二歩目
階段をいつもよりゆっくり降りる。まだこの状況信じられない。
夢なんじゃないか。
何度そう思ったことだろう。
それにしても、暗いな。停電しているのだろう。何が起きてもおかしくないような不気味さが、ある。
保健室の前に立ち、扉に手を掛ける。
やはり、誰もいなかった。
電気がついていないのになぜか薄暗い。
鷹柳先生がそっと竹友をベットに寝かせる。
「どうしようか。」
と竹友の額に手を当てたまま、鷹柳先生は呟く。
そういえば。と冷蔵庫に向かう。
冷蔵庫の中は停電しているものの、中はまだ冷たい。
保冷剤を取り出して鷹柳先生に渡す。
「ありがとな。」
と言いながら、竹友の額に保冷剤を乗せる先生は、優しい。
薄暗い保健室を見回し、ある一点で目が止まる。
「えっ⁉︎」
自分の目を疑う。
「時計が……」
三時二十五分のままだった。
さっきから絶対に時間が経っているはずなのに。
鷹柳先生と飛鳥馬君も目を見開く。
「悠実輝、職員室へ、行こう。飛鳥馬は、竹友を頼む。」
『はい。』
歩き出した鷹柳先生に、ついて行く。
職員室の近くに来た時、異変を感じた。
いつもの空気とは、明らかに違う。
ドアのガラスから覗くと見えたのは、見たこともない、異様な光景だった。
謎の物体が“いる”のだ。
犬のような耳がついている獣のような頭に、クラゲやタコのように軟らかそうな足。そして、鼻を突き刺すような異臭。
そいつは職員室の奥の方にいるが、紫色に淡く光っているせいで、よく見える。
これは、本当に現実なのか。単なる妄想や夢ではないのか。
その顔が、こちらを剥きそうになった時、殺される。
そう思った。
「たかやなぎせんせっ……」
そう助けを求めた声は、自分の声でないと思うほど、か細かった。
振り返った鷹柳先生の顔を見る前に、うずくまる。
「おいっ!大丈夫かっ⁉︎」
そう叫んでいるであろう声も、水の中にいるようにくぐもっていて、よく聞こえない。
近くにあった壁に寄りかかるが、顔を上げることができない。
「悠実輝。……大丈夫だよ。」
優しい声と共に肩に温もりを感じる。
きっとその手で、これまでも、これからも沢山の生徒を救っていくんだな。
そう思った。
――どれくらい、時間が経っただろうか。
顔を上げると、さっきまで白黒だった世界に色が戻りつつある。
しゃがんで私のそばにいてくれた鷹柳先生に
「すみません。ありがとうございます。」
と感謝を伝える。
「良かった。大丈夫か?」
安堵の表情を浮かべた先生に、頷く。
改めて職員室の前の時計と中の時計を確認すると、やはり時計が止まっていた。
「時計、止まってますね。」
「ああ。とりあえず、保健室戻るぞ。」
保健室のに戻ると、飛鳥馬君が心配そうに竹友の様子を見ていた。
「飛鳥馬。校内を一緒に探索してくれないか。」
「はい」
「悠実輝は、竹友を頼んだ。休んでてもいいぞ。」
頷くと、二人はすぐに出ていってしまった。
大丈夫かな。
さっきの謎の生物らしきものを見てから、心臓が早鐘を打っている。
でも、休める時に、休んでおいた方がいいのではないか。なぜか、そんなことを思ってしまう。
折角だから、寝ようかな。
竹友の保冷剤を替え、髪の毛を解いて開いていたベットに横たわる。
――誰かの話し声で目が覚める。
カーテンを開け、上履きを履きながら鷹柳先生たちの方へ行く。
『おはよう』
「おはようございます。」
時計を見るが、止まったままだ。
現実なのか?
未だ信じられていない。
鷹柳先生の隣に座って尋ねる。
「探索はどうでしたか。」
「やっぱりここにいるのは俺たちだけだ。……それと、一中外に出ることが、出来ない。あの”怪物”は職員室にしか居なかったが、かなりでかそうだ。」
「そうなんですか……」
――しばらくして、竹友がカーテンを開けて出てきた。
「えっ⁉︎ちょっっ……どういう状況?」
驚きを隠せない竹友に、飛鳥馬君が問い掛ける。
「もう大丈夫なの?」
「うん。ありがと。」
鷹柳先生も竹友の額に手を当て、頷いた。
飛鳥馬君の隣に座った竹友に、自分たちすらも理解できていない今の状況を言っていく。
困惑しながらも全ての事実を受け止めた竹友は呟いた。
「それで、どうすればいいの?」
その時だった。
突然部屋の中が黄金色の光に包まれた。
その光が強くなり、一瞬瞼を閉じる。
そして、次に目を開けた時、息を呑んだ。
そこには、一羽の大きな烏がいたのである。
さらに驚くことに、烏が嘴を開いて。
「私は神の使いだ。君たちは鷹柳、悠実輝、飛鳥馬、竹友、だな?」
響きのある不思議な声に尋ねられ、一斉に頷く。
というか、神の使いってなんだ?なんで彩葉中にいるんだ⁉︎
――すると、まるで心を読んだかのように言った。
「実は、君たちにはやってもらわなければならないことがあるのだ。――君たちも知っての通りの凶暴な怪物。彼奴を、この檻に入れて欲しい。」
黒い翼が指す先には、いつ持ってきたのか、一メートルくらいの銀色の檻があった。
しかし、どう考えても、あの怪物が入りそうもない。
「これは、あとで大きくする。」
またしても心を読まれたような言葉だ。
でも、檻は硬そうだし、カラクリも見当たらない。
が、とりあえず話を進めてもらう。
「あの怪物を檻に入れたら、彩葉中から出られるはずだ。そうしたら、市内にいる、彩葉中の一年生を体育館に連れて来てくれ。二、三年生は、もう体育館にいる。だが。いま、時間が止まっている。今動けるのは、君たちと私しかいないということを、知っておいてくれ。」
頷きを返す。
「まずは、怪物を檻に入れることから始めて欲しい。だが、到底今の君たちの力では無理だ。そこで、君たちに”力”を授けよう」
『力?』
と揃って問い返す。
「そうだ。神様のエールとして、君たちに、”アーテル”という力を授けよう。」
まさか。
あの″アーテル″?
本当に、あるの?
「オレンジの光の、ですか?」
つい尋ねてしまう。
「その通り。よく知っているな。――その力があれば、今の君たちよりは、だいぶ強くなれるはずだ。」
「ちょっと待って下さい。それって、どういう力なんですか?」
すかさず竹友が尋ねる。
「簡単にいうと、超能力だ。宙を飛んだり、攻撃、バリアなど、まあ色々できる。それに、力もかなり強力だ。」
皆と顔を見合わせる。
強く頷いた。やるしか、ない。
「やりましょう。」
鷹柳先生が、言う。
「わかった。ではまず、檻の設置をしよう。――その前に。私は、八咫烏の天鳥という。これから、よろしく。」
『お願いします。』
八咫烏?
よく見ると、足が三本ある。
本物の八咫烏、いたの⁉︎
驚き、興奮する。
でも、そんなことを考えている暇は、ない。
天鳥さんに、ついて行く。
向かった先は、かしの木ホールだった。
中央階段の一番武道場側に、檻を置く。
すると、天鳥さんが右翼を振り上げた。
みるみるうちに檻が大きくなり、怪物が入るくらいの大きなサイズになった。
「よし、四階に行くぞ。」
そう言って飛んで行く、黒い影を皆で走って追いかける。
私たちの学年のフロアである四階に着くと、
「一の前に鷹柳、二の前に悠実輝、三の前に竹友、四の前に飛鳥馬、行ってくれ。」
と指示され、教室の前に立つ。
「準備は、いいか。」
という声が、四階に響き渡る。
今までずっと使ってみたいと思っていた、欲しかった力が貰えるというのに。
緊張する。
怖い。
でも。
天鳥さんが前に来た。
しっかりと頷く。
二組の前のテーブルに立った天鳥さんが両翼を広げ。
輝く青と漆黒が広がる。
「――ふみるっ」
名前を呼ばれ、重い瞼を開ける。
熱のときのようなぼんやりとした感覚だ。
目の前には、竹友がいた。
「大丈夫?」
その言葉に、頷く。
立ち上がると、何か不思議な感じがした。
「一組行ってて。僕、四組行ってくる。」
そう言われ、一組に行くと、鷹柳先生が座っていた。
「大丈夫ですか?」
と問うと、
「うん」
と返される。
四組に行くと、竹友と飛鳥馬君が話していた。
私たちに気づくと、不安げな顔で竹友が言った。
「天鳥さんがいないんだけど。」
どうやら、私たちに力を与えた後、どこかへ行ってしまったらしい。
「とりあえず、アーテルの練習をしよう。」
という鷹柳先生の意見で、ジャージに着替えることにする。
まだまだ寒いので、全身ジャージだ。
少しワクワクしながら集合場所である四組の前に行くと、すでに飛鳥馬君は軽々と宙返りをしている。さすが。
全身に力を込めてみる。
すると、体が青い光に包まれた。
すごい。
そう思いつつ、力を入れてジャンプする。
宙に浮いた!
嬉しい。あんなに夢だったことが叶うなんて。
信じられないことだらけだ。
「よし。じゃあ、一旦保健室に戻ろう。」
という鷹柳先生に続き、階段を飛んで降りる。
――保健室に戻ると、机の上に何かが置いてあった。
それは、和紙とデジタル時計だった。
どうやら、天鳥さんが置いていった物らしい。
和紙には、美しい字で、こんなことが書かれていた。
「・怪物を倒したり、一年生を連れてくることには時間制限はないが、なるべく早くして欲しい。
・怪物は不死身らしく、かなり体力を奪わないと檻に入れられない。
・アーテルは体力よりは少ないが増減がある。
・時間が止まっている間は、お腹が空くなどの体の機能も停止する。
・廊下側のベッドの布団を捲れば、ドアがある。そこから秘密部屋に入って欲しい。バリアも張っているし、快適になっているはずだ。その部屋の名前は好きにつけておいてくれ。
・デジタル時計を置いておく。」
それを読み終わり、机の上の時計を見る。
四つあり、バンドの色がそれぞれ異なっていた。
一つ目は、橙色。濃いオレンジ色である。
二つ目は、山吹色。黄色と橙色の間の色である。
三つ目は、赤色。
四つ目は、黒色。
それらの持ち主は、すぐに決まった。
一つ目は、筆箱もシャーペンも橙色の、飛鳥馬君。
二つ目は、好きな野球チームのカラーで、山吹色が大好きな、私。
三つ目は、意外に赤色が好きだという竹友。
四つ目は、いつも黒っぽい色の服を着ていて、落ち着いた雰囲気を纏う鷹柳先生。
そして、先生のバンドには桃色の八咫烏の刺繍が、私達のバンドには黒色の八咫烏の刺繍が入っている。
先生が担任している一年五組のクラスカラーが桃色だから、先生は桃色が好きらしい。
時計の本体は黒く、五つのボタンが付いていた。
そして、画面には、四時三十分二十四秒といわゆるデジタル時計の文字がかいている。
「四時半ってどういうことだろ?」
そう呟いた竹友に、
「時が止まってからの時間じゃない?」
と返す。
「そういうことか〜」
でも、「MODE」のボタンを押して現れた画面は?
「ストップウォッチの機能もあるみたいだな。」
たしかに、あと四つのボタンには「START/STOP」、「RESET」、「LIGHT」と書いてあるボタンと、一つだけ黄色になっている謎のボタンがあった。
「これからどうする?」
「とりあえず、一中の校舎探索したいです。」
「そうだな。俺らもまだ見れてない場所あるし。二時間くらいでいいか。」
竹友と鷹柳の提案に、頷く。
「でも、一人で探索は危ないんじゃないですか?」
何が起こるかわからない今、最低限の対策はしたい。
「そうだな。でも、四人にするか?二人ずつにするか?」
すると、さっきの和紙を手に取り眺めていた飛鳥馬君が呟いた。
「なんか書いてます。」
さっきの紙の裏には、なんと続きがあった。
「・チーム分けすることがあったら、次のように分けるのが良いと思う。
A 鷹柳・悠実輝
B 竹友・飛鳥馬
★怪物はとても強い。無理だと思ったら一旦逃げることも大切
天鳥」
「なるほど。ありがとな。じゃあ、このチームで一回探索するか。」
『はい!』
「まず、その部屋みよ」
そう言う飛鳥馬君続き、手前のベッドへ向かう。
鷹柳先生が勢いよく布団を剥ぐと……
そこにはベッドではなく、下に降りることのできるのであろう扉があった。
その白い扉を上に開くと。
下に部屋が見える。
アーテルを使い、飛び降りた。
保健室より広く、設備が整っているこの部屋を見回してみる。
部屋のスイッチをつけると、電気が付いた。
天鳥さんがやってくれたのだろうか。
中心に大きな正方形の白い机があり、その周りに椅子が四つ。
そして、大きな鏡が一つあった。
左右の壁際には二つずつ、四つの部屋があり、扉が閉められている。
中にはベッドと棚があり、電球までついていた。
「この部屋の名前、どうする?」
そう尋ねる鷹柳先生。
うーん……何が良いだろうか。
突如頭の中に閃いた言葉。
「向日葵は?」
三人がこちらを見る。
「向日葵の花言葉って、“憧れ”、“情熱”、“未来を見つめて”、なんだって。私たちにぴったりだと思ったんだけど、どう?」
「そんな花言葉だったんだ。僕は、良いと思うよ?」
「俺も」
「良いんじゃないか?」
竹友、飛鳥馬君、鷹柳先生と続いた賛成の声に、笑みが溢れる。
「うん!そんな意味も込めて、この部屋は、“向日葵”にしよう。」
「よし、今五時だから、七時にここ集合な。何かあったら、向日葵に行けよ。」
早速向日葵をでて、保健室の扉を開け、廊下に出る。
竹友と飛鳥馬君と手を振り合う。
「気をつけてね。」
そう言って踏み出したのは、これからの不安と覚悟を胸に宿した、二歩目。




