第二十話 門番は門の中を知っているか
前回の次回予告より「木乃伊って何…?」について
『木乃伊』=『ミイラ』ですが、漢字表記は英語の『mummy』やオランダ語の『mummie』の音写らしいです。情報源はウィキペディア
「…………」
自分の知り合いであり、今眼前に現れた妙な人物に対して、恵水は正直面倒だという感想を抱いていた。
「恵水、この人知り合い?」
「あ、そうだ! 紹介してよ、紹介!」
「あんたはいちいち煩いから黙って。これは私と同期の、……まあ門松とでも呼んでおけばいいわ」
「だから門楯手だって、枝子だって言ってるでしょう!」
「……何だか険悪ね」
「だな」
「いや、別に仲が悪いわけじゃないんだけど……、なんて言うか、昔から会うとこんな感じなのよね」
「あ、自覚あったんだ。まあわざとだとは思ってたわよ、素直になれないのよね、恵水は」
『ああ、なるほど、恵水が面倒がるわけね』
理渡が察したところによると、確かにこの……門楯手という人物は、恵水にとっては非常に面倒だ。というのも、恵水は同位の友人にはやや辛辣に接する面がある。これは友情表現が恥ずかしいとかそう言ったことではなく素なのだが、どうやら彼女はそれを理解していない。
この様子を見るに、このまま恵水に任せても仕方がないので、
「えっと、門楯手さん?」
理渡がとりあえず話を通そうとする。
「はいはい、えっと、どちら様でしたっけ?」
「聞いてなかったかしら、私が連絡通したんだけど」
「ああ、山雪姫様でしたね。そう言えば、何の御用で?」
「本当は恵水の用事なんだけど、それは後で。それと、恵水と同期なんでしょう? 同格なら別に敬語は要らないのだけど」
「それがですね、うち二段制でして」
「あら珍しい」
天界の役職は、恵水や理渡たちがそうであるように、大抵は職権三段制、つまり、同職を担当する役職を三段階に分けて業務を分割する形をとっているが、稀に職権二段制となっている役職が存在する。
まあ端的に言うと、仕事が少ないから人数は要らないということなのだが、この場合、最初の役職は留梨や涼華のような初期の役職と同等の扱い、そして上に上がると今度は一気に芽吹や氷張のような上位役職として扱われることになる。
つまり今枝子は恵水たちより下の立場であるわけだ。
「まあでも、何となく気まずいから変えましょう。私は別に気にしないし」
「あ、はい。いや、その、これからよろしく」
「それに、そうしてもらわないと始終恵水と喧嘩してそうだしな」
「あら雨久、よく分かってるじゃない」
「って、ええ?! 私そんなことしないって!」
この瞬間、理渡も雨久も、この妙な娘はそれとなくいじって遊ぶことに決めた。
『あーあ、あれ、ああ見えて人見知りなのに』
それを察した恵水は何も言わなかったが、陰で地味に心配していたりする。
そんなこんなでやや遅れつつも、新たに枝子を加えた四人は概ね順調に運候府内の目的地に向けて進んでいた……はずだったが。
「柄子、あんたさっきからさ……」
「ちょ、ちょっと今忙しいから待って!」
「もう無駄よ。今で同じところ三回目くらいだから」
「え……?」
「気付いてなかったのね」
一行は、案内役の枝子がなぜか迷ったせいで行き場を失っていた。
「どうする……の?」
基本的に複雑な構造の運候府、こうなってしまえばさすがの理渡も苦笑するしかない。
「ど、どうしよう?! ね、ねえ恵水どうにかならない?」
「本当はここで使う気はなかったんだけど、っていうか何で知ってるのよ」
「へ? 使うって? なんとかなるの?」
「…………」
恵水には偶然対策があったらしいが、枝子はそんなことは知らなかった。
それなのに何故かかみ合ってしまう辺り、やはり同期だからか、あるいは単なる偶然か。
「なんだ恵水、あれがあるならすぐに使えばよかったのに」
「場所が場所だからここでは控えてって芽吹様に言われてるから」
「なるほどね」
「何か不穏な気配がするんだが気のせいか?」
「気のせいよ。知らなければただ風が吹くくらいだから」
「あ、いやそうじゃなくてだな……、まあいいか。何かやるならさっさとやってくれ」
もう雨久もこの手の質問に答えが無いことを察して諦めた。
「はいはい、仕方ないわね。ここで使う度に報告とその記録の抹消しなきゃいけないんだから面倒なのに。枝子、あんたは後で個人的に話ね」
「そんなぁ……」
そう言いながら恵水がどこからか取り出したのは、服の中には確実に納まらない大きさ、およそ二尺(約60センチ)四方の黒い板だ。それを無造作に目の前の床に放る。
「ねえ恵水、毎度思うんだけど、この黒く塗ってるのって……何?」
「あれ? 言ってなかった? まあ、この中身もそうなんだけど、材料は万年桜の木よ」
「何ぃ?!」「うそでしょ?!」
理渡の質問に恵水がさらっとそんなことを言うので、それを予想していなかった二人は非常に驚く。ちなみに万年桜は天界全体でも春の館以外ではほとんど存在しない超貴重材料である。
長い目で見れば一度見つけてしまえば無限に作れるのだが、一度に原木から切り離せる量は限られているので、結果市場での流通量はほぼないに等しい。
「結構大変だったのよね。余った枝を細断してまとめて板にして、塗る方は煤とって墨にするだけだからまだよかったけど」
「お前、それ職権濫用って言うよな?」
「同意よ。いくらなんでもそれは無いんじゃない?」
「じゃあどうしろって言うのよ? 灰が足りないほうが余程問題なのに。それにこれだって滅多に作れるようなものじゃないわよ。まあ見てなさい。同じ材料があったらあんたらにも作れる程度の代物かどうか、その目で確かめるといいわ」
珍しく大見得とも言える台詞を吐いた恵水の様子を見た三人の反応は見事に割れた。
理渡はこれから起こることが分かっているため傍観の表情。やや細められた目が残る二人に憐れむような視線を向けている。
枝子は何となく気に障る言い回しをされたので少々気が立っている様子。だが恵水のことはある程度分かっているためか反論しようとはしない。実際しても徒労だろう。
雨久は既に諦めたような呆れたような顔だ。随分早く適応したものだが、まあ理渡の友人など推して知るべしと当初から思っていたのでこんなものである。
「それじゃ行くわよー。……積み上がりし光の塔、その姿を以て風の行方を追え、映影“風方”」
恵水の詠唱が終わると同時、普段は風の通らない運候府全体に、空間をなぞるように微風が吹いた。
次回予告
恵「木乃伊って薬…よね?」
理「知らないわよそんなこと。というかそこは引きずらなくてよかったんじゃない?」
雨「それで、次回は何だ?」
恵「あ、そういえば何か書いた紙もらってたわね。えっと、『とりあえず目的地に着けば話は進むんでその方向で』って何の話よ?」
雨「……それよりお前、その紙誰からもらったんだ?」




