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8話:入学試験準備

 入学試験に向けて準備を進めるミラとピクル。


 インペリアルの入学試験は、基本魔法によるグループ試験と、各自の特性を活かした個別試験で構成される。

 まず受験生はグループごとに集められ、基本魔法のチェックが行われる。

 基準を満たした者だけが、さらに個別試験に進めるのだ。


「とりあえず、基本魔法の方からやってくか」

「うん」


 ピクルは事前に試験の内容や評価基準を調べ上げ、ミラの魔法の精度や姿勢、魔力の安定まで細かくチェックしていく。


(俺がミラにできる、最後のサポートだ……全力でやろう)


 ピクルから見ても、ヴァレンの評価通り、基本能力は申し分なかった。

 だが、やはりまだコントロールにやや難があり、うまく制御できないこともある。


 ピクルの指摘は的確で、一つひとつの修正が的を射ていた。

 狙いを外したときも、すぐに癖を見抜いてアドバイスを飛ばす。

 ミラもそれに食らいつくように集中し、何度も同じ動作を繰り返す。

 そうして少しずつ、魔力の扱いは確かな形となっていった。


 そんな特訓の日々が数日続いた。


「もう基本魔法の方は大丈夫そうだな、そろそろ個別試験の方に入るか」


 ピクルは嬉しそうに提案する。

「ミラの特性なら、水系がいいんじゃないか。扱い慣れてるし、魔力の強さもアピールできる」


 だが、ミラは少し手を止め、考え込むように下を向いた。

「……私、やっぱり“花を咲かせる魔法”を使いたいな……」


 その言葉に、ピクルの手が止まる。

「は? 何言ってんだよ。合格したいならやめとけ。下級魔法だぞ」


 ミラは少しうつむき、両手を胸の前でぎゅっと握った。

「でも、私にとって大事な魔法なんだもん……」


「水が嫌なら、氷系でもいい。矢のように大量に飛ばすやつ。派手だし、審査員ウケもいい」


「でも、あれで合格できたら、自信になると思うんだ」

 ミラは小さくポツリと呟く。


「初めてできた魔法だし……

 初めて、自分が役に立てたって思えた魔法なんだ……」


 静かな声だったが、その奥には確かな想いがこもっていた。

 ミラは顔を上げ、まっすぐピクルを見つめる。

 彼女の瞳には、今まで感じたことのない決意と喜びが宿っていた。


「それに、ぴーちゃんを想ってできた魔法だから……」


 ミラの肩が少し緊張して揺れる。

 小さく息を吸い、もう一度ピクルを見つめる。


「私、今まで全然うまくできなかったけど……

 ぴーちゃんを喜ばせたくて、あれだけはうまくいったんだ……

 だから、私にとってずっと特別な魔法……」


 その瞳の輝きに、ピクルは息をのんだ。

 胸の奥で温かくほどけていく感覚が広がり――

 言葉を返そうとしても、うまく出てこなかった。


 それでも、ミラの未来を思うなら、やっぱり止めないといけない。


「だとしても……試験に使うのは、上級魔法にしとけ」

 ピクルは真剣な眼差しで、ミラを見つめる。


「……上級魔法……」

 ミラはポツリと呟く。


 ぼーっとしているミラに、ピクルが発破をかける。

「絶対手抜くなよ」


 その言葉に、ミラは一瞬怯むが、ぐっと顔をあげる。

「わかってる。絶対、合格するから!」


 ミラは力強い笑顔で堂々と答えた。



 その日の練習は終わり、家に戻った二人。


 突然ミラが口を開く。

「ぴーちゃん、明日からは試験の練習は一人でするよ」

「え……? なんで急に?」

 ピクルは驚いて聞き返した。


「一人で頑張ってみたいんだ。

 ほら、いつまでもぴーちゃんに頼ってばっかじゃダメでしょ?」


「そうか……これでやっと子守から解放だな」

 ピクルは少し驚きながらも、軽口を返す。


「うん。じゃあ、私、部屋に行くね。ちょっと調べたいことがあるから」

 ミラは短く答えると、どこか落ち着かない様子で、そそくさと自室へ戻っていった。


(……なんだよ、もう行くのか)

 いつもは鬱陶しいくらいにベタベタしてきてたのに。

 急にあっさりして、逆に落ち着かない。


(あいつもとうとう独り立ちしたんだな……)

 喜びよりも、静かな寂しさが残っていた。



 試験前日。

 それまでの数日間、ミラは試験の練習にピクルを同行させず、一人で黙々と練習を重ねていた。

 森での練習だけでなく、自室にこもり、何やら熱心に資料を読み込んでいた。

 その集中ぶりからは、強い覚悟が伝わってきた。


(とうとう明日か……試験に合格したら、もうミラとは一緒にいられないんだな……)


 ピクルは寂しい気持ちを抱えながらも、表情には出さず、いつも通りに振る舞った。


「まぁ、いつも通りやりゃ、絶対合格できるから。気楽に頑張れよ」


「うん! ありがとう! 絶対合格するから」

 ミラは迷いのない、まっすぐな笑顔でピクルを見つめる。


 その笑顔に、ピクルの胸は少しざわついた。

 自分が抱える寂しさとは対照的に、ミラは未来を見据えて前を向いている――。


(……立派になったな)

 そう思えば思うほど、胸の奥が締めつけられる。


 口を開きかけるが、言葉にせずに飲み込む。

 代わりに、ピクルは小さく息を吐いた。


「目つぶれ」


「え? どうしたの? また魔法?」

 ピクルの唐突な言葉にミラはきょとんとしている。


「いいから、目閉じとけ」


 ミラは半信半疑で目を閉じる。

 そのまつげが小刻みに揺れて、光を受けてきらめいた。

 ピクルはそっと腕に手を添え、短く息を呑む。


(……これで最後なんだよな……)

 胸の奥にこみ上げるのは、言葉にならない感情。

 この瞬間だけは、彼女の傍にいたい。


 ――そう願いながら、ピクルはそっとミラの頬に唇を寄せた。


 一瞬、時間が止まったかのように感じられる。

 唇を離すと、ミラはぱちぱちと瞬きをして、それから満面の笑みを浮かべた。


「ぴーちゃんから初めてしてくれた!」

 嬉しそうに跳ねるような声。


「俺からの餞別だ。明日は頑張れよ」

 照れて視線を逸らすピクル。


 口ではそう言ったが、心の奥では――

 言葉で伝えられない思いをすべて込めた、特別なキスだとわかっていた。


 ミラにとっては、小鳥の頃と同じ「元気が出るおまじない」だったとしても。


「うん! ありがとう! 頑張るよ!」

 思わずぎゅーっとピクルを抱きしめる。


 ミラの笑顔を見て、ピクルも穏やかに微笑んだ。

 そのはずなのに、胸の奥がかすかに痛んだ。

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