4話:雷の夜ー③
診療所から帰宅後、ピクルの様子がおかしい。
話しかけても上の空で、何か一人で物思いに耽っている。
(まさか、何か悪いことが見つかったんじゃ……)
ミラの胸に冷たいものが走る。
火事のときのように、ピクルを失ってしまう恐怖が頭をかすめた。
それでも無理に明るい声を出す。
「ぴーちゃん、パンケーキできたよ〜」
「あぁ……」
ピクルは呼ばれて食卓に着くが、相変わらず上の空で、視線は遠くをさまよっている。
大好きな焼きたてのパンケーキを前にしても、フォークを手に取る気配すらない。
胸がギュッと締め付けられる。
ミラの心配は限界を超え、思わず立ち上がってピクルに詰め寄る。
「今日の診察で何かあった?! だから私もついて行くって言ったのに!」
ピクルはミラの真剣な表情を見て、深く息を吐いた。
ミラの瞳には、心配と涙が滲んでいる。
「……いや、別になんともない。もう大丈夫だから来なくていいって」
「だったら、なんで……」
「俺は別にもう平気だから、余計な心配すんな」
ピクルに優しく諭され、ミラは少し落ち着きを取り戻し、再び席に着く。
「うん、わかった……」
ピクルは大きく息をつき、言葉を落とす。
「食ったら、森に行くぞ」
「……え? 魔法の練習?」
「まぁ、そんなとこだ」
◇
森の練習場に向かう道すがら、ピクルはずっと黙ったままだった。
考え事をしているようで、何度か話しかけても返事は曖昧。
ミラはそんな彼の横顔を見つめながら、胸の奥に小さな不安を抱いていた。
練習場に着くと、ピクルは不意に振り向いて言った。
「そこに座れ」
「?? どうしたの?」
「とりあえず、しばらく動くなよ。じっとしてろ」
「わかった……」
訳もわからぬまま、ミラは言われる通りに腰を下ろした。
ピクルがそっと肩に手を置く。
その手から、ゆっくりと熱を帯びた魔力が流れ込んでいくのを感じる。
次の瞬間、足元から炎の柱が立ち上がり、二人を包み込んだ。
「――っ!」
思わず息を飲むミラ。
けれど炎は熱くない。
まるで焚き火のぬくもりのように、優しく体を包み、心の奥まで染み込んでくる。
不思議な感覚に包まれたまま、ミラは言われた通り、じっとしていた。
やがて炎は静かに揺らめき、すっと消えた。
「な、何これ? 一体どういうこと?」
目を丸くするミラに、ピクルは小さく微笑み、そっと手を離す。
そして、ためらいもなくミラの服の裾を持ち上げた。
「わ、ちょ、ちょっと!?」
しかしピクルの顔は真剣そのものだった。
そしてすぐに、安堵の息をつく。
「……よかった。治ってる」
「え?」
背中に手を当てると、あの火傷の感触がもうない。
皮膚は滑らかで、ひきつれや瘡蓋すらも残っていなかった。
「さっきの魔法のおかげなの?」
「あぁ。俺は――再生の魔法が使える」
そう言って、ピクルは小さく息を吐いた。
「正直、うまくいくか分からなかった。だから、先に言えなかった」
「再生の魔法……?」
「他人に使うのは難しいんだ。成功して、よかった」
彼の表情には疲労の色が滲んでいた。
その魔法がどれほどの負担だったのか、ミラにも察せられた。
「再生の魔法が使えるって、まさか……」
ミラの中に一つの考えが浮かぶ。
ピクルは静かにうなずいた。
「あぁ。俺は――フェニックスだ」
ミラの瞳が一気に見開かれ、息を飲む。
「本当に!? ピーちゃん、ただの鳥じゃなかったの!?」
幼いころのピクルは、丸くてふわふわ、まるでペンギンの赤ちゃんのようだった。
抱き心地もよく、あんなぬいぐるみみたいに可愛い鳥が、まさか特別な使い魔だとは夢にも思わなかった。
思い返せば、ピクルのような姿をした鳥など他に見たことがない。
あの鮮やかな炎のような羽の色も、長く続いた羽化までの期間も――
今の姿や魔力の強さと照らし合わせると、すべてが腑に落ちる。
きっと最初から、その片鱗を宿していたのだ。
「でも、私の使い魔なのに、そんなすごいなんて…….」
ミラは目の前のピクルを見つめ、息を飲む。
魔法使いの力に応じて、召喚される使い魔は決まる。
強い使い魔を持つ者ほど、その魔力の器もまた大きい。
ピクルは真っ直ぐにミラを見つめ、力強く続ける。
「だから言っただろ。お前は“最強の魔法使い”になれるって」
その言葉に、ミラの胸の奥で小さな光がともるのを感じた。
自分の使い魔が、こんなにも強く、特別な力を持っている――
そして、自分を信じてくれている。
「私が、最強の魔法使い……」
ミラもそっとピクルを見返す。
嬉しいはずなのに、まだ実感が追いつかず、戸惑いも混じる。
それでも、胸の奥が静かな温もりで満たされていくのを感じていた。




