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第四話 特訓と特訓とお仕事と

 翌日、理渡が目を覚ますと、隣室の涼華はまだ寝ていた。理渡は涼華を起こさないように手早く軽装に身を包むと中庭に出た。

「いつものことだけど、冬になると体がかたくなって嫌ね」

 仕事で鍛錬できないから、とぼやきながら、理渡はいつもそうするように、ちょうど庭に収まるほどの大きさの青白い光の円陣を積もった雪の上に展開した。


「圧」

 その一言で術が発動し、円陣の真下にあった雪が圧縮される。

 これは以前恵水と留梨が戦ったときも足場を整えるために使った術で、理渡自身が、もともとあった物体圧縮の術式を、中庭での鍛錬のために広範囲化と出力の調節を行ったものである。

「よし」

 術が正常に発動したことを確認すると、理渡はまるで重さがないかのようにふわりとその雪の上に降り立った。


 そして、理渡の早朝訓練が始まった。彼女の主な戦術は、天人としても類まれな量の気力を活かし、砲撃を中心に組み立てられている。

 もちろん近接戦も人並み以上はこなせるが、個人としては得意分野ではない。そのため、一週間越しの訓練は、勘を取り戻す意味で当然砲撃が中心となる。


「まずは、」

 片手を前に向け、その掌に気力を収束させていく。それを徐々に強めていくと、理渡の掌には青白く光る球が現れ、少しずつその輝きを強めていく。

 限界まで強めると、その状態のまま保持し、一分間経つと上向きに開放した。光球は放たれたままに宙を上り、中空で爆発した。

「まあ、一週間空ければこんなものね」

 その様子を確認すると、次に理渡は先程と同じ姿勢で、今度は円陣を展開する。


 強砲撃用の円陣が、数秒かけて先程の光球と同じように輝きを増していく。

『まだまだ…強く…強く…!』

 恐ろしく強い力が込められているらしく、円陣の所々が時折小さな放電を起こしている。それでもまだ限界には達しない。

『……今!』

 限界まで圧縮した気力を、先程のように上向きに放つ。普通とは桁違いの威力によって、光の柱が立ったような光景が現れ、数秒後に消えた。


「おー、出てきたかー」

「どうしました?」

「いや、理渡が事象室から出てきたみたいだったから」

「ああ、あれですか。確か、“天空の支柱”なんて呼ばれてましたっけ」

「そ。あれはさすがに真似できないわ」

「そうですね」

 その砲撃は、春の館からでもはっきりと視認できるほどの規模であった。

 地上の住民は、降り積もった大雪の除去に追われている最中である。


 その数日後、今度は春の館の中庭。いつかのように恵水と留梨が向かい合って立っているが、当然その手に武器はない。


「大地を舞う形無きものたちよ、突くが如く駆けよ、突風!」

 留梨の目の前に垂直に若草色の円陣が展開され、そこから留梨と反対の方向に突風が吹き出す。

 恵水はそれを受け止め、風圧はもちろん、気力が無駄なく使われているかなどを判断する。

 春一番は、器用さが重視されることの多い春の仕事としては珍しく、力技での大仕事であるが、だからこそ、その技術を最大限動員して、無駄のない気力の運用が必要になってくるのだ。


「…まだ少し圧が高いわね。陣を広げたまま維持してみて」

「はい」

 留梨は先程と同じ円陣を展開、保持する。

「…だいぶ平たくはなってきたみたいだけど、まだ凹面の域は出ないかな」

 この間の戦闘以来、恵水は留梨に突風の陣を教えているのだが、これを効率よく運用するにはかなり繊細な技術が必要なのだ。

 ただ突風を吹かせるだけであれば、今の留梨は及第点なのだが、春一番ともなると規模や出力がかなり違うため、恵水の評価は厳しい。


 そもそも気力の円陣は、外側に広げるようにまさに“展開”するため、気力配分は内側より外側のほうが多い。つまり凹面である。

 このとき、放出する力はちょうど凹面鏡に光を当てたときのように収束するため、単位面積あたりの出力は上昇するのだが、効果範囲が狭くなってしまう。

 それだと春一番どころか台風になるので、この部分の調整は最も気を使うところなのだ。

 理想は黙っていても力が拡散する凸面なのだが、平面までもっていければあとは追加の術式でどうにでもなるため、大抵平面であれば次に進むことになる。ちなみに恵水はもちろん凸面で展開できる。


「でも、始めてからそんなに経ってないにしてはかなりよく出来てるわ。この調子ならゆっくりやっても余裕で間に合いそうだけれど、少しずつ鍛錬は続けていてね。留梨にとってどの工程が一番難しいかはやってみないとわからないし、余裕があるに越したことはないから」

「はい。恵水様はこれから桜ですか?」

「ええ。いつも通り、ご飯は置いておいてくれればいいわ」

「ちゃんと食べてくださいよ?たまに一日中食べないでいるときがありますから」

「仕事に入ると時間感覚が適当になるのよ。まあ気は付けるけど」

「そうなんですか。頑張ってください」

「お互いね」

「はい!」

 これでその日の鍛錬は終わり、恵水は壷と材料を持って自室へ、留梨は台所に向かった。その日の夕食は、多くはなかったがどれも手が込んでいたという。


 次の日。

「…………」

 真剣な顔で桜の枝に向き合っているのは恵水だ。

 先ほどの材料というのはこれ、万年桜の枝である。

 この適正量を覚えるのも大変なのだが、何より難しいこと、それは万年桜の、他の生命に干渉するほどの強力な生命力を維持したまま灰にすることである。


崩灰(ほうかい)

 目の前の壷に入った枝の束に、意を決したように術式を発動させる。閉め切られて薄暗い部屋を若草色の明かりがぼんやりと照らした。

 部屋の隅には、一年かけて少しずつ集められた大量の枝の束が、その状態でなお花を咲かせたまま積み上げられている。

 灰になれば当然体積はかなり小さくなるため、これだけあってもようやく必要最低限を満たす程度だ。


「……はぁ…」

 枝一束でもかなり神経の磨り減る作業、力加減を間違えれば能力のないただの灰になってしまうため、気を抜くことも出来ない。

「相変わらず疲れる仕事ね…」

 恵水は枝の山を眺めながら、誰に言うでもなしにつぶやいた。


 天人をしてそう言わしめる大仕事は、もうしばらく続く。


作者は特訓とか訓練とか練習とか基本的に嫌いです(笑)

学生的に言うとテストそのものは嫌いではありませんがテスト勉強が嫌いなので成績が伸びないタイプです。


共感してくれる方って…やっぱりいませんかね(苦笑)

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