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第八話 従者、時々庭師

「いつから次回予告が正確だと錯覚していた…?


あれは次回じゃなく…しばらく先の予告だっだのだ!」


「な、なんだってー!?」

「さーて、今年も始めるわよ!」

「毎年思うんですけど、この時の恵水様って妙に高揚してますよね」

「そうね。自分でも不思議なくらい」

 今日は春の館の事象室。恵水による春一番の実演講義……などということはなく普通に毎年のように春一番を吹かせることになる。


「じゃあいつも通りいくわよ」

「はい」

 理渡が冬にそうしたように、こちらでは若草色の円陣が床に所狭しと展開されていく。

 しかし異なるのは、理渡のような予備展開がなかったことだ。一枚を起点に大量に展開するのではなく、最初から一度に多くの円陣を展開しきってしまう。


 しかし、展開された円陣は一向に回る様子がない。いつもは回るのに、だ。

「? どうしました?」

 そう問いかけると、恵水が振り向いた。

「いい?これからの鍛錬で大事なのは突風の陣の習得と、もう一つ、この術よ」

 そう言って、留梨が集中したのを確認してから、いつもは口に出さない起動言語を紡いでいく。

「わが魂よ、深まりし器のより深みに沈み、ひととき天の光を忘れよ。“無我”」


 一瞬にして恵水の顔から表情が消える。

「!」

 留梨が驚いている間に、部屋中の円陣が回りだし、やがて一定の回転に落ち着く。


「……重要な術、か」

 留梨はしばらくこの術がどんな意味を持つのか考えていた。そして、

「……そうか。起伏を無くすためなんだ」

 そう言いながら頷いて、すっきりした顔になったかと思うとすぐさま庭に向かった。


 庭で何をするのかというと、

「今年も頼みます。桜さんたち」

 万年桜の手入れと枝折りだ。毎年この時期は桜の元気がいいので、他の月よりも多く枝が取れる。それで、灰用の枝を集めるのはこの時期が中心になっているのだ。


 この割と多く生えている庭木の手入れは、大体二十年ほど前から留梨に一任されている。普通は突風よりもこちらのほうが難しいのだが、以前恵水が庭木をいじっているところに留梨が通りかかった時に、

「あ、恵水様。そこの木は少し疲れてるみたいですから、あまり折らないであげてください。あと、あっちの木はすごく元気ですよ」

 と言ったことがきっかけで、どうも植物と相性がいいことが判明し、この仕事を任された。


 しかも始めると瞬く間に上達して常に桜を最高の状態にしておけるまでになり、それだけではなく、桜の根本に春の草花をどこからか持ってきて植えはじめ、今では桜に限らず春らしいたくさんの草花が庭で鑑賞できる。

 ちなみにそれまでは誰かさんが毎年この時期に荒らしていたため枝の本数が足りなくなる事態がたびたび発生していたらしい。誰かって?……言わずもがなだろう。


「~~♪」

 時代を感じさせる妙に間延びした歌を歌いながら、留梨は桜の様子を一本一本丁寧に確認し、折っても問題ないと判断した枝のみを折っていく。と言っても手折っているわけではなく、気力で剪定ばさみを出して切っている。


 しばらくして、全ての枝の剪定を終えると、それを束ねて恵水の部屋の前に運び、そのあと自室に戻って、棚に入れてあった一際大きな辞典―地上で例えるなら広辞苑……よりもさらに厚い―を開き、『無我』の術を引く。

「……」

 術の発動方法、効果詳細など、自分で使用するのに必要な情報は大抵書かれている。少なくとも仕事用の術であれば。


「なるほど、それで」

 結局この“運候術典 第十九版”曰く、『無我の術:自意識をその器たる肉体の特に深層に潜り込ませ外界と隔離し、精神的要因による術の出力変動を防ぐための術。ただし、外界からの刺激に対する反応が著しく低下するため戦闘には向かず、また、意識を元の状態まで浮上させるのにも相応の熟練を要するため、個人での訓練は危険である』とのこと。


「これじゃあ、恵水様が出てくるまで練習できないかぁ……」

 さらに読み進めると、強制解除術もあることはあるようだったが、それもどのみち恵水がいないと使うのは不可能だし、今戻ってこれなくなると、一週間ほど家事をする手がなくなる。

 自分自身は意外に困らないが、一週間後に疲れて出てきた恵水が食事抜きでは大変だ。


「仕方ない。恵水様が出てくるまでは突風の訓練だけにしよう」

 賢明で、できない無理は基本的にしない留梨らしい選択だった。もちろん恵水は分かっていたのだろう。でなければ相手の冒険心をこれほどくすぐるようなことはしないはずだ。


 こうして一週間の間、必要最低限の家事と庭の手入れの他はひたすら訓練に明け暮れていた留梨ではあったが、いくら才能があるといってもまだ始めて一か月、満足な成果は残念ながら上がらず、今日は恵水が事象室から出てくる日である。


 重厚そうな見た目からは想像もつかないほどのほんのかすかな音を立てながら、事象室の扉が開く。と同時に、疲れた表情を大袈裟に浮かべた恵水が現れた。

「留梨ぃー、疲れたよー。ご飯ー」

「お疲れ様です。準備できてますよ」


 今日の食事は特段豪華ではないが、恵水のために疲れの取れる食材が色々と使われていて、留梨の慰労の気持ちが表れていた。

「うん! 一週間ぶりのご飯はいつにもまして美味しいわ、疲れも吹き飛びそう」

「そう言っていただけると嬉しいです」

「よーし! 食べたら早速鍛錬ね!」

「……へ?」

「貴方もやるのよ?」

「はいぃ?!」

 何故だろう、折角腕によりをかけて作った食事があまり良くない方向に働いているような気がした留梨であった。


 決まってしまえば善は急げとばかりに食事を平らげていく恵水の姿は、ある意味で微笑ましかったが、別の目で見ればそれはただ、煉獄への秒読みに過ぎない。



理渡「次回……? 読んでたらなんとなくわかるんじゃない? 副題は『距離を潰し、音を斬る。それでも切れぬは師弟の絆』よ。お楽しみに」

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