2 婚約者を早く決めて欲しい
アーセウスの地を治めてきた光家と、炎家、水家、風家、砂家の四家を合わせて五聖家と呼ぶ。
それぞれ、その魔法属性を血筋として大切に伝えている家である。
その属性の特徴を使い攻撃と防御の魔法発動を行える力を持つ。
光だけがそれ以外に癒しや治療といった精神や身体に干渉するような力があった。
ただこの力は男性より女性に発現しやすく、光家の王や王子達には残念ながら発現していなかった。
そのため、光家の女性は『聖女』としてそのような責務を負うことが多くなる。
現在の聖女はふたりいて、どちらも現王の姉と妹。
王の娘であるアカリ王女はすでに光魔法の力が少しずつ発現してきていて、次期聖女になることが決まっている。
そして、光家と古くから婚姻関係を結び、光家の王家としての地位を維持してきた四家の女性には、稀に光魔法の発現が起こることがある。
さらに四家を出て、市井に下った者もいることから、極稀に、民の中にも属性魔法が使える者が出現することがある。
五聖家の下に将軍や領主を含めた貴族と神殿組織が存在しており、民を治めている。
故に五聖家は、王族と準王族のような形なのだ。
次代では、光家の王女はアカリしかいない。
聖女がひとりというのは負担も大きいだろうと、アカリ王女には砂家のサーシャ、風家のフウ、炎家のカエンがすでに側近であり友としてついている。
ブライト王子の成人の儀から5年が経ったが、ブライト王子、ラッシュ王子ともにまだ婚約すらしていない。
気に入った者を選べばいい、というだけではない難しさがそこにあった。
ブライト王子、ラッシュ王子の母、つまり王妃は風家の出身だった。
故にまた風家から王妃が立つのは力の偏りになる。
そのため、風家のフウはすでに砂家のサライと婚約が決まってた。
それ以外は全く話が進んでいない。
王子達のお相手が決まらなければ、他家の婚約も決めることができないのだ。
有力妃候補のカレンは炎家の長女であり、母も炎家の者である。
炎魔法の強い力を持っており、その力の強さを思わせる赤紫の瞳、長い豊かな黒髪が美しい。年齢よりも大人びて見える姫である。
もう18歳になっていた。
妹弟であるランカとカエンの母は風家の者で、カレンにとっては腹違いの妹弟ではあるがとてもかわいがっている。
見た目が大人びているため、きつい性格ではと初対面では見られることがあるが、女性らしさと炎家の長女としての誇りを合わせ持っている。
もうひとりの妃候補のシズクは水家の長女。こちらの母も風家出身であり、その力も引き継いでいること表す緑の瞳、明るく輝く薄茶色のサラサラな髪を結い上げていることが多い。いつも微笑みを絶やさない穏やかな雰囲気である。
19歳になるが、茶目っ気のあるかわいらしい感じでその年齢を感じさせない。
ブライトは悩んでいた。
カレンかシズクか。
自分が早く決めないことで、ラッシュや他の者の婚約が進まないことは十分わかっているのだが、決められない。
どちらも嫌いではないが……、幼い頃から一緒に育っていて、愛する人となると……。
◇◇◇
王都の下町で事故があった。
荷馬車の車輪が外れ、市場への道だったので人通りが多く、運悪くその場に居合わせた子どもが巻き込まれた。
事故に遭った子どもの中にシャーリーの弟がいた。
シャーリーは弟の元に駆けつけ、そして、怪我に苦しみ痛がる弟を見て、光魔法が発現したのである。
事故に巻き込まれた子ども3人ともシャーリーの身体から溢れてきた光に包まれたかと思うと、光が薄くなり消えた時には、怪我はすっかり良くなっていたのである。
◇◇◇
同じ頃、王城の庭ではブライトとラッシュ達が剣と魔法の練習をしていた。
シズクとカレンはそれをいつものようにテラスから見学。
ランカはミナモやサライと一緒に参加していた。
17歳のランカは豊かでふわふわした柔らかそうな明るい赤茶色の髪を高い位置にひとつに結び、緑色の瞳を輝かせニコニコしている。
もうすっかり外見は女性らしくなったが、子どもの頃からのほわっとした雰囲気は変わらず、一見するとおとなしそうな姫に見えるのに、性格や行動は男っぽいという不思議な女性に成長していた。
いつも五聖家の男性達と一緒に剣や魔法の稽古をしていることもあり、なかなか強い。
「ランカ、大丈夫か?」
ひとつ年上のミナモが心配そうにその青い瞳を細めて呼びかける。
「大丈夫だよ。
サライ、また、砂の攻撃してみて。
今度は防御してみるから」
ランカがサライにお願いする。
サライは赤い瞳を見開いた。サライは砂家特有の灰色の髪に、母が炎家の出身であり、その特徴である赤い瞳を継いでいる。
「でも、いいのランカ? さっき怪我しそうに……」
「大丈夫大丈夫。今度はいいこと考えたから! 試してみたい!」
「でも……」
サライが、ランカに簡単にあしらわれ、むすっとしているミナモを見る。
ミナモの少し長めの黒髪が風に揺れている。
「俺、ミナモに恨まれるの嫌なんだけど」
きょとんとするランカ。
ミナモが声を荒げて返事をした。
「何で俺が?」
「ランカに何かあったら怒るだろ?!」
ミナモが返答に困って、ランカを見る。
ランカがそんなふたりを見て笑った。
「そんなん気にしない! 強くなるためなんだから!
ミナモにはいつも弱いと言われてるから……、私が強くなったらうれしいだろ?
鍛錬に怪我はつきものだ!」
「怪我させても……、俺にはフウがいるから、ランカの責任取れないよ?!」
サライの言葉にミナモがギョッとした顔で驚く。
「誰にも責任取れ、なんて言わないよ!」
ランカが笑って言うと、サライが微笑んだ。
「ミナモは責任取りたいかもよ」
「な、サライ?!
何言ってるんだ! あ、まあ……、ランカに、何かあったら……、その、まあ、良ければ……」
ミナモがぶつぶつ言いかけているのを聞かずに「じゃあ、シャムザに頼むからいいよ」とサライの兄であるシャムザの方へ歩き出すランカ。
「?!」
ミナモが声にならない息を吐き、がっくりする。
サライがそんなミナモの肩をポンポンと叩いた。
「心にもない憎まれ口で返すんじゃなくてさ。早くはっきり言った方がいいんじゃないの?」
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