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4話:雷の夜ー③

 診療所から帰宅後、ピクルの様子がおかしい。

 話しかけても上の空で、何か一人で物思いに耽っている。


(まさか、何か悪いことが見つかったんじゃ……)

 ミラの胸に冷たいものが走る。

 火事のときのように、ピクルを失ってしまう恐怖が頭をかすめた。


 それでも無理に明るい声を出す。


「ぴーちゃん、パンケーキできたよ〜」

「あぁ……」

 

 ピクルは呼ばれて食卓に着くが、相変わらず上の空で、視線は遠くをさまよっている。

 大好きな焼きたてのパンケーキを前にしても、フォークを手に取る気配すらない。


 胸がギュッと締め付けられる。


 ミラの心配は限界を超え、思わず立ち上がってピクルに詰め寄る。

「今日の診察で何かあった?! だから私もついて行くって言ったのに!」


 ピクルはミラの真剣な表情を見て、深く息を吐いた。

 ミラの瞳には、心配と涙が滲んでいる。


「……いや、別になんともない。もう大丈夫だから来なくていいって」

「だったら、なんで……」

「俺は別にもう平気だから、余計な心配すんな」


 ピクルに優しく諭され、ミラは少し落ち着きを取り戻し、再び席に着く。

「うん、わかった……」


 ピクルは大きく息をつき、言葉を落とす。

「食ったら、森に行くぞ」

「……え? 魔法の練習?」

「まぁ、そんなとこだ」


 

 森の練習場に向かう道すがら、ピクルはずっと黙ったままだった。

 考え事をしているようで、何度か話しかけても返事は曖昧。

 ミラはそんな彼の横顔を見つめながら、胸の奥に小さな不安を抱いていた。


 練習場に着くと、ピクルは不意に振り向いて言った。

「そこに座れ」


「?? どうしたの?」

「とりあえず、しばらく動くなよ。じっとしてろ」

「わかった……」


 訳もわからぬまま、ミラは言われる通りに腰を下ろした。

 ピクルがそっと肩に手を置く。

 その手から、ゆっくりと熱を帯びた魔力が流れ込んでいくのを感じる。


 次の瞬間、足元から炎の柱が立ち上がり、二人を包み込んだ。


「――っ!」

 思わず息を飲むミラ。

 けれど炎は熱くない。

 まるで焚き火のぬくもりのように、優しく体を包み、心の奥まで染み込んでくる。


 不思議な感覚に包まれたまま、ミラは言われた通り、じっとしていた。


 やがて炎は静かに揺らめき、すっと消えた。


「な、何これ? 一体どういうこと?」


 目を丸くするミラに、ピクルは小さく微笑み、そっと手を離す。

 そして、ためらいもなくミラの服の裾を持ち上げた。


「わ、ちょ、ちょっと!?」


 しかしピクルの顔は真剣そのものだった。

 そしてすぐに、安堵の息をつく。

「……よかった。治ってる」


「え?」

 背中に手を当てると、あの火傷の感触がもうない。

 皮膚は滑らかで、ひきつれや瘡蓋すらも残っていなかった。


「さっきの魔法のおかげなの?」

「あぁ。俺は――再生の魔法が使える」

 

 そう言って、ピクルは小さく息を吐いた。

「正直、うまくいくか分からなかった。だから、先に言えなかった」


「再生の魔法……?」

「他人に使うのは難しいんだ。成功して、よかった」


 彼の表情には疲労の色が滲んでいた。

 その魔法がどれほどの負担だったのか、ミラにも察せられた。


「再生の魔法が使えるって、まさか……」

 ミラの中に一つの考えが浮かぶ。


 ピクルは静かにうなずいた。

「あぁ。俺は――フェニックスだ」


 ミラの瞳が一気に見開かれ、息を飲む。

「本当に!? ピーちゃん、ただの鳥じゃなかったの!?」


 幼いころのピクルは、丸くてふわふわ、まるでペンギンの赤ちゃんのようだった。

 抱き心地もよく、あんなぬいぐるみみたいに可愛い鳥が、まさか特別な使い魔だとは夢にも思わなかった。


 思い返せば、ピクルのような姿をした鳥など他に見たことがない。

 あの鮮やかな炎のような羽の色も、長く続いた羽化までの期間も――

 今の姿や魔力の強さと照らし合わせると、すべてが腑に落ちる。


 きっと最初から、その片鱗を宿していたのだ。


「でも、私の使い魔なのに、そんなすごいなんて…….」


 ミラは目の前のピクルを見つめ、息を飲む。

 魔法使いの力に応じて、召喚される使い魔は決まる。

 強い使い魔を持つ者ほど、その魔力の器もまた大きい。


 ピクルは真っ直ぐにミラを見つめ、力強く続ける。

「だから言っただろ。お前は“最強の魔法使い”になれるって」


 その言葉に、ミラの胸の奥で小さな光がともるのを感じた。

 自分の使い魔が、こんなにも強く、特別な力を持っている――

 そして、自分を信じてくれている。


「私が、最強の魔法使い……」

 ミラもそっとピクルを見返す。


 嬉しいはずなのに、まだ実感が追いつかず、戸惑いも混じる。

 それでも、胸の奥が静かな温もりで満たされていくのを感じていた。

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