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第七話 困憊の夢と鬱屈の理

今回は先に謝っておきます。やっつけですみません。

 冬が終われば、当然春がやってくることになる。このころの春の館は、嵐の前の静けさといった様相を呈していた。


「あと…二束…」

 普段の恵水からは想像もできないような淀みきった雰囲気が今の恵水には満ちていた。ずっと作り続けていた灰の壺は、もうほぼ一杯になり、残す枝もあと二束。

 もうすぐ完成である。


 その頃、玄関にはなぜか理渡が来ていた。

「こんにちは山生女、そろそろかしら?」

「そろそろですね。お茶淹れますから、縁側で待っていてください」

「フフッ、あなたも慣れたものね」

「もう半世紀にもなりますから、さすがに慣れますよ」

「そうね」

 そう言って理渡はちょうど留梨が淹れてきたお茶を飲む。春の館の縁側は今日も桜が満開だ。

「ではごゆっくり。あと、よろしくお願いします」

「ええ」


 しばらく経って、再び恵水の部屋。

「………崩…灰…」

 それが最後の一本だった。

「おぉわっったぁああ…」

 ようやく仕事が終わった解放感に浸る恵水であったが、妙な気配に気づいた。いや、正確にはいるんじゃないかと思って探ったら案の定居た。

「……」

 部屋から出て、超高密度の怒気を、周りに広げることなく集める。収束した気は恵水の手の中で一振りの若草色の薙刀へと変貌した。

 そして、人間大の弾丸が奔る。


「そろそろね…」

 相変わらずな桜を眺めながら、理渡が立ち上がった。さっきから感じていた集中の気配が切れたからだ。そして何気ない様子で振り向いた次の瞬間


 ゴォッ!!


 強烈な風切り音と共に、理渡の上半身が“掻き消えた”。


「……あんまりわかりやすいから、実は本物でしたっていう落ちだと思ったのに」

「…そう言うと思ったわ。でも本当は全部分かっててやったんでしょう?じゃなきゃ今頃その桜に風穴が空いてるわ」

 理渡は“改めて”立ち上がりながら言った。

「ばれてた?」

「筒抜けね」

 そう答えた理渡のドヤ顔は庭に立っている恵水からは死角にあった。


 先程から気のない様子ながら実際は強烈な殺気を理渡に向けている恵水は、振り向きながら表情をより鋭いものに変えた。

「で、分かってるわよね?私が言いたいのは、『あなたの時間を渡せ』、それだけよ」

「あら、時間って受け渡しできたかしら?食べたり奪ったりは簡単だけど」

「ならいいじゃない。私がおいしく頂くから」

「…食べられてしまうのは勿体ないわね。ならせめて、あなたにとって美味しくない時間にすれば少しは楽しいかしら」

「…お互い楽しんであなたは帰る。それが一番建設的じゃない?」

「そうね。じゃあ、日が暮れないうちに始めましょうか」

「ええ」

 あくまで呆けた姿勢を崩さない理渡であったが、それでも仕合で気を抜くことはない。綺麗な跳躍で庭に降り立ち、油断なく恵水を見据えるその眼は既に戦士のそれであった。


「じゃあ、いつも通り」

「ええ。疲れてるから、一発魅せるだけにするわ」


 そう言った後、二人は自身の気力と周囲に満ちている気力に似た力を混ぜ合わせていく。その密度はものすごい速さで高くなり、その力の及ぶ範囲は徐々に大きくなっていく。


「…夢に理は霞みて…」

「…理に夢は遠のき…」

 二人が操る技は真逆、“夢”と“理”。師たる上司の影響を色濃く受けた結果である。だが共通しているのは、どちらの技の練度も、どちらの力も、尋常ならざるほどに高いということだ。

 超えられない壁を壊して進んできた二人は、もはや天人の尺度でも容易に測ることはできない。


「「…………」」

 二人の間の緊張が高まり、互いの力が高まるにつれて、二人の背後に見えてくるものがあった。それは互いの技の象徴、方や桜色の気で形作られた大樹、方や気で冷やしつくされた闇。

 光と闇、果ては生と死につながる力が質量を感じさせる強烈な圧迫感を放ちながら収束していく。


「「…!!」」

 互いの力が最大限高まった瞬間、二人の眼が見開かれ、起動言語が次のように結ばれた。

「舞い踊れ!幻象“夢幻桜吹雪”!!」

「刺し貫け!摂理“煉獄地吹雪”!!」


 二人のちょうど中間点で、無数の桜色の光弾と青白い光弾が入り乱れ衝突し爆散する。しかし純粋な気の塊であるこれらの弾丸は爆煙を生じさせることなく、互いに相手が見える状態で弾けていく。


『あーじれったい!もっと、もっと!』

『相当溜まってたのね。嫌いなはずの殲滅技がこんなに重いなんて』

 得意分野的に利があるのは理渡の方であるが、想像以上の威力で襲ってくる光弾に引きつった笑みを抑えることができなかった。

 自分も冬の終わりたてでそれほど鍛錬ができていたわけではないが、直前まで仕事をしていた恵水はなおさらである。にもかかわらずこの威力。撃ち落とせなければ、たとえ避けても庭木が貫かれる光景が容易に想像できる。


 理渡は元々庭の被害を減らすために来ただけなのであまり乗り気ではないのだが、仕方がないので密度を上げる。上げすぎると箍が外れる危険があるが、それはそれとして考えないようにした。


 拮抗してしばらく経って…。

「…疲れた…」

「…止めにしない?」

「…そうね…」

 どうも締まりのない終わりである。庭の損壊率は零割と、理渡的に目標は達成したが、これは何というか、すっきりしない。


「結局何がしたかったのよ」

「ただの憂さ晴らし」

「まったく、箍が外れて庭壊しちゃったらどうするのよ」

「その時はその時。なんとかなるって」

「ならないから言ってるのよ!毎年私を訪ねてくるあの子の気持ちも考えなさい!」


 何故か理渡の気苦労ばかりが募ったこの日、地上は穏やかに晴れ、雪解けが大いに進んだ。


留梨「山雪姫様、今年もありがとうございました」

理渡「どうしてあなたの上司はあんなにいい加減なのかしら、少しはあなたみたいに誠実になると嬉しいのだけど」

留「それは、その…私には分かりかねますが…」

理「それもそうね。今度春宮様に聞いてみるわ」

留「はい、その方がいいと思います」

理「じゃあ次回予告お願いね」

留「はい。…次回は床が抜けた空の上で砂嵐が吹くでしょう。というわけで次回『従者、時々庭師』」

理「あら、なんて天気予報」

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