6話 奇遇
そうして泊まれる部屋を求めて心当たりのある宿屋を探した訳だが……結果は予想通りというかなんというか、案の定どの宿屋も既に部屋が埋まっていた。
俺が知ってる最後の宿屋でも断られ、外で待っていた少女の元に戻る。
「どうでした……なんて、その様子では聞く必要も無さそうですね」
「お察しの通り駄目だったよ。俺が知ってる宿屋はここで最後だったから、見事に全滅だな」
「あらら、それじゃあやっぱり野宿になっちゃいますか……」
少女が泊まれる1部屋さえあれば良かったのだが、そう上手く行く訳もなく。どうやら最初に言った通り、路上で夜を明かさないといけないようだ。
リースには今の俺たちみたいな奴が集まる場所があるから、朝まで時間を潰すだけならそこに行けばいいだけではあるものの……正直あまり気が進まない。
「うーん……」
あそこはリースの中でも飛び抜けて治安が悪い。俺はともかく、少女が行けば見た目も相まってほぼ確実に目をつけられる。
かと言ってこの辺りだとそれはそれで余計なトラブルになるかもしれないから、場所はちゃんと選ばないといけない。
「何をそんなに唸ってるんです?」
「この後どうするかをちょっとな。街のルールとか治安とか、色々あるから」
俺1人であればどうにでもなるのだが、少女の事まで考えると中々良い答えが見つからない。
このまま何も思い浮かばず時間だけが無為に過ぎる……かと思われたが、この時間は俺たち以外の者によって強制的に終わらせられる事となった。
「――なにやら困り事のようだ。ねぇアルト?」
「どわぁっ!?は!?」
どうしたものかと頭を悩ませていた所に突然耳元で囁かれ、驚きのあまり飛び上がってしまう。
いきなりのイタズラに、後ろに居るであろう相手に文句を言うために振り返ると――そこには俺のよく見知った相手が立っていた。
驚いた俺の反応がそんなに面白かったのか、口元に手を当ててクツクツと声を抑えて笑っていた。
「カルネ……お前なぁ」
「ふっ……くくっ……アルト、こんな時間にそんな大きな声を出したら迷惑だろう。もっと静かにできないのかい?」
「いきなり驚かせるような事をしてくる方が悪いと思うんだけど」
「わたしは周りへの配慮も込めて静かに話しかけただけだとも。それを勝手に驚いたのは君じゃないか」
そう言って全身を覆うローブに身を包んだ少女は特徴的なモノクルを正す。
カルネはこの街で『カルネの道具屋』を開いている商人であり、俺の数少ない知り合いの1人だ。普段使っているアイテムの殆どはカルネの店で買ったもので、日頃からよく世話になっている。
「そもそも、なんでカルネがここに居るんだよ。夜中だぞ今」
「気分転換に少し散歩をね、そしたら見知ったのが居たから声をかけただけさ。それで?君こそこんな時間にこんな所で一体何を困って……おや、その人は?」
話している途中で少女の存在に気が付くと、俺に対して誰なのか聞いてくる。そうだよな、普通聞くよな。でも俺も分かってないから答えようがないんだよな……
「こ、こんばんは」
「こんばんは。君はアルトとどういう……いや待て、こんな夜中に女連れ……ふむ……なるほどなるほど、そういう事か」
「違うからな?」
「まだ何も言ってないが」
言ってるも同然だっただろ今の。変に勘ぐられてもややこしくなるし、さっさと事情を説明してしまおう。
大森林で会ってから今に至るまでの流れと、この後どうするか悩んでいた所にカルネが来た事を簡単に伝える。もちろん少女の事情については伏せてだ。
そんな一通り話を聞いたカルネから、思いもよらない言葉が飛び出した。
「ふむ……ならうちに来るかい?使ってない部屋なら幾つかあるし、多少埃臭くていいなら貸してもいい」
「だってよ。カルネもこう言ってくれてるし、休めそうで良かったな」
「それはありがたいですけど……いいんですか?私みたいな怪しい輩をそんな簡単に泊めてしまって……」
「構わないさ。これでもし私が迷惑を被るようならアルトに代償を支払って貰うし、そもそも私になにか出来るのならやってみるといい」
自信満々にそう言い切ってみせるカルネ。もちろん根拠のない自信などではなく、彼女の持つ力が故だろう。
道具屋を営んでいるだけあって、カルネは様々なアイテムを持っている。以前俺が聞いた限りでも身の回りや家にはかなり強力な物を使っているようで、この自信もきっとそこから来るものなのだろう。
カルネの態度を見てそれが決して虚勢ではないと察したのか、一度姿勢を正した少女がカルネに対して深々と頭を下げる。
「そう言う事であれば――朝までですけど、お世話になります」
「うん、よろしく」
これで取り敢えず野宿する結果にはならなそうだ。偶然とはいえ、カルネが来てくれて助かった。
「んじゃ、俺はもう行くから。後は任せたぞカルネ」
「は?」「え?」
「……うん?」
「なにを言ってるんだ?君は」
「え?俺今なんか変な事言った?」
少女はカルネの家に行くわけだし、そしたら俺はもう居る必要もない。特におかしな事は言ってないはずだが……首を傾げているとカルネが深いため息を吐く。
「一応私は君も泊めるつもりで話をしていたんだが?」
「え、なんで?」
「休む場所がないのは君も同じだろう」
「俺はいいよ、野宿なんていつもの事だし」
「はぁー……」
普段から街の外で寝泊まりしてる俺からしたら、森の土と街の地面に大した違いはない。強いて言うなら石で舗装されてる分街中の方が少し寝にくいぐらいか。
だから俺までカルネの家に泊まる理由はないのだが、カルネの態度を見るに全く納得してくれていないようだ。
「いいから君もうちに来い。この子という貸しがある以上、拒否権はない」
「んな強引な……」
「返事は?」
「分かった分かった、そうさせてもらうよ」
結局押し切られてしまった。本当に大丈夫なんだが……家主がここまで言ってくれていることだし、お言葉に甘えさせてもらうことにしよう。