21 前世の記憶
前世で殺された時の様子を語っている部分があります。
人が死ぬシーンなどが苦手な方はご注意下さい。
私は書類上はエルラドの妻となった。
機会をうかがって、エルラドだけでもなんとか逃がしたいと思っていた……。
そうすれば、ダーシー達の悪事を神殿が知ることになり、助けが来るでしょう?
そして、私はダーシーの妻とされた……。
私が彼らの言うことを聞いていれば、エルラドの世話を許してくれて……。
領主の屋敷で聖女の力を使い、お金を取って治療をしていることはすぐに伝わって、神殿から何度か私やエルラドに通達や面会が来ていたようだったけれど、ダーシーと元領主である父親が私を屋敷に閉じ込めて、外に出さず、エルラドの家族や家の使用人と治療を依頼してきた人以外には会わせようとしなかった。
あの日、エルラドは自力で地下牢を脱出し……、そのまま逃げればいいのに……。
村に神殿からの視察官も来ていたのに……。
私が閉じ込められている部屋にまっすぐ迎えに来て……、ダーシーと父親に見つかり、私の目の前で、使用人達に剣で刺し殺された。
助けたかった。
でも、ダーシーに押さえつけられて口を塞がれ、エルラドが完全に息絶えるまで近づくことをさせてもらえなかった……。
絶望。あの時の、世界の音がすべて消えて、エルラドが流す血が赤いのに、赤く見えない世界……。
あの時の時間は本当は1分もなかったのだろうに。私には時間が止まっているかのように思えた。
私がエルラドを治療することを恐れたのだろう。
エルラドの瞳から生命の光が消えた。
世界が動きだして、私がダーシーにつかまれたまま、エルラドの遺体のそばに近づけた時。
神殿からの視察官がまた屋敷を訪ねてきていたみたい。
使用人が父親に伝える声を聞いたダーシーは私をエルラドから引き離そうとしたけれど、私はもうエルラドから離れたくなかった。もう我慢している理由はなくなったのだから。
だから、叫ぼうとしたの。
それを察知した父親が何か使用人に指示していたわ。
ダーシーは私の口を押えて叫ばないようにしようとして揉み合いになり、短剣を手にした。
使用人が数人、剣を手にこちらに来た。
私を刺して、自由を一時的に奪おうと考えたみたい。
刺された私が自分自身に治療を施して、その後も生きようとすると、思ったみたい。
エルラドがこの世にいないのに、私が生き残る?
私はもう生きるのをあきらめた。
せめて、エルラドと一緒に逝きたい。
ダーシーが使用人に「来るな!」と言って、私を見た。
私はダーシーの手の短剣を引き寄せて自分の首に……。
ダーシーが叫んでた。
「エステル、死なないでくれ!」
何を言っているのかと思ったわ。
「愛してるんだ、君を!」
愛してる?
愛しているのに、こんなにこんなに不幸せにすることなんてある?
私はエルラドと逝くわ。
大切なもの……、全てあなたに奪われたけど、魂だけは渡さない。
ダーシーがエルラドの手に短剣を握らせてた。
そして、私はそこで意識が絶えた。
◇◇◇
「何歳の時に死んだの?」
サライがぽつりと言った。
「ちょうど18歳になる頃だと思う。
昔は結婚するのとか早かったしね」
ランカは苦笑いした。
「エルラドも同じくらい?」
サライの言葉に、ランカは頷いた。
「じゃあ、死んだ時と同じ年齢になるの、怖かっただろうに……」
ミナモが言って、ランカを抱きしめた。
「うん、とても怖かった。
だから、今回は子どもの時から、属性魔法や剣の練習をして、強くなって、エルラドを、自分を守らなきゃと……」
「あの事故も、わざとだったのか?
でも、なんで?
ランカと婚約したのはあの事故の後で、あの時はまだ……」
ラッシュが呟いた。
「うん、わざとじゃないと思う。
あれは偶然じゃないかな。
私はまだ聖女の力を発現してなかったし、ミナモとそういうことになっていなかったし。
あれは狙ってできる事故じゃないと思うし。
あのままだったら、ラッシュにぶつかってたよね。
あ、でも、風魔法? んーでも、あの時、そんな感じはなかったよな……」
ランカの言葉にシズクが言った。
「何かしらの前世の記憶の引き寄せみたいな力があるのかしら?」
「でも、それなら一度回避したわけだから、それは大丈夫だと思う」
ランカの言葉にミナモが首を傾げる。
「一度回避? 何のこと?」
きょとんとしたミナモの顔を見て、ランカが涙がにじむ目で微笑んで抱きついた。
「死ななくて良かった……」
「えっ? もしかして、俺の、王城での剣ぶっ刺さり事件のこと?!
えっ? じゃあ、俺が……」
ミナモがびっくりした顔でサライやシズク、ラッシュを見回した。
サライが真顔で言った。
「どう考えても、エルラドっていう神官が、お前だろ」
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