プロローグ 失った日
宝石――それは美しく、輝きを持ち、人々を魅了させた。
俺はそんな宝石が嫌いだ――。
くだらない石に支配され、人は大事な物を忘れる。
ギィ、ギィ……。
優しさも喜びも愛でさえ全て宝石に上書きされる。
俺も宝石に変えられた一人だった。
ギィ、ギィ……。
荷車の車輪から擦れた音が出ていた。
もう荷車も寿命か――……。
男は荷車を押して地面を踏みしめていた。
砂埃が舞い、男の乾いた白い髪を汚した。
「リベ、この道分かるか」
進んだ先に二手に分かれた石の道があった。
どちらもずっと遠くまで続いており、城へと続いた道だ――。
「ニオン...情報だと右はドレジア王国、左はナイト王国」
「宝石は……」
「うん、右はダイヤモンドで左はルビー」
「ルビー...」
風が男に強く向かう――。
体を包んだマントはめくれて、鉄の腕が外界に晒された。
八年前――
「父さんこの絵は……」
少年ニオン七歳――。
小さな町で父さんと二人で暮らしていた。
ニオンは家の額縁に飾られた絵を見ていた。
「ああ、宝石の絵か」
「なんの宝石なの」
「うーん、実は父さんもあんまり分かってないんだ」
「赤い宝石……」
「そうだな真っ赤な宝石だな」
「父さんもおじいちゃんに聞いた話なんだが、ずっと昔の先祖様が持っていた宝石らしいんだ、だけど、ある日盗まれて、せめて絵でいいから見ていたいって描いたやつなんだと」
「え〜見てみたかったなぁ……」
ニオンは絵に向かって指を伸ばした。
キャンバスはサラサラで砂を触っているみたいだった。
「父さん」
「ん?なんだ」
「この手に付いてるの何」
ニオンの指先に赤い粉末が沢山付着していた。
「絵の具かなんかじゃないか...ん?」
父さんは僕に顔を近づけた。
「光ってる?」
父さんが見たのは俺の指先についた輝き――宝石だった。
「ニオン!!」
「え?」
「この絵に宝石の粒が付いてるぞ」
「宝石、この粒が」
「ほうき取ってこい、小さいが全部取れば高く付くかも」
父さんは狂ったように絵を払い、落ちる粒を広い集めた。
それが始まりだった。
数週間後――。
「ちっ、また負けちまった」
その日から父はおかしくなった。
「父さん……僕お腹が」
「うっせーな!忙しいのがわからねぇのか」
「……」
「……っち、ほらよ」
一週間パン一つ……。
宝石を売って大金を得た父は別人のように豹変してしまった。
仕事を辞め、ギャンブルに走りだして、今では宝石を得る前以上に貧しくなってしまった。
夜、何をしてるのかは分からない。
けど、いつも変な匂いを付けて苛ついた顔で帰って来ている。
「なんだその目は――あ?」
「なんでもっ……ない」
「オメェよ、住む場所も飯もやってるのに感謝はないのか」
「あ……ありが、とう……ござい……ま――す」
家に住めるのは父のおかげだ、飯も水もそうだ。
だから感謝するのは当たり前なんだ。
なんで僕は心から感謝できないんだ――なんで喜べないんだ――。
僕はきっと最低なんだ――……。
心から感謝できない僕は本当に……。
最低――なんだよね?
悲しくないのに涙が溢れ出した。
もう……僕は、死ぬべきなんだ。
ふと、上を見上げた。
そこにはもう赤い宝石の絵は飾ってなかった。
「なんだ、あの絵の事か」
「あんなの一枚の金貨にもならねぇ糞だったぞ」
――最後の何かが切れた気がした。
瞳から光が失われた。
もう何も感じない、頬の痛みもない――。
死のう……。
決心は簡単だった。
生きる理由も、意味も――もうないのだから。
「赤い宝石の絵があったのはここか……」
「誰だてめぇ?」
いつの間にか剣を握った男が家の中に入っていた。
姿はマントで隠れて見えない。
「人の家に勝手に入るなんて」
「質問に答えろ」
「……そうだよ、まったく金になんなかったがな」
「そうか……」
「じゃあ、とっとと家から……ゲェ!」
男は父の首を斬った。
窒息して言葉にならない声を吐き、父は大量に血を垂らした。
どうしてだろう……逃げなきゃいけないのに足が上がらない。
男は動かない父を見ると、何かの粉を床にふりかけ始めた。
次に二つの石を取り出してカチカチ――とぶつけ始めた。
すると、石から火花が起きて床の粉を燃やし始めた。
父は突っ伏して動かなかった。
「死んだか……次はお前だ、ガキ」
粉は無音の爆発を起こして部屋中に飛び散ると部屋を包み込むように燃やし始めた。
「お前も親父の元へ連れてってやる……」
男は剣を向け、僕に近づいた。
もう僕はあと数秒で殺される――。
父のように首を切られて殺されるのだろうか、それとも心臓を一突きして殺されるのだろうか、それとも、それとも……。
殺される手前だからか、無数の思考が瞬時に頭を過った。
どうせ助からないのに――。
全然怖くなかった、むしろ安心していた。
僕は死ぬべきだから――。
ガラッ――。
焼け崩れた柱が僕の体を押し潰した。
更に炎は強くなり、部屋を紅く染め上げた。
「新薬がこんなに早く広がるとは……生きたまま燃えるのは苦痛だろうが、恨むならあれを外に流した親父に恨みな」
もう助からない……。
でも、どうだっていい――……。
だって生きる意味はないから。
「この世に一つしか見つかっていない極秘の国の宝石を描いたとは、馬鹿なやつだぜ……」
国の宝石……。
あれは先祖が持ってた物だ、それをなんで――……。
体が痛い、熱い……。
さっきまで何も感じなかったはずの痛みが響いてきた。
宝石――それは美しく、輝きを持ち、人々を魅了させた。
人は宝石のために命を奪い心を失う。
優しさも喜びも愛でさえ全て宝石に上書きされる。
僕は宝石が嫌いだ。
くだらない石に支配され、大事な物を忘れる。
こいつらが……。
国が全てを奪ったんだ。
ニオンの瞳から輝きが戻る。
体から怒りと勇気が――湧き出てきた。
「返せよ……」
声は届かなかった。
男は扉を蹴破り外へ出た。
「返せよ!!」
「父さんを……宝石を!」
宝石は嫌いだ。
変わったのも奪ったのも全部宝石のせいだ……。
そんな宝石を許さない。
体は燃えて黒く染まる――。
俺は死ぬかもしれない、でも……。
生きてたら――必ずお前らを、宝石を!!
ぶっ壊してやる……。
俺がこの手で――!!
もう男はいない――。
炎は家の外に広がり始め、崩壊を始めた。
屋根は崩れ体を埋めた。
ザァァー――……。
それから数時間後、雨が降り始めた。
雨は炎を消して、瓦礫を濡らした。
この時が、初めて神様が俺を味方してくれた日だった。
「おい、大丈夫か!」
瓦礫をどかして誰かが体を持ち上げた。
「まずい、体が焦げてる。早く治療しないと死んでしまう」
「……」
「あ……パパ、起きた」
目が覚めると知らない天井が見えた。
生きていたみたいだ。
「よかった、目が覚めたようだね」
慌てて駆けてきた男が話しかけてきた。
「ここは……」
「ここは私の家だよ」
「そう……ですか」
「まずは君に謝りたいことがある」
そう言うと、男は頭を下げた。
「私は勝手ながら君の延命のために体をいじってしまった。君の右腕、左胸に機械を付けさせてもらった」
機械……。
俺は右腕と左胸に目を向けた。
胸には歯車が並んでおり真ん中の白い結晶を囲むように回っていた。
腕は大きな金属が何枚も重なっており、間に丸いネジや歯車が付いて複雑な機構をしていた。
全身が焼けるように痛い。
特に左胸は背中に掛けて激痛が走っている。
その一方、右腕には一切の痛覚がなかった、それどころか感覚がなかった。
「この石は……」
「それはオパールだよ、機械をつけるには心臓を摘出しなければいけなかった。それは心臓の代わりだ」
左胸にはめられた宝石は白く、光を虹色にして反射させて輝いていた。
「心臓の代わり……」
「宝石には力がある、このオパールは生命を宿すとされているんだ。無事で良かったよ」
男は俺を見て喜んでいた。
笑顔……。
笑顔を見たのはいつ以来だっけ。
俺にはあまりにも眩しすぎるものだ。
ここにいる暇はない、早くあいつの元へ……。
俺はベットから立ち上がった。
「ああ、まだ立ってはいけない……」
足に力が入らない。
体は前に倒れて大きな音を立てた。
「俺の体はどうなって」
「リベ、鏡を持ってきてくれ」
壁に隠れていた少女は奥から全身鏡を持ってきてベットの前に置いた。
鏡に映ったその姿は俺の知ってる姿ではなかった。
左胸と右腕は鉄に包まれて、逆の右胸と左腕は焼けた痕を付けていた。
そして両足は紫色の痣をつけて包帯からでもハッキリ見えていた。
もともと黒かった髪の毛は白く染まり硬い髪質になっていた。
「左目が無いからバランスが取りにくいんだ」
俺の左の眼球は無くなっていた。
黒い眼帯が付けられていて痕を隠していた。
「ゆっくりと、しばらくは家に住みなさい」
俺は男の家に住むことになった。
俺はあの日、全て失った。
家族も思い出も体も―――全てはあの赤い宝石の絵から始まった。
これは赤い宝石に復讐して、俺が死ぬまでの物語だ。




