原因の追究 ブラジルワールドカップ編
「先生~、なぜ日本は予選リーグで負けたんでしょうか~」
男は右手のロックグラスを口の方に滑らせた。
飲み始めて30分ほどしか経ってないが、
酔いがまわってうつ伏せになり、カウンターに頬を密着させていた。
酔いつぶれるのも、無理もなかった。
彼はサッカー日本代表のコーチスタッフの一員だった。
日本に帰ってひと息ついた時、
更新できなかったブログはサポーターからの批判のコメントで埋め尽くされていた。
でもそれだけではない。
このままなら、職を失ってしまうだろう。
結果を残せなかったコーチに次の就職先の宛など無かった。
「大丈夫ですか」
数学講師は彼の背中をさすった。
「まだ、前半40分。動けなくなるのは早いですよ」
彼はすくっと体を起こした。
「すみません。あなたの提案を採用できずに。
練習で試してみたんです。でも…」
ワールドカップの2ヶ月前、彼は数学講師とこのバーで出会った。
数学ができるなら、ゴールの確率を上げる方法を教えて欲しい、
と酔いにまかせて、数学講師に絡んだのだった。
すると数学講師にこう提案された。
木田選手にコーナーキックでブレ球を蹴らせる。
そうすると相手のキーパー、ディフェンダーのクリアできず、
日本にチャンスが生まれる。
日本人選手はヘディングで競り負ける、とコーチは気付いていた。
それで、練習で試してみた。確かにゴールはできるが、確率は上がらなかった。
それでも、コーチはミーティングで提案した。
しかし、却下されてしまった。
でも、格上相手には通用する、と強調しても受け入れられなかった。
練習では当然日本代表選手がヘディングで競り勝つので、
コーナーキックをブレ球で入れると、合わせられずに得点にならなかった。
コーチはこの戦法を取り入れ、ディフェンスを固めれば、
ベスト4に進出できるとイメージしていた。
それで、得点王は木田だった。
数学講師は黙って微笑むだけだった。
サッカー好きで、いくつも負けた原因に心辺りはあったが、
ちゃんとした相手国と対戦を組めない協会が悪い、などと言っても、
コーチにはどうしようもないことだった。
[やっぱり、ヘディングが弱点ですね」
コーチは天井を見つめ、叫んだ。
数学講師は微笑むと口を開いた。
「私はショートコーナーが嫌いです。
特に最初のコーナーキックでショートコーナーを使うのは、
ヘディングに勝てませんと言っているようなものです。
通用しなくてもヘディングで競るできです。
野球でピッチャーが投げるチェンジアップが決め球になるのは、
早い直球を投げ、タイミングをずらすからです」
「そうですね」
コーチは頷いた。
「ロングボールで競り勝てない。
ヘディングでクリアする時、コントロールが甘く、マイボールにできない」
コーチはしばらく沈黙し、続けた。
「ジュニアの育成が悪いのか~」
コーチはため息をついた。
これを解決するには膨大な年月がかかる。
「それは、あれのセイっちゃよ」
コーチの隣に座る男が声を上げた。
色が黒く、ガタイがいい。半袖から出た腕は太く黒光りしていた。
しかし、その声は体に似ず、高い声で訛っていた。
コーチはフンと鼻で笑った。
お前に分かるはずがあるかと言わんばかりの態度だった。
「あれってなんですか」
数学講師は好奇心が強い。ガタイの良い男の話を聞いてみたかった。
「スラムダンク!」
男はより高い声を出した。
「スラムダンク?」
数学講師は首を傾げた。
「バスケット漫画の?」
「俺、いつもは宅配便してるちゃ」
「宅配便?」
数学講師の首は45度からはさらに傾げ、60度になった。
「んっ、それで田舎の家を回るっちゃ。
バスケットゴールが庭にいっぱいあるちゃよ」
コーチは真剣な顔になった。
「スラムダンク世代ッ!
身長が高い子がバスケットに流れたんだ。
『キャプテン翼』の影響で、一時、
スポーツの才能がある人材がサッカー集まったのと同じか~
次の世代はどうなっているか調査したいな
また、いいサッカー漫画が出るといいなあ」
コーチの顔はイキイキしだした。
「スラムダンクを海外で流行らせればいいんじゃないですか」
バーのマスターが突然発言した。
ニヤリとしてさらに続けた。
「のだめカンタービレ、ガラスの仮面、Dr.コトーとかを
流行られせばもっといいかな」
スポーツの才能を持つ子供を他の分野に向かれるという壮大な計画だ。
「でも、数学漫画は流行らないで欲しいな。
競争相手が増えるから」
数学講師は呟いた。
サッカー関連作品
順位予想 ワールドカップ ロシア編
ガンバレ!日本!!
確率論 ブラジルワールドカップ編
数学講師シリーズ関連作品
統計学(ショート・ショート風短編/社会風刺)
微分 (数学講師シリーズ)
確率論 ブラジルワールドカップ編




