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断裂した脊髄(メイン・シャフト)

司令室に戻ったカイロの視界に、二人の「捕食者」が映った。

自らの戦功に酔いしれ、ふんぞり返る艦長。

そして、解体待ちのパーツの品質を確かめるような、冷徹な眼差しで乗組員を値踏みする船医。


「おい、アイザック。勝手に飲むなと言ったはずだ?」


艦長が苦々しく指摘するが、アイザックは虚空を見つめたまま、壊れた玩具のように笑った。


「いいじゃねえか、艦長さん。……どうせ、こいつが最後の一杯だ」


その言葉に、カイロの指が止まった。

最後に船の状態を監視したのは、何時間前か。


「……リナ、船の監視業務はどうなっている?」


カイロの低い声に、リナが肩を跳ねさせた。

彼女は、次々と人がゴミの様に捨てられていく怒涛の展開に意識を奪われ、責務である「探査船の維持監視」を見落としていた。


「あ、……はい、今、確認します……」


彼女が必死に保とうとしていた余裕は、もはや欠片も残っていない。

老朽化した船体の供給限界を、艦長が命じた「度を超えた加圧出力」が、決定的に踏み越えていた。




--[ SHIP SYSTEM MONITOR : CRITICAL ]------------------------------------

USER PID STATUS USAGE REASON

root 00 PANIC 347.4% INTERNAL_OVERLOAD


>> ESTIMATED TIME TO EXPLOSION: 00:00:23

------------------------------------------------------------------------




「……あ、……うそ、でしょ……」


自分がカイロの隣に立つための「資格」だと思っていたエンジニアリング。

その初歩的な監視ミスが、最悪の終焉を招いた。その事実に、彼女は呼吸の仕方を忘れたように呆然と画面を見つめた。




――ギィィィィッ、ギイイィィィンッ!!




鼓膜を突き刺すような、巨大な金属の悲鳴。

船底から突き上げてきた衝撃が、司令室にいた全員を床へと叩きつけた。

投げ出されたリナの体を、カイロが咄嗟に片腕で抱き止める。

それは「揺れ」ではない。世界そのものが、巨大な顎によって噛み砕かれたかのような、不可逆的な破壊の音だった。


「――な、何だ!? 何が起きた!」

艦長がカップを落とし、無様に悲鳴を上げる。


「……主軸が破断しました。船体が……二つに割れた」

カイロが、床を這うようにしてコンソールに辿り着き、外部カメラの映像を出す。


モニターには、暗黒の宇宙空間の中で、自分の肉体をもぎ取られたかのように漂うエンジンセクションと、切り離された居住区の無惨な姿が映し出されていた。

船を繋ぎ止めていた脊髄が、過負荷による金属疲労で耐えきれず爆裂したのだ。


「バカな……! 捕獲は成功したはずだぞ!」

激昂する艦長。だが、現実は残酷だった。

衝撃と共に、船外に露出していた主酸素供給タンクが、宇宙の深淵へと放り出されていくのが見えた。


「リナ! すぐに全区画の隔壁を強制遮断しろ! 今ある司令室内の空気を死守するぞ!」


カイロの鋭い怒声。

それは、ミスを犯した彼女への失望ではなく、生き残るための「命令」だった。

リナは泣き出しそうな瞳をカイロの背中に向けたが、彼は一度も振り返らない。


(……泣くな。今は、泣いてる暇なんて……!)


彼女は壊れた機械が再起動するように、ぎこちない手つきでコンソールを叩き始めた。

ガコンッ、という重々しい音と共に、司令室の防壁が火花を散らして閉鎖された。

一瞬で、そこは墓場のような完全な密室へと変貌した。


「ヒッ……! 開け! 開けろ!」


艦長が緊急避難シェルターのハッチへ縋り付く。だが、重厚なチタン合金の扉はピクリとも動かない。

権限を失った認証パネルが、冷酷な赤色に点滅している。


「……ッ、……ぁ、……ぁあ!!」


艦長は、ブルブルと無様に震える腕で、開かない扉を何度も殴りつけた。

その背中を見つめるカイロの瞳は、絶対零度まで冷え切っていた。


(叫べ。喚け。……お前も、もうテーブルの上だ)


「救難信号だ……! 救援を送れ! 私は本社の重要人物だぞ!」


艦長が、狂ったように緊急通信機を叩く。

数秒の静寂の後、ノイズ混じりの合成音声が返ってきた。


『……SOS信号を受信。最寄りの回収艇が、現在地へ向かう。……到着まで、残り「1時間」』


「1時間……! よし、助かる! 1時間なら、この部屋の空気でも……!」

艦長が安堵の息を漏らした、その時。


「……いや、無理ですね」


低く、湿った声がした。

医師だ。

彼は血の付いたタブレットで、室内の酸素残量と、5人の代謝率を瞬時に計算していた。


「……残り酸素量、および二酸化炭素濃度の上昇率を逆算すると……。この『1時間』を生き残れるのは……2名。無理をしても、せいぜい3名が限界だ」


その場にいた全員の心拍数が、跳ね上がる。

リナの端末上で、自分とカイロ、そして他3人の波形が、互いを喰らい尽くそうとする獣達のように鋭く交錯した。


「……私の、せいだ」


リナが、小さく呟いた。


「私がエネルギーの数値を追っていれば……こんなことには……」


「そうだろうね。リナ君……いや、『責任者』かな? ……不注意で済むのですかね、これは」


「やめろッ!」


カイロが冷笑する医師を突き飛ばした、その時


司令室の防熱扉の外、遮断されたはずの通路から「カチャ、カチャ」と、金属が擦れる不気味な足音が近づいてきた。


それは、もはや「影」ではなかった。

かつての護衛チームが装備していた防弾ベスト、割れたタクティカルヘルメット、そして千切れた階級章。

それらを自身の肉として取り込み、無理やり縫い合わせたかのような、多脚の百足にも似た怪物だった。


怪物の節々からは、死んだ隊員たちの指や腕が、まるで歩行を補助する飾り足のように生え、床を這うたびに「カチャ、カチャ」と装備品を鳴らしている。


リナは、その異形の姿に、かつて憧れた「プロ」の残骸を見た。

隊長の防弾ベストが、怪物の脈打つ肉に呑み込まれている。

彼女が必死に背伸びして辿り着こうとした「大人の世界」は、これほどまでに無惨に、効率的に「リサイクル」されていた。


「……あ? アーサーじゃねえか? なんだそりゃあ? ……おめえ、酔っぱらってんのかあ?」


アイザックが、泥酔した顔で笑い、煽った。


『死ぬ、前に、ツケを払え、あの世まで、取り立てに、行くのは、御免、だ』


怪物の形をした「隊長」が、隊長の声で喋った。

カイロは、リナの前に一歩踏み出し、彼女を背中で隠した。


彼女は潤んだ瞳を拭うこともせず、血の気の引いた指でコンソールを掴み直した。

彼女の背伸びは、もはや「可愛らしさ」を失い、死神に寄り添うような凄絶な「プロの顔」へと変貌していた。

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