閑 第一半話 淀めば濁りたり、流れれば清らなり
ここから何話かは閑話としますが、今回のところは空白期間の補完になります。
割と重要な方も出てくるかもしれませんので読み飛ばしはお勧めしません。
ちなみに~半話=~.5話で、~四半話=~.25話となるので覚えていただけると便利です。ただの閑話は通し番号で書きます。
恵水の上申が通り、恵水と留梨が戦うことになったころの話。
「恵水様と、か……。よし、修行しよう」
と言っても、安全に一人で修行ができる場所は、留梨の知っている範囲では限られている。そこで留梨は、天人の誰もが世話になる新人教習所こと“錬館”に向かった。もちろん留梨自身も五十年ほど前にここで鍛錬を積んできている。
「ごめんください」
「ん?こんな時期に誰だ?」
この場所の主は、屈強という言葉を絵にかいたような中年(に見える)男性だ。名前は益荒 豪で、留梨の世代が来るより四十年ほど前からここの主を任されているらしい。
「益荒様、私のこと、覚えていらっしゃるでしょうか」
「ん?お前は確か……ああ、あのじゃじゃ馬んとこの! 留梨っつったか?」
「はい。ありがとうございます」
「で、何用だい?」
「実は…
一通り説明すると、豪はかなり難しい顔になった。
「あれは天界全部の武人の中でも別格だからな……。俺も一度手合せしたことがあるが、全然歯が立たなかった」
「それは……」
「だが、今回の条件なら、耐えれば勝算はある。何せ気力縛りがかかってるんだ、木の薙刀なんざ、あいつが本気で扱えば簡単に折れちまう。かなり上手くいなしてくるだろうからこっちの攻撃はあまり届かねえが、あっちの攻撃にひるまず正面から抑えに行けば、あっちの薙刀が先に限界になるはずだ」
尤もそれもかなり難しくはあるがな、と言いながら豪は立ち上がった。
「奴に正面から挑む方法はただ一つ、あの圧倒的な速さを見切ることだ」
「そのためには……?」
「自分の時間を遅らせて訓練する以外ないだろう」
こうして、留梨の対恵水戦術訓練が始まった。
「制覚“遅時”」
豪の術がかかると、留梨は自分の時間が遅くなるというより、世界が加速したような感覚を覚えた。
「―――!」
豪が早口で何か言ったかと思うと、急に槍を作り出し、すごい勢いで突っ込んできた。
『始まった……!』
できるだけの早さで刀を展開しながら跳躍で離脱、何とか初撃を回避したが、離脱の勢いが収まる前に先回りされ、そこまでだった。
「―!」
『早……』
訓練初発の試合はあっけなく終わり、留梨はその意識を刈り取られた。
「ぅ……あ、すみません私―」
「気にするな。まあ最初はそんなもんだ」
しばらく経ち、留梨が目を覚ますと、縁側に寝せられていた。
「とりあえず今のお前の状態は分かった。こっからだ、ついてこいよ」
「はい……!」
そして、本格的に訓練が始まる。まずは対初撃訓練。初撃は相手が最善の体勢から加えてくる攻撃であるため、これを完全に見切ることが勝利に近づくための近道だ。
もちろん戦闘途中にはまた違った難しさがあるが、とりあえず最大の攻撃を受けきることに重点を置いた。
「跳躍は隙が増えるから控えて、できるだけ相手の動きを抑えに行くんだ。今回の目標は正面で受け止めることにある。それを常に意識して立ち回れ。行くぞ!」
「はい!」
「制覚“遅時”」
訓練の間何度も味わったため、世界が加速する感覚にも大分慣れた留梨は、始めた時点とはまるで違う動きを見せていた。動きの速さそのものはそれほど伸びていないが、無駄が徹底的に省かれた流麗な動きである。
互いに言葉は届かないため、得物がぶつかり合う音のみが淡々と響く。そして、いつしかそれは訓練を超えもはや通常と変わらない打ち合いになっていた。
『正面から見て流れを捉える、決して武器を武器と見ず、流れの一部として見切る』
豪の言っていたことを反芻しながら、全身の感覚を研ぎ澄ます。留梨は敢えて攻勢には出ず、ひたすら豪の攻撃を見続ける。あと一息、心のどこかでそんな気がしていた。何があと一息なのかはわからなかったが、とにかく見て、見て、見続けた。
そして、その時が訪れる。
『……!』
反射的に体が動き、豪の槍を払う。
『逸れた流れの淀むところに、自分の流れを、集める!』
豪が見せた一瞬の隙に撃ち込まれたのは、留梨がこの日唯一自分から放った一閃だった。
「一日で随分やるようになったな」
「ありがとうございます」
この日の訓練は、留梨が一撃を入れた時点で終了し、今は二人とも縁側で休んでいる。
「でも、あの感じは一体何だったんでしょう」
「見えたんだろう。俺の流れと、自分の流れが」
「流れ、ですか」
豪は訓練が始まった時から流れ流れと口にしていたが、留梨はその真意を量りかねていた。そのため、感覚的な部分で無理矢理納得した状態でずっと戦っていたのだ。そして、相手の攻撃をひたすら集中して見続けることにより、ついにその境地に至った留梨は、ある種の感慨を覚えるとともに、
『常にあれが見えるまで磨いて一人前なのかな』
そう思い、残りおよそ一か月、恵水との試合に向けてさらなる努力をしようと決心した。
その後、試合には勝ち、勝ち方も予定通りであったが、何か釈然としない気持ちが残り、それが留梨をさらに駆り立てることになるが、それはまた別の話である。
閑話のあとがきは全部作者こと穂桐が書こうと思います。
今回は留梨の話でしたが、実はあの勝ち方には入れ知恵があったというイメージです。基本実直なので、こういう少々黒い知恵をくれる人がいないと恵水に勝てる気がしないんですよね(笑)
次回は理渡のお話で第二半話になります。




