7話:定期評価の日ー②
定期評価のあと。
夕方の光が差し込む頃、ヴァレンが再びミラの家を訪ねてきた。
「ミラ。少し、話がある」
「え? また? やっぱり、ちょっとやりすぎでしたか?」
ミラは椅子から跳ねるように立ち上がる。
「ちょっとじゃねぇ。災害レベルだったからな……」
ピクルは定期評価でのことを思い出し、呆れ顔でぼやいた。
ヴァレンは少し間を置いて、いつもの落ち着いた声で言った。
「お前、マギア・インペリアル学院を受けてみる気はあるか?」
「……へっ?」
二人は同時に声をあげ、ぽかんと顔を見合わせた。
マギア・インペリアル学院――帝国唯一の国立魔法学校であり、若き魔法使いたちの最高峰。
入学を許された者は将来を約束されるといわれ、地方の村の子どもにとっては憧れそのものだった。
「え、インペリアル!? 私が……?」
ミラは目を丸くし、動揺と興奮が混じった声を上げる。
ヴァレンは、村で子どもたちの指導と進路を担う役目を持つ。
外の学院や魔術師とのつながりを活かし、才能ある子どもを導く――いわば村の“進路指導担当”だ。
だが、ミラはピクルの肩をつつき、小声で囁く。
「……これ、笑った方がいいやつかな? いつもの変な感じになるやつ……」
「確かに。こいつ良かれと思ってたまに訳わからんこと言い出すからな……」
「だよね……」
「でもこんな冗談いうか……? 面白くねぇぞ」
「面白くないのはいつものことだよ……」
「表情変わんねぇから、わかりづれぇ……」
どう判断していいのかわからず、しばらくの間、二人のこそこそ声が静かな室内に響く。
しばらく二人を見守っていたヴァレンだったが、ふっと口を開く。
「……そろそろいいか……別に冗談じゃないんだがな……」
その言葉に、ミラとピクルは思わず息をのんだ。
「え……じゃあ本当に……?」
ミラは信じられないというように目を見開く。
「あぁ。お前の力なら十分通用する。村の特別推薦で、受験できるようにしてやる」
胸の奥で何かが跳ねた。
憧れ、不安、期待――それらがいっぺんに押し寄せてくる。
「……はい。受けてみたいです!」
ミラはぎゅっと拳を握り、真っ直ぐに答えた。
ヴァレンは微かに頷き、ゆっくりと立ち上がる。
「じゃあ、準備は整えておけよ」
その背中を見送りながら、ミラは胸の高鳴りを抑えきれずにいた。
(……本当に、あのインペリアルに……!)
扉が閉まり、ミラとピクルは二人きりになった。
「よかったな。やっと本当の実力が周りにも認められたな」
ピクルが笑顔で労う。
嬉しさで胸がいっぱいになったミラは、思わずピクルに近づく。
体全体で感情を伝えるように、そっと服をキュッと掴み、胸に頭を預けた。
「ありがとう、全部ぴーちゃんのおかげだよ……」
上目遣いで潤んだ瞳を向け、じっとピクルを見つめる。
それはいつもの無邪気な仕草とはどこか違っていて――
ピクルは思わず心臓が跳ね、後ずさりしながら耳まで真っ赤になる。
「お、おい……だから距離近すぎるんだって……」
「……え、そうかな?」
ミラは無邪気に首をかしげる。
(こいつ、相変わらず無自覚かよ!)
ピクルは頭をかき、苦笑しながらため息をついた。
しばしの沈黙のあと、少し落ち着いた声で言葉を紡ぐ。
「……いや、やっぱお前が諦めずに頑張ったからだって。よく頑張ったよ」
ピクルはミラの頭をそっと撫でた。
その手には、照れくささと誇らしさが入り混じっていた。
「ふふふ。ありがとう」
嬉しそうに笑うミラに、ピクルも思わず口元を緩めた。
部屋の中はいつもより静かで、外の風の音が心地よく聞こえる。
こんな穏やかな時間が、ずっと続く気がしていた――。
……でも、次の瞬間、ミラはふと何かに気付き、表情が曇る。
「どうした?」
「でも……インペリアルに行ったら、ぴーちゃんと離れ離れになっちゃう……寮に入らないといけないんだもん」
「……そうなのか?」
その事実を知らなかったピクルは一瞬表情が強張る。
マギア・インペリアル――あそこは選ばれた魔法使いだけが集められ、特殊な英才教育を受ける場所。
確かに村からはかなり離れていて、ここから通うことはできない。
寮に入れば、今のように一緒に過ごせなくなるだろう。
(インペリアルに行ったら、もう一緒にはいられないのか……)
当たり前に、これからもずっと続くと思っていた未来ーーそれが崩れるなんて。
ピクルは黙ってミラを見つめる。
その寂しげな横顔を前に、胸の内で言葉を飲み込んだ。
(……俺だって嫌だ。でも……)
ピクルは幼い頃のミラとの会話を思い出す。
◇
部屋の片隅には、小さな写真立てが二つ並んでいた。
一つは、幼い頃のミラと両親の写真。
そしてその隣には、両親の若い頃の写真が置かれている。
立派なローブに身を包み、笑顔を浮かべている。
「ねぇ、ぴーちゃん。これ、私のパパとママなんだよ」
七歳のミラは、幼体のピクルに誇らしげに話す。
「すっごく優秀で、インペリアルを出たんだって!
私も、あそこに行けるくらいの魔法使いになりたいなぁ……」
写真をそっと撫でながらポツリと呟く。
「すごい魔法使いになったら、二人のこと見つけられるかな」
ミラは行方不明の両親といつか会える日を夢見ていた。
強くなれば、きっと両親のもとへ辿り着ける――その希望が、うまくいかない日々を支えてくれていたのだ。
「いつかまた会いたいな……」
言葉にした途端、涙がぽろぽろ落ちる。
丸い瞳をぱちぱちさせる幼体のピクルは、そっと頬をつついて慰める。
「ありがとう。ぴーちゃんは、ずっと一緒にいてね」
ミラは少し笑顔を取り戻し、ピクルをぎゅっと抱き寄せる。
ピクルは何もできない自分を不甲斐なく感じながらも、ミラの笑顔を見て、心が解けていくのを感じていた。
◇
ミラはしゅんと肩を落とし、俯いている。
七歳の頃のミラにとっては、ピクルだけが涙や不安を受け止めてくれる存在だった。
だが、今は違う。
これからの彼女には、輝かしい未来が待っている。
ピクルは一瞬だけ迷い、心の中でため息をつく。
(寂しくても、ここで止めるわけにはいかない……)
彼の視線は、少し誇らしげに輝くミラに注がれていた。
七歳の頃とは違い、もう小さな不安に押し潰されることはない――そう思うと、胸の奥が温かくなる。
「お前、ずっとあそこに行きたいって言ってたじゃねーか。
それに、強い魔法使いになって、両親を探しに行きたいって」
ピクルの言葉に、ミラは視線を落とす。
やがて顔を上げ、決意と笑顔を取り戻した。
「……うん。そうだよね……試験、頑張るよ!」
思ったよりも早く気持ちを立て直したミラを見て、ピクルは胸がチクリと痛む。
(そんなに簡単に割り切れるのかよ……いや、でもこんな特別な機会逃す手はない。当たり前だよな……)
寂しいけど、これでいい。
そう自分に言い聞かせるしかなかった。
(”ずっと一緒”って話も、もう忘れちまってんだろうな……)
隣で笑うミラは、未来を見据えて輝いている。
その姿を見守る自分だけが、少し取り残されるように感じた。




