4話:雷の夜ー②
羽化後の経過診察で、ピクルは1人でセレナの診療所に来ていた。
一緒に行くと言って聞かないミラを、なんとか置いてきた。
「もうだいぶ回復してきたわね」
「あぁ、そうだな。前ほど眠気も無くなってきた」
「もう大丈夫そうね。次は、何か変わったことがあれば来てくれればいいわ」
「そうか」
用が済めばすぐ帰るかと思いきや、ピクルはどこか言い淀んでいた。
視線を落とし、しばらく口を開かない。
セレナが首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや……あのミラの火傷、跡残りそうか?」
ピクルは少し緊張した面持ちで尋ねた。
「そうねぇ。あれだけ広範囲だと……少しは残っちゃうかもしれないわね」
「そうか……」
ピクルは肩を落とし、目を伏せる。
しばらく二人の間に沈黙が流れた。
やがてセレナが声を落とし、そっと言葉を添える。
「でも……あなたの命は助かったんだもの。ミラは納得してるわ」
「……は?」
ピクルが顔を上げ、眉をひそめる。
「どういう意味だ、それ」
セレナは一瞬驚いた表情を見せ、静かに問い返した。
「え? ミラから聞いてないの?」
◇
あの日のことを思い出すたび、ミラの胸は今もざわつく。
外で雷が鳴る音を聞くと、あの夜の恐怖が鮮やかに蘇る。
――ピクルがまだサナギだった頃。
その夜、激しい嵐が村を襲った。
ピクルは自宅ではなく、村の保管庫に預けられていた。
本来、使い魔はそこで羽化を待つのが普通だ。
魔力を蓄え、サナギに供給する装置も整っている。
けれどミラは、ずっと自宅で世話をしていた。
なかなか羽化しないピクルを心配して、自分の魔力を分け続けていたのだ。
そのせいで体調を崩し、「一晩だけでも休め」と周囲に諭され、渋々、保管庫に預けた
――その夜だった。
雷鳴がとどろき、ミラははっと目を覚ます。
胸の奥に、説明のつかない不安が走った。
次の瞬間――外で轟音が響いた。
(まさか……!)
家を飛び出したミラの視線の先で、保管庫が炎に包まれていた。
燃え上がる炎。崩れ落ちる屋根。
中には、ピクルのサナギがある。
「そんな……」
ミラはその光景を見てへたり込む。
火事に気づく者はまだいないのか、静まり返った周囲には人影ひとつなかった。
焦げた風だけが吹き抜ける。
誰も来ない――なら、行くしかない。
すぐに顔を上げ、ミラは迷うことなく炎の中へ飛び込んだ。
肌を刺す熱気。息を吸うたびに喉が焼けるようだった。
それでも足は止まらなかった。
煙で視界が霞む中、ようやくピクルのサナギを見つける。
暗闇に浮かぶサナギは、炎の明かりに照らされ、わずかに揺れていた。
中から、小さな光がもぞもぞと漏れている。
その光景を見て、ミラは確信した。
(やっぱりぴーちゃんは生きてる……!)
――ずっと周りからは「もう死んでる」と言われ続けていたけど。
光の揺れに目を注ぎながら、胸が高鳴る。
(大丈夫、ぴーちゃんは……絶対に助ける……!)
揺れる光に希望を重ね、彼女は覚悟を決めた。
ミラがそっとサナギを抱き寄せた――そのとき。
背後で木材が崩れ、焼けた梁が肩を打つ。
熱と痛みに思わず悲鳴を上げそうになるが、腕の中の命を離さなかった。
必死に外へ走り抜ける。
外に出た瞬間、背中に焼けるような痛みが走った。
それでも、腕の中のサナギは無事で、ほんのりと光を放っている。
(よかった……ちゃんと助けられた……)
安堵と涙が同時に込み上げ、ミラはその場に崩れ落ちた。
やっと他の者も火事に気づいたようで、周囲には人だかりができていた。
だが炎と煙の中、誰も飛び込もうとはしなかった。
遠くで誰かが水の魔法を放ち、炎がしゅうっと鎮まっていく。
けれどすでに、いくつものサナギが焼け落ちていた。
その光景を目にし、ミラは胸が締めつけられる思いだった。
(……もしかしたら、ぴーちゃんも、あの子たちみたいになってたかもしれない……)
ピクルのサナギは、まだ羽化直前ほど大きくはなく、両腕でなんとか抱えられるほどの重さだった。
もしこれがもう少し成長していたら――きっと、助けることなどできなかっただろう。
それでもミラは、ただ見ているなんてできなかった。
目の前でピクルが燃えていくのを見過ごすくらいなら、
自分も一緒に焼けてしまった方がましだと思った。
あの夜の恐怖は、今でもミラの胸にひりつくように残っている。
雷の音を聞くたび、あのときの焦げる匂いと、胸を締めつける痛みが現実のように蘇る。
そしてそのたびに、胸の奥で小さくつぶやく。
(――生きててくれて、本当によかった……)




