4話 梅おにぎりとココア
私は四年生になった。
一つ上の学年に女の子が二人入ってきた。
私はすごく嬉しかった。
その二人はとても優しくて、すぐに仲良くなった。
兄は六年生になり、チームのキャプテンになった。
今まで大人しくしていた私だったけれど、新しい友達ができたことが嬉しくて、たまにふざけるようにもなった。
今思えば、キャプテンだった兄にも少し迷惑をかけていたかもしれない。
この頃から、私はどんどんスケートが好きになっていった。
女の子達に負けたくない。
そんな気持ちも少しずつ芽生え始めていた。
将来の夢を聞かれると、私は「スケートの先生になりたい」と答えていた。
そして夏になると、週に二回の朝練にも行くようになった。
朝早く起きて、お父さんが車でローラースケート場まで送ってくれる。
まだ眠たい目をこすりながら車に乗り込み、母が握ってくれた梅おにぎりを食べる。
私は昔から梅干しが大好きだった。
朝練の日に食べる母の梅おにぎりが本当に美味しくて、小さな楽しみだった。
食べ終わる頃には少しずつ目も覚めてきて、「今日も頑張ろう」と思えた。
練習が終わると急いで家へ帰り、学校へ行く準備をしてバスに乗り込む。
そんな毎日が、なんだか楽しかった。
みんなは朝起きて学校へ行く。
でも私は、もうひと頑張りしてから学校へ向かう。
それが少しだけ誇らしかった。
夕方になると「熱が出ないかな」なんて考えていた頃の私は、もうどこにもいなかった。
あんなに嫌だったスケートが、いつの間にか大好きになっていた。
本当に不思議だった。
でも、冬の練習はやっぱり辛かった。
学年が上がるにつれて、練習メニューもどんどん厳しくなっていく。
寒い。
今日も寒い。
白い息を吐きながらリンクに立っていると、先生が言う。
「二十周行くぞ!」
私はこの練習が一番苦手だった。
滑りながら、あと何周だろうと数える。
まだ半分。
あと十周。
終わりが見えそうで見えない。
とても長い道のりに感じた。
五、六年生にはなかなかついて行けず、途中から一人で滑ることもあった。
その時間が一番辛かった。
周りには誰もいない。
もう自分との戦いだった。
心が折れないように、必死に前だけを見て滑った。
そんな練習が終わると、私には一つだけ楽しみがあった。
自販機で買う紙コップの温かいココア。
寒い日に飲むココアが大好きだった。
冷え切った手で紙コップを包む。
熱くてすぐには飲めないから、外の寒さで少しだけ冷ます。
兄も一つココアを買う。
二人でフーフーしながら、こぼさないようにゆっくりゆっくり歩く。
熱々のココアをこぼしたくなくて、本当に慎重だった。
そんな私達を見て、お父さんは車の前で笑いながら、
「早くおいで〜」
と声を掛けてくれた。
それでも私と兄は顔を見合わせて笑いながら、ゆっくりゆっくり歩いた。
車に着く頃には、ココアはちょうどいい温度になっている。
「美味しいね〜」
兄と笑いながら飲むココアが大好きだった。
さっきまで寒くて辛かったことなんて忘れてしまうくらい、その時間は幸せだった。
また次もココア買ってもらえるかな。
そんなことを考えながら、一口ずつ大事にココアを飲んでいた。
子どもの頃の思い出を振り返ると、不思議なくらい成績や順位は覚えていません。
覚えているのは、母の梅おにぎりの味や、兄と一緒にフーフーしながら歩いたココアの湯気、お父さんの「早くおいで〜」という笑い声。
あの頃は当たり前だった時間が、今思うととても幸せだったんだなと思います。
きっとこれから先も、梅おにぎりや紙コップのココアを見るたびに、四年生だったあの頃のことを思い出す気がします。




