1話:かわいい?ぴーちゃん
ここは山奥にある、魔法使いだけが暮らす小さな村。
この地域の魔法使いは、七歳になると親元を離れ、この村に預けられる。
村では、“使い魔の召喚儀式”が行われ、召喚された使い魔と共に生活するのが決まりだ。
村の役割は、魔法使いと使い魔が子供から大人へ安全に成長し、互いに絆を深められるよう見守ることにある。
村には十数人の子どもが暮らしているが、互いに干渉することはほとんどない。
規則正しく並ぶ家々は、それぞれ静かに孤立しているかのようだった。
年少の子どもたちは共同の寮で生活し、年齢が上がると一人ずつ小さな家が与えられる。
そんな小さな家のキッチンで、ミラはフライパンを手にパンケーキを焼いていた。
生地がふくらむ様子を気にしつつも、視線は自然と、後ろの食卓に座る青年に向かう。
(やっぱり、他の子の使い魔と全然違う……)
普通の使い魔の成体なら、孵化からの年齢に応じた六〜八歳ほどの姿になるのに。
目の前の彼――成体のピクルは、どう見ても年上だ。
同年代どころか、まるで大人の男みたい。
がっしりした肩に、鋭い目つき。どこか不良めいた雰囲気まで漂わせている。
(……何でこんなに変わっちゃったんだろう……)
ミラは俯き、自然と使い魔の成長過程を思い出す。
使い魔は卵の状態で召喚され、孵化して幼体へ。
そしてサナギを経て、最終的に人型の成体になる――。
幼体の頃のピクルは、他の使い魔と何一つ変わらなかった。
幼体の使い魔は、子猫や小さな蛇などの小動物の姿をしている。
ピクルもその頃は、小鳥の姿だった。
確かにサナギになるのは少し遅く、羽化にも時間がかかっていた。
それでも、まさかこんな姿で現れるなんて――。
初めてその姿を目にした瞬間の衝撃は、今も胸の奥にざわついている。
(……でも、同じところもあるな……)
視線は自然と、ピクルの髪へと向かう。
赤とオレンジが混ざった鮮やかな髪色。
ふわふわと跳ねる頭のてっぺんの毛は、幼体のころの“トサカ”そのものだ。
そこには幼い日のピクルの面影が、確かに残っていた。
ミラが焼き上がったパンケーキを皿に移し、テーブルに置くと、ピクルの目がぴくりと動く。
当然のようにたっぷりの蜂蜜をかける姿に、ミラは思わずくすりと笑った。
「相変わらず甘いもの、好きなんだね」
「……まぁな」
そっけなく返すが、すぐにフォークを手に取り、口に運ぶ。
頬張ると、自然に口元がほころんだ。
その表情に、ミラはまた笑みをこぼす。
(……このギャップ、ちょっと面白いかも)
大人びた外見とは裏腹に、ぱくぱくと口に運ぶ仕草は、花の蜜をついばむ幼体のピクルを思い出させる。小さな動作の一つ一つに、あの頃の可愛らしさが垣間見えた。
(……やっぱり、変わってない……)
姿かたちは変わってしまったけれど――確かに同じ“ぴーちゃん”だとわかる。
そのことが、ミラにとって何よりも嬉しかった。
ピクルから目が離せず、気づけば笑顔が自然に広がっていた。
「……なんだよ……」
ずっと見られていることに気づき、ピクルは少し顔を赤らめながら言い返す。
その照れた姿が可笑しくて、ミラの心はさらに解けていくのを感じていた。
自然と、羽化するまでの日々を思い出す。
なかなか殻が割れず、このまま死んでしまうのではと不安に押し潰されそうだった。
サナギのままで終わってしまう使い魔も珍しくない。
使い魔のサナギは、通常は一ヶ月ほどで羽化するが、ピクルのサナギは三ヶ月を過ぎても、何も変化がなかった。
「中はもう死んでるんじゃないか」――そう周りからは言われていた。
それでもミラは諦めなかった。
自分の魔力が足りないせいだと、毎日付きっきりで魔力を注ぎ込み、無理がたたって一度倒れてしまったこともあった。
うまくいかず、辛く苦しい日々もあったけれど、今こうして再び一緒に食卓を囲めている。
(……諦めなくて、本当に良かった)
ふっと微笑んで顔を上げると、ピクルはすでに皿を空にしていた。
「えっ、もう全部食べたの!? いっぱい食べるようになったんだね!」
「そりゃあ、成体になったからな」
驚いて目を丸くするミラをよそに、ピクルは椅子の背にもたれ、気だるげにあくびをかみ殺す。
「じゃあ、他にもお菓子あるよ! 一緒に食べよ!」
「いや、いいわ。疲れたから寝る」
ミラの誘いをあっさり断り、ピクルは椅子から立ち上がった。
「えっ!? まだ起きたばっかりだよ?」
驚いてミラも一緒に立ち上がる。
「羽化すんのは疲れんだよ。とりあえず寝る」
ピクルはくるりと向きを変え、寝室へ向かって歩き出す。
――が、途中でぴたりと動きを止めた。
何かに気づいたように眉をひそめ、ばっと振り返る。
すぐ後ろには、満面の笑みでピッタリついてくるミラの姿。
ピクルは額に手を当て、大きくため息をつく。
「おい! なんでついてくんだよ!? お前の部屋は隣だろ!」
「え? だって今までずっと一緒に寝てたでしょ?」
当然のような口調に、ピクルは頭を抱える。
幼体の頃のピクルは、ふわふわのぬいぐるみのような風貌だった。
ちょうどミラの両手で収まるくらいの大きさで、抱きしめて眠るのが日課だったのだ。
「そ、そりゃ……前はそうだったけど、今は違うだろ!? 俺、もう成体だぞ!?」
思わず声が上ずる。
「この体で隣に寝たら、その……狭いし、落ち着かねーだろ!」
言いながら、自分でも何を言っているのかわからなくなり、ピクルは視線を逸らした。
耳の先が、わずかに赤く染まっている。
「大丈夫! ベッド結構広いよ! 私は体小さいし!」
ミラは、ピクルの意図をまったく汲み取らず、無邪気に笑った。
「いやいやいや! 広いとか狭いとか、そういう問題じゃねえ!」
ピクルは頭をかきむしり、うろたえる。
「さっきは狭いって言った!」
「ぐっ……! だからそれは……!」
言葉を詰まらせ、ピクルは目を泳がせた。
なんとか言い訳を探そうとするが、口に出すほど余計にややこしくなる気がして、
結局、深く息を吐いた。
「ぴーちゃんがサナギの間、ずっと会えるの楽しみに待ってたんだよ!」
にこにこと笑うミラを前に、ピクルは戸惑い、言葉を詰まらせる。
少し迷ったようにため息をつき、それでも静かに続けた。
「……お前さ、いい加減、一人で寝る練習しろよ」
今度の声は、少し低く落ち着いていた。
「もう十五だろ? 流石にガキすぎるって」
その言葉に、ミラは一瞬きょとんとした。
何を言われたのか理解できず、ただ瞬きを繰り返す。
「えっ!? そんなふうに思ってたの!?」
ぽかんと口を開けるミラの瞳が大きく見開かれる。
「そりゃそうだろ?! 今まで喋れなかったから言えなかっただけだっつーの!」
ミラは口を開きかけ――けれど、声が出なかった。
短い沈黙のあと、ピクルはぶっきらぼうに言った。
「絶対こっちに入ってくんなよ!?」
バタン、と扉が閉まる。
残されたミラはただ立ち尽くすしかなかった。
「話せないから言えなかっただけ……か」
視線を落とし、小さくつぶやく。
(幼体の頃も、本当は嫌だったのかな……)
ぎゅっと唇を噛む。
(成体になって話せるようになったら、もっと仲良くなれると思ってたのに……)
胸の奥がひやりと冷えた。
話せるようになったことで、逆に距離を感じてしまう。
(……やっぱり、前のぴーちゃんとは変わっちゃったなぁ……)
視線を落とし、しばらく固まる。
それでも、少しずつ深呼吸をして、ゆっくり顔を上げる。
(まだ羽化したばっかだし……! これからまた仲良くなってけば大丈夫!)
そう心の中で言い聞かせながらも、胸の息苦しさは消えなかった。




