、少しずつ、家の事も話すようになった。そして最後に念を押す。

「三橋さんだから話すんです。誰にも言わないでくださいね。」

三橋はそんな風に慕われるのが嬉しかった。誰にも話すまいと決めたがついつい近所の仲のいい友人に話してしまい、こう念を押す。

「誰にも言っちゃだめよ」


怜子は自分の心がどんどん腐っていくような気がした。それでもやめられなかった。

「父も母も兄のことをすごく心配してるんです。でも、兄もすごく苦しんでるんです。私に出来ることなんて何もないから、明るく笑うようにしてるんです。でも疲れました。」

怜子は泣いた。本当の涙なのかはもう自分でも分からなかった。兄の気持ちなど知りたくもなかった、ただのわがままで身勝手な自意識過剰な奴としか思えなかった、父も母も軽蔑の対象でしかなかった。

三橋はそんな怜子に同情しながらも、誰かに話したいという気持ちは抑えられなかった。人の不幸は蜜の味がする。近所中が怜子の家の事情を知るまで、そう時間はかからなかった。怜子は近所の人にいつも笑顔であいさつをした。そして皆「いい子なのに苦労して、可哀想に」陰でそう言っていた。怜子が近所に与えたかったイメージ作りは成功していた。


深夜の出来事だった。火事を知らせる消防車のサイレンか鳴り響いた。

怜子の家から炎が上がっていた。それはすごい勢いで燃えていた。家の前でひとり、火傷をしながら立ち尽くす怜子の姿かあった。近所の人々が集まってきていた。怜子を見つけた三橋が、怜子に駆け寄った。

「怜子ちゃん、大丈夫?!みんなは?」

怜子は呆然としていた。いや呆然としたふりだったのだろうか。目からは涙がどんどん溢れてきた、本当の涙だったのだろうか。声も出ずそのままその場に倒れ込んだ。いや、倒れ込んだふりだったのだろうか。


 怜子の話によると、ふと目が覚めるともう燃えていたと、慌てて逃げたと。ひきこもりの兄の様子が最近変だったと。

「怜子ちゃん、大変だったね」

交番のおまわりさん佐藤さんは、子供の頃から怜子を知っていていつも気遣ってくれた。怜子のおかれている状況もだいたい把握していた。というのも、子供の頃から、学校帰り、嫌なことがあると、佐藤さんに話たりしていた。佐藤さんは口が堅かった。だから誰にも話さなかったし、だからこそ怜子は信頼していた。それがこんな形で、怜子を救うことになるとは。人間関係の大切さを知る。たとえ、自分が裏切るようなことをしていたとしても。


火事で逃げられたのは怜子だけだった。怜子の両親と兄は炎に包まれて死んだ。両親の死体には刺し傷があり殺された事が分かった。ただ、犯人と思われる兄は焼死してしまっている。事件は葬られた。



・・・・・かに、思えた・・・・。



 高校を卒業するまでの間、怜子は近所の人の協力もあり、アパートを借り、ひとりで暮らすことが出来た。卒業後、大学には行かず就職を決めた。

町を出るために船に乗った。青空に雲がどこまでも続いていた。町は遠ざかっていく・・・・デッキでひとり、怜子は感傷にひたっていた。

そのとき、突然、体が熱くなってきた、どんどん体が燃えるように熱くなってくる。何?

「熱い」体が燃えてしまうようで耐えられなくなった怜子は思わず海に飛び込んだ。冷たいはずの海水がまるで包み込むように怜子の体を熱くする。何?何なの?!


6本の手が海の底から伸びてきて怜子の足をつかんだ。

怜子は勢いよく、海の中に沈んでいった。

怜子はもがきながら走馬燈のように蘇える記憶をたどっていた。

両親が笑い、兄が笑って、自分がはしゃいでいる姿を。嘘ではなかった。

不幸なことの隙間にそんな日々もあったのだと思い出したのだった。

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