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2話:落ちこぼれ魔法使いー①

 今日は羽化後の経過診察の日。

 村の医師が、わざわざ家まで様子を見に来てくれることになっていた。


 村には大人が五人いる。三人は食堂や浴場の管理などの生活のサポート、一人は魔法指導を担当していて、残る一人が医師だ。今日やってくるのは、その医師。

 子どもたちは基本、自分たちの力で日常生活をこなすが、大人の目の下で保護されていた。


「何もないといいねぇ」

 にこにこと笑顔で話しかけるミラ。


「めんどくせー……まだ寝てたいのに。絶対大丈夫だろ、こんなん」

 大あくびを噛み殺しながらピクルはだるそうに答える。


 コンコン、と扉を叩く音。

 開けると、落ち着いた雰囲気の女性――村の医師、セレナが立っていた。


「セレナ、いらっしゃい!」

 ミラは嬉しそうに彼女を迎える。

 いつも優しく接してくれるセレナは、ミラにとって歳の離れた姉のような存在だった。


「どう調子は?」

 セレナがピクルに声をかける。

「別になんともねーよ。だるくて眠いだけ」

「そう……もう羽化から3日は経ってるのに少し変ね……」

 

 羽化の翌日には体調が戻るのが普通だ。

 だからセレナは、ピクルの強い眠気を不思議に思っていた。

 それでも、診察してみた限りでは特に異常は見つからない。


「とりあえずは大丈夫そうね」

「だから何ともねーって。たまにはそういうこともあるんじゃね?」


「ま、そう言われても仕方ないかもね。あなた、何もかも普通じゃないし」

 セレナは腕を組み、じろじろとピクルを観察する。

「こんな状態で出てきた子、初めて見たわ」


 ピクルは、姿形だけでなく、魔力の大きさまでも、他の使い魔とは桁違いだった。

 目に見えない圧のような力が、空気の隅々まで満ちているのを、セレナは肌で感じていた。


「へ〜! ぴーちゃんすごいんだね!」

「羽化まで時間がかかったし、ミラが一生懸命魔力をあげてたからそのせいかしら……?」

「じゃあ、私のおかげってこと!?」

 嬉しそうにウキウキと胸を張るミラ。


「かもしれないわね」

 セレナはそんなミラを見て目を細める。


 ピクルは二人を横目で見つつ、会話に入ることもなく、大きく伸びをして立ち上がる。

「もう終わったなら、俺は寝てていいか?」

「えっ、また?」

 ミラの言葉に返事もせず、そそくさと自室へと戻っていった。


 部屋に残されたのは、ミラとセレナだけ。

 ピクルが部屋に引っ込むと、途端に静かになった。


「ずっと寝てばっかなんだよ。せっかく羽化したのにつまんない」

 ミラは不服そうに唇を尖らせる。


「そうなの……」

 セレナは苦笑しつつも、ふと部屋の隅に目をやる。

「あれがピクルの入っていたサナギの殻?」


「そうそう! すっごい大きかったんだよ! ヴァレンさんが『記録用に残しとけ』って!」

 ミラは得意げに答える。


「そう……」

 セレナの目は、大きさではなく――“異常な崩れ方”に釘付けだった。


 普通なら、殻は硬い外皮が割れて散らばるだけ。

 だが、残っているのは灰になった残骸のみで、通常の蛹のように形を留めていない。

 ――まるで、一瞬で燃え尽きたかのように。


(ピクルは卵の時から、普通じゃなかった……。もしかして……)


 セレナの心にひとつの仮説が浮かび、思わず息を止めた。



 セレナが帰ったあと、ミラはぽつんと部屋に一人残されていた。

 窓の外では、昼下がりの陽がのんびりと差し込んでいる。


「……よし!」


 突然立ち上がったミラは、勢いよくピクルの部屋へ突撃した。


 ドンッと戸を開け放ち、ベッドの横へ駆け寄る。

「ぴーちゃーん! 起きてーっ!」

 ゆさゆさと雑にピクルを揺さぶる。


「わ! な、なんだ、地震!?」

 布団の中でぐっすり眠っていたピクルが、飛び起きた。


「何だ、ミラか……」

 寝ぼけ眼でぼーっとミラを見上げる。

 

「今から魔法の練習に行くの! 一緒に来てよ!」

「は? 一人で行けよ……俺は眠い……」

 ピクルは再び布団をかぶり、丸くなった。


「っていうか、部屋入んなって言っただろ……」

 ピクルの呆れ声に、ミラは一瞬だけ怯んだが、すぐ笑顔を取り戻した。


「えー!もう羽化から3日だよ〜。たまには外に出たほうがいいって! あ、ぴーちゃんの好きなおやつもあるよ〜」

 クッキーをちらちら見せながら必死に誘う。

 

「食べ物で釣っても無理。今日は寝る」

 そう言うと、ピクルは布団を深くかぶった。


 通常、羽化の翌日にはみんな元気に動き回っている。

 ピクルが自分と過ごすのを面倒がっているのでは――そんな不安がミラの胸をかすめた。


「でも……」

 ミラがもう一度声をかけようとした、そのとき。


「……なんでも俺と一緒じゃなくて、一人でもできるようになれよ」

 布団の中からくぐもった声が聞こえた。

 その言葉に、ミラはぴたりと動きを止める。


「……うん。わかった」


 そのまま静かに部屋を出ていく。

 扉が閉まる音が、いつもよりやけに大きく響いた。



 部屋に残されたピクルは、しばらく天井を見上げていた。

 そして、重く息を吐く。


(……ちょっと言い方キツかったかもな)

 体の奥にはまだだるさが残っている。

 けれど、それを口にすればミラが大袈裟に騒ぎ出しそうで、黙っておくしかなかった。


 ゆっくりと体を起こし、部屋の片隅にある小さな写真立てに目をやる。

 そこには、両親の腕に抱かれた、ごく幼い頃のミラの姿が写っていた。


 ミラの両親は、国からの依頼で魔族討伐に向かい、そのまま帰ってこなかった。

 三歳だったミラはこの村に預けられ、それ以降ずっと一人。

 写真だけが、彼女と両親をつなぐ唯一のものだった。

 両親の記憶すらほとんど残っていない。

 

(あいつには俺しかいねぇんだもんな……甘ったれんのも、しょうがねぇか)

 ピクルはベッドの背にもたれ、深く息を吐いた。

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