24 悪女の演技
「それでは、神殿に帰る時間となりましたので……。
アカリ様、ブライト様、ごきげんよう。
明日、また参ります」
「シャーリー、王城に泊まっても良いのだぞ……」
ブライトが弱々し気に微笑む。
「いえ、私はおふたりの友人ですが……」
シャーリーが言葉を濁す。
アカリがブライトに言った。
「だから、シャーリーをもう婚約者にすればいいじゃない!
ね。そうすれば、ランカも帰ってきても大きな顔をできないわ!
それで、ランカを私を追い落とそうとした罪で王都から追放して……。
そうよ! 『結界の聖女』の役目を罰としてさせればいいのよ!
ふふふ、それでシャーリーと私で『王都にいる聖女』と『巡回の聖女』をやればいいんじゃない?!」
「いや、それは……、炎家どころか、水家も黙っていないだろう?!」
「ブライト兄様は王になるんでしょう!
なんでも命令すればいいのよ!」
「アカリ……、五聖家というのはだな、光家が王ではあるが、平等でお互いの信頼関係の上に成り立っているんだ。
あ、フウライが戻ってきたということはラッシュもそろそろ戻ってくるのでは?」
アカリがソファの上で足をじたばたさせた。
「ラッシュ兄様にも私の話聞いてもらうんだ!
そうしたら、炎家のランカとカレンがどんなに私に意地悪してたか、わかってくれるよ!」
シャーリーはそっと礼をしてアカリの部屋を出た。
幸いなことにふたりは気がつかなかったようだ。
フウライの提案。
『お前はミナモのことが好きなんだろ。協力し合わないか?』
びっくりした。
確かにブライトとラッシュに好意があるふりをしながら、ミナモにも……。
でも、フウライには見破られていたんだ。
ミナモへの思いは本当であったことを。
心に秘めていた思いが誰かに理解してもらえたということが、なんだか少しうれしく感じる。
王城のエントランスまで降りるとフウライが待っていた。
「神殿まで護衛しましょうか?」
フウライが笑って、その笑顔にミナモが重なった。
シャーリーは少しの間、そのフウライの笑顔に見とれた。
「ミナモに似ているか?
ミナモとは従兄弟になるからな」
シャーリーははっとしてフウライを見つめ直した。
「護衛をよろしくお願いします」
馬車の中でフウライが切り出す。
「私はランカを、君はミナモを思っている。
そういうことでいいかな?」
「……わかったわ。
で、何をすればいいの?」
「何でブライトに近づいた?」
「……命令だったから。
神殿長とハイリネンという名の貴族の。
ハイリネンは私の家族を保護してくれている……、保護というと御立派だけど、ようは人質よ。
私に言うことをきかせるためのね」
「……ふたりにブライトを誘惑しろと?」
「誘惑というか……、妃になれって。
王妃でも側妃でもいい、とりあえず、妃になれと。
四家以外から妃が出ることで、五聖家の結束力を削ぐことが目的みたい。
だから……、私はブライトだけじゃなくアカリも利用することにしたの。
五聖家の仲を引っ掻き回すのにね」
「……なるほど。
ハイリネン……、調べてみよう。
シャーリーは、もし家族が、人質が、ハイリネンから取り戻せて安全なところに保護されたとなったら、どうしたい?」
シャーリーの表情に困惑が浮かぶ。
「どうしたい……。
私、どうしたいんだろう。
ミナモのことが気になる、好きなんだと思う。
でも、それは……、よくわからない。
もしかしたら、ランカへの思いの裏返しで、ミナモのことを好きだと思っているのかもしれない……」
フウライが意外だという顔をして、言った。
「続けて?」
シャーリーはとつとつとしゃべり続ける。
「ランカのことはすごい人だと思っているの。
本物の聖女ってランカのことだと思う。
アカリ様は違う。自分のことばかり。
ランカはそこにいるだけで、その場を和ませるというか、温かくする、心地良くする、そんな力も持っているわ。
私はランカが好き、だけど、聖女として負けたくないって気持ちもあって……。
五聖家の姫として何不自由なく大切にされて育ち、お互いに思い合うミナモという恋人もいて……。
ずるいなって、そんな風にも思えて……。
……ああ、しゃべり過ぎたわ。
あなたって不思議ね。あなたにだけは本当のことを話してしまいたくなる……」
「それはどうも。
私もランカが好きだよ。
ずっと好きだった。ミナモがいるから、この思いは叶わないだろうと思っている。
でも、ミナモを排除しようという気はないんだ。
できれば、ふたりを守りたいという気持ちの方が大きい」
「それが……、あなたの本心?」
「ああ、君が本心を教えてくれたから……。
ハイリネンのことを調べて、君の家族を保護できるように動こう。
確実に保護できたら知らせる。それまでは気取られないように」
「わかったわ。
それまでは私はブライトとアカリを誑かす悪女を演じ続けないといけないということね」
フウライが笑った。
「今は、私だけは君が悪女でないことを知っているわけだ……」
馬車が神殿に到着し、フウライはシャーリーをエスコートして馬車から降りる。
神殿長がフウライが送ってきたことを聞きつけて、あわてて迎えに出てきた。
「これはこれは! 風家のフウライ様! 巡回の旅は?」
神殿長の言葉にフウライは少し笑って答えた。
「ああ、巡回は特に問題なく。
そろそろ聖女ローズ様達もこちらに到着されるんじゃないかな。
私は一足早く王城に戻ったので、聖女シャーリーを送ってきました」
その時、シャーリーが神殿の奥の方を見て、身体を強張らせた気配が、すぐ隣にいたフウライに伝わった。
フウライがシャーリーが気にしている先にいる人物を確認し、一瞬、無表情になったが、すぐに神殿長に向かって話しかけた。
「あちらの方は?
神官ではないようだが?」
「ああ、貴族議員のハイリネン様です。シャーリーのことをとても気にかけて下さっている方です」
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