13 懐かしい記憶
馬車の中ではローズがランカに、街についてからの治療を行う流れや結界の確認方法や補強のことを説明していた。
「でも、旅は楽しいものよ。
いろいろな街での人々との出会いもあるし。
最初は私も新しい体験が楽しかったわ……」
シズクがローズの手を取り労うように言った。
「………長年、おひとりで続けて来られて……、大変でしたね」
ランカも頭を下げながら「至らぬこともあると思いますが、頑張りますので、ご指導、どうぞよろしくお願いします」と伝える。
「あなたが羨ましいわ。
私が聖女として巡回に出る時になった時、一緒に行こうと言ってくれた人は……、誰もいなかった。
あなたはみんなに愛されている聖女なのね。
聖女としては……、楽しく良いことばかりではないわ。
それこそ、あなたを奉仕者として、理不尽な要求をしてくる者も現れるでしょう。
それは断っていいのですからね。
聖女の前に、ひとりの女性として、自分を、そして彼を大切にしなさいね……」
「はい……、お言葉ありがとうございます」
ランカは涙ぐんだ。
「あらあら、泣かせるつもりはなくて……」
「いえ、その、なんだか、その言葉に救われたんです。ありがとうございます」
「……あなたの母はフラウだったわね。風家当主の従妹の、風家分家筋ってことね」
「はい、そうです」
「そうね。あなたの瞳の緑からは風の力を感じるわ」
シズクも話に入ってきた。
「私とミナモの母も風家出身です」
「そうね、水家に嫁いだのはハーヴィーよね。風家当主の異母妹よね。
懐かしいわ!
ということは風家から王家に嫁いだヴィニー王妃とも異母姉妹だから……。
あなた方の代は風家の繋がりがけっこうあるのね!」
「ローズ様、風家についてずいぶんお詳しいのですね!
分家の従姉妹であった母のことまで知っているなんて……。
母は王城に呼ばれたことはなくて、父とは風家で出会ったと言ってました」
ランカが不思議そうに言った。
「風家とは……、兄が、そう、兄とヴィニーの関係でね。
特に仲良くしていたのよ……、よく遊びに行っていたの」
ローズが少し困ったような表情を浮かべながら説明した。
馬車が停まり、フウライが馬に乗ったまま馬車の窓を覗き込むようにしてノックしてきた。
ローズが笑顔で窓を開ける。
「休憩?」
「はい、いい景色ですよ!」
「ありがとう、フウライ」
フウライはランカとシズクを見た。
「ふたりとも疲れてないか?」
ランカは頷き、シズクが答えた。
「大丈夫よ、フウライ、ありがとう」
馬車を降りると、そこは少し小高い丘の上。
確かにとてもいい景色。
緑の丘が連なり、王都の方に目を向けると平原の中に畑が広がり、色味が少しずつ違う緑のパッチワークのようなグラデーションのような……。
ランカは深呼吸して、腕を上にぐっと伸ばした。
「いい天気で良かったー!!」
ミナモとサライとラッシュがやってきたが、フウライも来たため、ラッシュとサライがシズクとフウライに声をかけ、足止めし、ミナモに目配せした。
ミナモはランカを誘って、みんなから少し離れる木陰まで行くと切り出した。
「フウライのこと、苦手?」
ランカは少し驚きながら、小さく頷いた。
「理由は? 何かあった?」
ランカは首を振って俯いてから、思い切ったように話し始めた。
「ちょっと信じてもらえるか、なんだけど……。
子どもの頃からよく見る夢があって……。
12歳ぐらいの時に、もしかして本当にいた人なんじゃないかと思って調べたら……、実在してた人だった……。
たぶん、前世というか、過去生のひとつの記憶なのかもしれない。
その人、殺されてるの。相手の男の人が、その、フウライになんか似てて……、そんな理由で、本当に申し訳ないんだけど、フウライが苦手、です……」
「実在してたって……、歴史とか資料が残っている人ってこと?」
「うん……、五聖家ができる前の時代の聖女で……」
「……聖女だったんだ。あ、だから、親父さんに前兆とかなかったかと言われて、困ってた?」
「うん……、その夢というか、関係してないか関係してるのか、言ってもいいものか、それに言うと……」
「その聖女の名前は?」
「……エステル」
「うん、言いにくいこと聞いて悪かったな。
でも、わかって良かった。教えてくれてありがとう」
「うん……」
ランカがミナモの胸に抱きついてきて、ミナモは一瞬驚いたがしっかり抱きしめた。
「どうした?」
「なんとなく……。安心する……。大好き……」
「俺も大好きだよ、ランカ」
夕方、目的地の街に到着し、その街の神殿に入った。
明日、ここで聖女の治療や結界補強を行い、もう1泊して次の街へ出発する予定だ。
夕食後、ランカとシズクは明日の予定を話し合うということで神官達との打ち合わせに行った。
ミナモは神殿に図書室があることを知り、聖女エステルについて調べてみることにした。
フウライは騎士と同室でかまわないと言ってくれ、ラッシュ、サライ、ミナモは3人で一室を使えることになった。
ラッシュとサライは部屋にいるというので、ひとりで図書室に向かった。
調べて見ると五聖家、つまり光家が王となる前の時代、エステルという名の聖女はひとりだけだった。
若くして亡くなっていて記述は短いが、読み進めてミナモは苦しくなった。
「これは……、相手のことを恐れるわけだ……」
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