遅すぎた救援
船体が二つに割れてから、一時間。
静寂に支配された常闇を滑るように、漆黒の、だが洗練されたフォルムを持つ本社直属の回収艇『ヴァルチャー』が接舷した。
ハッチが重厚な油圧音と共に開き、最新鋭の環境スーツに身を包んだ「制圧部隊」がなだれ込む。
その手には、機能美を極めた無機質な電磁加速銃。
先行した護衛チームとは比較にならない、圧倒的な資本の暴力を象徴する装備だ。
彼らの網膜ディスプレイ(HUD)には、静止した司令室内のバイタルデータが淡々と投影されていた。
『……環境モニタ、酸素濃度、測定不能。生物反応、皆無』
通信機に響くのは、機械のように冷徹な隊員の報告。
彼らは事務的な足取りで、かつての司令室を蹂躙していく。
床には、「資源」として喰い散らかされたかつての乗員たちの残骸が、至る所に転がっていた。
『本部、異常あり。凄惨な現場です。爆発による損傷ではありません。これは……猛獣に荒らされたような……』
『……これは何だ? 僅か一時間で何があったというのだ。解析しろ。……これは本社の問題になるぞ』
そのすぐ脇、艦長専用の「緊急避難シェルター」には、外部へ脱出ポッドが射出された痕跡が生々しく残っていた。
『脱出者のIDを照合します』
――Subject 01:Crantz Kadokura
――Subject 02:Graham Georgios
『艦長と監査役か。……民間人を見捨てて脱出した、ということか』
『あはは、面白いですね』
突然、ノイズ混じりの笑い声が響いた。
隊長や医師、そしてリナの声を無理やり繋ぎ合わせたような不協和音。
制圧部隊が銃口を一斉に向けた先――艦長席に、それは座っていた。
人型を模してはいるが、関節の数が明らかに多く、肌の質感が濡れた岩のように不気味な「ナニか」。
それは制圧部隊を嘲笑うように話しかけた。
『それが、最新型ですか?』
『……警告! 本部、未確認の個体と接触! データベースに該当なし!』
『動くな! 武器を捨てろ!』
隊員が叫ぶが、ディスプレイ上の照準が激しく点滅し、「Target: Unknown」とエラーを吐き出し続ける。
怪物の「腕」が、生物学的な法則を無視した速度で伸長した。
『回避――ッ!』
命じた隊長の右腕が、スーツの装甲ごと消し飛んだ。
引き抜かれたのではない、あまりの速度に「削り取られた」のだ。
怪物は奪い取った電磁加速銃を、見たこともない異星の道具を眺めるかのように、空っぽの眼球でじっと見つめた。
『もう誰も居ませんよ。遅いんですよ』
『撃て! 殺せ!!』
恐怖が規律を凌駕した。隊員たちがパニック状態でレールガンを乱射する。
しかし、怪物は壁や天井を「歩く」のではなく「跳ねる」ように移動し、弾道をあざ笑う。
次の瞬間、怪物の背中から無数の鋭利な肢が、花が開くように展開された。
それは踊るような動作で、一人、また一人と隊員を串刺しにし、司令室の壁にディスプレイしていく。
最新鋭の防弾繊維は、紙細工のように無力だった。
『な、何だこの化け物は――聞いてない、こんなものは……!!』
断末魔が響き、最後の一人が肉の塊へと変えられた。
『でも、船はありがとうございます』
怪物は、司令室を後にした。




