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三匹の子猫と一匹狼

作者: 桑島 龍太郎

 ある所に、とても暴れん坊で皆の嫌がる事ばかりする狼がいました。


 仲間と力をあわせて行う狩りにも参加せず、仲間が頑張って捕まえた食糧を平気で横取りするのです。

 ある日、群れの中のリーダー狼が言いました。


「お前はもうこの群れに置いておけない。今すぐ出て行け。自分で獲物も狩れない狼なんて群れに必要ない」


 狼は困ってしまいました。

 群れのみんながいなければご飯も食べれません。

 ですが狼は言いました。


「へん! ちょうど出て行こうと思っていた所さ! じゃあな!」


 狼は謝ることや頭を下げることが大嫌いです。

 今までも自分が嫌なことやめんどうくさいことは全部仲間に押し付けて、悪いことをしても他の狼のせいにしてきました。

 自分勝手でわがままな狼に味方をしてくれる狼は一匹もいません。

 こうして狼は群れを追い出され、一匹狼になってしまったのです。


「いいさ。ご飯くらい自分で探せる」


 狼は住んでいた山を降り、人間の住む街へと向かいました。

 以前、山に迷い込んできた野良猫から人間の街にはごはんがたくさんあって狩りなんて必要ないと聞いていたからでした。


 やがて一匹狼は人間の住む街へ着きました。

 一匹狼は初めて見る人間達にびっくりしました。

 それもそのはずです。

 人間は一匹狼よりもとても大きく、二本の足で歩いていたからでした。


「すごいなぁ。大きいなぁ」


 一匹狼が驚いたのは大きな人間達だけではありません。

 道のいろんな所から美味しそうなにおいがふわふわと漂っていたからです。


「こらこら。そんな所に立っていたら人間達に捕まってしまうよ。こっちに来なさい」


 夜空に光るお月さまのように目をまんまるにしていた一匹狼の後ろから声が聞こえました。

 一匹狼が振り向くとそこには全身真っ黒の野良猫が一匹、路地裏の入口から手招きをしていました。


「人間達には見つからないようにしな。それじゃあね」


 一匹狼が路地裏に入ると、手招きしていた野良猫は尻尾をゆらゆらと揺らしながらどこかへ行ってしまいました。


「どうして人間達に見つかるとつかまってしまうんだろう」


 一匹狼はその事を不思議に思いながら路地裏を歩いていました。

 迷路みたいな路地裏を歩いていると、白い猫が倒れているのを見つけました。

 

「どうしたんだ? お腹がすいたのか?」

「私はもう駄目です。どうか私の子供達をお願いします」

「嫌だよ、めんどうくさい」


 ですが白い猫は返事をしません。

 意識がもうろうとしていた白い猫は、一匹狼を大きな猫だと勘違いしながら死んでしまったのでした。


 めんどうくさいことが嫌いな一匹狼は白い猫の言葉を聞かず、その場から離れようとしました。


「「「ままーままー」」


 その時です。

 白い猫の背中にあった小さなかごから三匹の子猫が泣いて出てきたのです。


「ママは死んだよ」


 一匹狼は三匹の子猫に冷たく言い放ってを、立ち去ろうとしました。


「ままはあなたに私達をお願いしたわ」


 立ち去ろうとした一匹狼を子猫達の中で一番体の大きな猫が呼び止めました。


「知らないよ」


 自分勝手な一匹狼は無視しようとしてそのまま歩いていきます。


「私はちょうじょなの。私がしっかりしなきゃ。ままはいつもそう教えてくれたわ」

「私じじょ、おなかすいたわ」

「あたしさんじょ。ままおねんねしてるの?」


 スタスタ歩く一匹狼の後ろを三匹の子猫達は一生懸命走って追いかけます。

 群れの中では近寄ってくる仲間もいなかった一匹狼は、ちょこちょこ走って自分を追いかけてくる子猫達を見ているとなんだか変な気持ちになりました。

 胸がきゅうっと締め付けられるようでじんわりと暖かい、変な気分です。

 

「ついてくるな。言う事を聞かないとぶつぞ」


 一匹狼はどうしていいかわからず、付いて来る子猫達に向かって大声をあげて腕をふりあげました。

 ですが子猫達は逃げもせず、驚きもせず、一匹狼が止まってくれた事が嬉しいのか、ぴょんぴょん飛び跳ねて一匹狼の振り上げた腕にしがみつこうとします。


「こらやめろ! いい加減にしないと本当にぶつぞ!」


 三匹の行動に驚きつつもしがみつかれそうになる度足を入れ替えて精一杯脅かします。

 でも子猫達は飛びつくのをやめません。

 それはまるで大きな狼と小さな子猫達が遊んでいるように見えます。


 ぴょんぴょんと跳ね回る子猫達を相手にしているとなんだか心が温かくなります。

 その温かさに一匹狼はうろたえます。

 

「大きな猫さん、あなたのお名前は?」

「猫じゃない、俺は狼だ。強くて怖くてお前達なんて一飲みだぞ」


 一匹狼は前足で子猫達を踏みつけながら鋭い牙を剥いて精一杯脅かします。


「すごいすごい! 私達をまるかじり出来ちゃうなんて!」

「まるかじりってなにそれ美味しいの? お腹すいた」

「おおかみさんもっと遊ぼう」

 

 踏みつけられているにもかかわらず子猫達はきゃっきゃと楽しそうです。

 脅しても無駄だと分かった一匹狼はため息を吐くと、くるりと向きを変え路地裏から出て行こうとします。


「おさんぽいくの?」


 後ろから長女の声がしましたが、一匹狼はだんまりです。


「おなかすいたってばー私達きのうのきのうから何も食べてないの」


 次女が悲しそうな声で叫びます。


「狼ままさんどこいくのーもっと遊んでよー」


 三女もそれに続きます。

 路地裏は子猫達のにゃあにゃあ声の大合唱です。

 何事かと他の野良猫やネズミ、木に止まっている鳩までも様子を見に来ました。

 ですが一匹狼は反応しません、これ以上めんどうくさい事になるのは嫌だったのです。

 

 ぐぅぅぅ。


 静かに路地裏から出て行こうとしていた一匹狼のおなかの虫まで鳴き始めました。

 一匹狼も群れを追い出されてから何も食べていない事に気づいたのです。


「お腹すいたな……。おいおまえ、その食べ物をよこせ」

「はぁ? なんで君にあげなきゃいけないんだ。食べたきゃ自分で探すんだな」


 塀の上でむしゃむしゃとごはんを食べていた野良猫に声をかけますが、野良猫は怒ってどこかへ行ってしまいました。

 

「ふん、いいさ。ご飯くらい自分で探せる」


 そう言うと、群れから追い出された時リーダーから言われた言葉が頭に浮かんできます。

 獲物も取れない狼だと言われた事です。

 今までご飯は全部仲間の物を横取りしていました。

 ですがここには横取りする仲間もいません。

 今居るのはにゃあにゃあ鳴き続ける三匹の子猫達だけです。

 

「そこらじゅうに美味しそうなにおいが漂っているんだ、きっとすぐに見つかる」


 一匹狼は匂いを辿りながらご飯を探すことにしました。

 めんどうくさいけれど探さなければ死んでしまいます。

 わがままを言っている場合ではないのです。


 お空のてっぺんにいたお日様がおうちに帰る頃、路地裏に食べかけのパンを口にくわえてしょんぼり歩く一匹狼の姿がありました。

 結局、見つけられたご飯は少しだけ。

 一匹狼のお腹が満足出来る量ではなかったのです。


「狼まま帰ってきたー」


 とぼとぼ歩く一匹狼の後ろから聞き覚えのある声がしました。


「俺はママじゃないぞ」


 気付けばさっき子猫達を無理やり置いてきた路地裏に戻ってきていたのです。

 出迎えてくれたのは一番体の小さい三女でした。

 どうしてでしょう。

 一匹狼のお腹は満足していないのに、心がぽかぽかと温かです。

 

「じゃあ狼パパ? ご飯は?」

「お腹と背中がくっつきそうだよ」


 どこに隠れていたのか、三女の後ろから次女と長女が現れました。

 一匹狼は小さくため息を吐くと、くわえていたパンをぽとりと落として言いました。


「あげるよ」


「「「やったー」」」


 自分の体ほどあるパンに三匹の子猫達はかぶりつきます。

 

「かたいよ狼パパ」


 はぐはぐとパンに噛み付いていた三女が言います。

 パンは乾燥してカチカチです。

 

「ママはやわらかくしてくれたよ」


 続けて次女も文句を言います。


「知らないよ。あげたのに文句を言うのか」


「お願い。狼パパがやわらかくして」


 ぶすっとした顔の一匹狼に長女が言います。

 

「しょうがないな。わかったよ」


 鋭い牙でカチカチのパンを噛み千切り、口の中でやわらかくします。

 たくさん噛まれてやわらかくなったパンを子猫達に渡すと、今度は口いっぱいに頬張って満足そうです。

 一匹狼は自分が空腹なことも忘れて子猫達を見ていました。

 その時です。


「おやおや、ここにも野良猫がいる。早く連れて行こう」


 路地裏の入口ににゅうっと二つの大きな影が現れました。


「人間だ! 人間が来たぞ! 逃げるんだ!」


 塀の上にいた太っちょの野良猫が大声を上げて逃げてゆきます。

 一匹狼は何故人間に連れて行かれてはいけないのかが分からず、その場から動きません。

 ですが逃げた野良猫の反応から、とても良くない事なのだと考えました。

 気付けば一匹狼は子猫達を守るように人間の前に立ちふさがっていたのです。


「野良犬までいるじゃないか。こいつも連れて行こう」


 人間達は一匹狼の事を怖がるどころかどんどん近づいてきます。

 

「やめろ、それ以上近づくな。じゃないとこの牙で噛み付くぞ!」


 一匹狼はギラギラ光る鋭い牙を見せ付けて、低く唸ります。

 ですが人間に動物の言葉は分かりません。

 二人の人間は一匹狼の唸り声に少しびっくりした様子でしたが、近づくのを止めません。


「パパ、人間に捕まったら死んじゃうってママが言ってたよ」

「見つかったらすぐ逃げなさいって」

「怖いよ狼パパ」


 ご飯を食べていた子猫達は一匹狼の後ろに隠れてブルブルと震えています。

 

「俺はパパじゃない。お兄ちゃんだ」


 唸り声を上げていた一匹狼は子猫達を守る事に決めました。

 一際大きな吠え声をあげ、二人の人間達に飛び掛ります。


「うわ! 離せ! いたいいたい!」

「こいつめ! なんて凶暴な犬なんだ!」


 一匹狼は人間の足に思い切り噛み付いて、そのまま引き摺ります。

 いきなり引っ張られた人間はすてんとしりもちをついてしましました。

 もう片方の人間がバシバシと一匹狼の身体を太い棒で殴ります。


「俺は狼だ。犬じゃないんだぞ」


 噛み付いていた足を離すと、殴ってきた人間の腕にがぶりと噛み付きます。

 一匹狼と二人の人間のとっくみあいです。


「「「パパ負けるなーがんばれー」」」


 その様子を見ていた子猫達はニャアニャアと一生懸命一匹狼を応援しています。


「くそう! 覚えていろ!」


 やがて人間達は諦めたのか、逃げるように走って行ってしまいました。

 たくさん殴られた一匹狼の身体はボロボロで、立っているのもやっとです。


「パパすごーい!」

「人間に勝っちゃった!」

「すごいすごい!」


 三匹の子猫達が歓声をあげて転がるように走って来ます。

 一匹狼はズキズキと痛む身体を精一杯動かして子猫達を迎えます。


「人間なんか怖くないさ。だって俺は狼だからな」

「パパが守ってくれた!」

「パパが守ってくれたら怖いものなんて無いね!」

「あたしパパのおよめさんになってあげる!」


 ニャアニャアと騒ぐ子猫達に一匹狼は笑って言いました。


「めんどくさいけど守ってあげるよ。それと俺の事はお兄さんと呼ぶんだぞ」


 それからというもの、町の路地裏では一匹の大きな狼と一緒に歩く三匹の小さな猫達の姿がありました。

 その狼はとても暴れん坊で、あっという間に野良猫と野良犬のボスになりました。

 

「この子達に悪いことをしたら許さないぞ」


 一匹の大きな狼は三匹の小さな猫達を守り、大切に育てていったのでした。

 おしまい。


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