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眩む世界のガランドウ  作者: 楠木 凪
運命は出会い、そして歯車は動き出す
3/13

3話 似た者同士

「詳しい事情は話せないですけど……絶対に捕まる訳にはいかないんです!だからお願いします!」


 突拍子もない願いに未だ理解が及んでいない俺に構わず、少女は頭を下げたまま何度も懇願してくる。その姿から冗談や悪ふざけで言っているわけではなく、本当に助けてほしいのが伝わってきた。

 本当に困っているなら力になってやりたくはあるが……事情が分からなすぎる。話せないということはそれなりの事情を抱えているのは分かる。だが追われている理由が分からない、少女の素性も把握できていない今の状態で二つ返事で了承するのは無理だ。

 了承したところで助けになれるとは限らないし、そもそもこの少女が良い人間だという確固たる保証もない。犯罪を犯して逃げている最中の犯罪者かもしれないし、奴隷商人から逃げ出した逃亡奴隷の可能性だってある。追われているのは追われるだけの事情を抱えているということで、下手に関われば俺にまで危害が及んでくることになる。

 昨日顔を合わせた相手が次の日には死んでいた。なんてことが普通に起こる世の中だ。リスクを考えたら関わらない方が賢明だろう。


「悪いけど他を当たってくれ」

 

「そんな……!お願いします!お礼は必ずします!お金も幾らでも払います!」


「いや、そういう問題じゃなくてだな……」


「なんだってします!私の身体を好きに使ったっていいです!少し貧相ですけど、ほら!」


「ちょ!?待て待て!落ち着け!そういう問題じゃないって言ってるだろ!」


 断ったにも関わらずなおも頼み込み、挙句の果てにとんでもないことを言い出し始めた少女。その勢いのまま服に捲ろうとするのを、慌てて少女の腕を掴んで止める。助けてほしいからってそんなことまでするか!?


「そんな簡単に身体を出そうとすんな馬鹿たれ!」


「でも!私に差し出せるのはお金かこれぐらいしか……!」


「そもそも事情が分からないのに助ける奴なんか居ねぇよ!だぁーもう!助けて欲しけりゃまずはちゃんと説明しろ!」


「え……?」


「……ったく、そこまで言うなら内容次第では考えてやる。けど、話を聞いたうえで無理なら話は終わり。いいな?」


「いいんですか!?あ、ありがとうございます!」


 このままでは引き下がってはくれなさそうだし、この余裕のなさでは何をしでかしてくるか分からない。聞けることは全部聞いて、どうするかはその後で考えさせてもらうことにしよう。とはいえ、さっき会ったばかりの相手に身体を差し出そうとするぐらい切羽詰まっていることなら俺には荷が重そうなのだが……。


「とりあえず街に向かいながら話そう」


 かなり大きな声で騒いでいたから、ここに留まっていると魔物が寄ってくる可能性がある。話なら歩きながらでもできるし、街に向かいながら聞かせてもらおう。

 というわけで街に向かうため、今度は2人並んで街道を進み始めたのだが……あれ?気にしてなかったけど、さっき怪我してたのに普通に立ってるし歩いてるな?


「足、怪我したんじゃなかったか?」


「それは……見ての通り動けるぐらいには回復してます。私、怪我の治りが早いので」


「怪我してからまだ10分も経ってないだろ。幾ら何でも治るの早すぎじゃないか?」


「えぇ、自分でもそう思います。…………本当に忌々しい……」


「…………」

(忌々しい、か)


 少女が最後にぼそりと呟いた隠しきれない憎悪を滲ませる言葉。俺に聞かせるつもりはなく、ただ独り言を呟いただけなのだろうが、周りが静か過ぎたせいではっきりと聞こえてしまった。どうやら色々あったみたいだが……今は関係ないな。街まで距離がある訳でもないし、さっさと本題に入ってもらわないと。


「……事情の説明でしたね。簡単に纏めると私はあることが切っ掛けでフォーラム帝国と、恐らくニール共和国、クラクト聖国から追われています。追手を撒くためにウィサリス大森林を使ってそのままアイオス王国を目指していたんですが、途中でたまたまあの魔物に見つかってしまって……」


「その逃げてる途中で俺が居たと」


「はい。そして私が追われることになった理由が――()()です」


 そう言いながら少女が両手を皿のように構えると、手のひらの上に手と同じくらいの大きさをした球がどこからともなく現れる。気のせいじゃなければ今何もないところから出てきたように見えたが……。


「これが何か話すことは出来ませんが、私が追われる理由であり絶対に捕まる訳にはいかない理由です。私はこれをフォーラム帝国から盗みました」


「盗んだって……あんた見た目の割にやることやってんな……」


「仕方なかったんですよ。あの時の私にできる最善の選択は、これを持って逃げることだけだったんです」


 暗くて見にくいのもあるのだろうが、パッと見ただけではただの形の整った石のようにしか見えない。そんなに良さげな物には見えないが、これを盗んだだけで国3つから追われるとは……物の価値は分かんねぇな。


「私はこれをある人に届けなければいけないんです。たとえ私の命に代えてでも。私が話せるのはこれだけです。なんの説明にもなってないのは分かってますけど……ずっととは言いません。数日でも、一日だっていいです。私を匿ってほしいんです」

 

 少女は球を持ったまま両掌を合わせると、今度はあったはずの球が綺麗さっぱり無くなってしまった。さっきから出したり消したりしてるが、もしかして空間操作関係の魔法か?空間魔法は難しいと聞くが……いや、今はそんな事どうでもいいか。魔法の事は一旦置いといて、どうやらこの少女に並々ならない事情があることは確かなようだ。


「なるほどな、まぁ多少とはいえ事情は分かった。……俺から言えるのは、そういうことを頼む相手は俺じゃないってことだけだ。切羽詰まってるのは分かるが、頼む相手を間違えてる。街に行きゃあ騎士団も居るし、そいつらに頼んでみたらどうだ?」


 匿って欲しいなんて言われても、宿に泊まる金すら待ってないから野宿してる貧乏人だぞ。そんなことを頼まれても無理なものは無理だ。街の騎士なら無下にされることはないだろうし適当な理由をつけて助けてもらえばいい。そう思ったのだが。


「……それじゃ駄目なんです」


 少女の反応は芳しくなかった。見知らぬ相手に頼むよりよほど確実で安全だと思うのだが、どうやら少女にとってはそうではないようだ。


「騎士団を頼れば、きっとすぐにでも私はクラクトに引き渡されることになります」


「なんでそう言い切れるんだよ。騎士団はアイオスが国で管理してるんだから、ちゃんと事情を話せばそんな事にはならないと思うけどな」


「いいえ。私自身のせいで、それが許されないんですよ」


 少女は俯き、暗い声音でそう断言する。まるでそうなることが絶対決まっているとでも言うように。

 ……遠目に街を囲む外壁に灯された明かりが見えてきた。もうあと数分も歩けば、街に着くだろう。少女も明かりに気付いたようで、俯いていた顔を上げて眼を細めると微かな微笑みを浮かべた。


「お話、聞いてくれてありがとうございました。無下にしないで聞いてくれて、嬉しかったです」


「断ってんだから、お礼する必要ねぇだろ」


「あははっ、そうでした。断られてるのにお礼を言うのは、ちょっとだけおかしいですね」


 会話はそこで途切れて、それ以降俺も少女も言葉を発することなく街へと到着した。夜中なので当然外壁の通行門は閉じられているが、監視塔には常に監視役の守衛が居るため、声をかければ夜中でも街の出入りが出来る。

 門の近くまで来たところで俺たちはどちらともなく立ち止まると、お互いに顔を見合わせた。ここまで来ると外壁に着けられたランタンの明かりで視界の不自由も殆どない。


「それじゃ、俺はここまでだな。監視塔には守衛が居るはずだから、声をかければ入れてくれるはずだ。あと、身分を示せる物が無いと仮保証で金かかるから気をつけろよ」


「あれ?貴方は街に入らないんですか?森に居たならここの人なんでしょうし、街の中の方が安全では……」


「ん?あぁ、ついさっきギルドカードごと金も無くなったからな。文字通り無一文ってやつ。だから入れないんだよね。あっはっは」


「笑いごとじゃないですよ!?」


 本来なら冒険者ギルドのカードを持ってるからタダで出入りできるのだが、なにも考えずにリュックを捨てたせいで仕舞っていたギルドカードもまとめて森の中だ。金もリュックに入れてるし、なんなら仮保証代は昼でもちゃんと払わないといけないから、あのリュックを回収しない限り俺は二度と街に入ることができない。

 まさに笑うしかない状態である。あっはっは……あーどうしよ。


「私よりあなたの方がよっぽど大問題じゃないですか!もう!」


「平気平気。外で野宿なんていつもの事だし、今日も元々そのつもりだったし」


「命の恩人を野宿させるなんて、貴方が良くても私が許しません!ほらこれ!」


「あ?なんだこれ?」


 少女は何もない空間から今度は小さな麻袋を取り出して押し付けてきた。大きさの割にズシリとした重みがあり、袋の中からは金属質な物同士が擦れるような音もする。

 袋の口を開けて中身を見てみると――入っていたのは金色の輝きを放つ硬貨だった。模様からしてアイオス王国の物ではなくフォーラム帝国の硬貨のようだが、金貨は硬貨の中で最も価値が高く、金貨1枚あれば数週間は生きていけるほど高い価値を持つ。

 それだけの価値の金貨が1枚や2枚ではなく、何十枚と麻袋一杯に詰め込まれている。俺じゃ一生見ることが出来ないほどの大金だ。


「は、ば、はぁ!?」


 思わず変な声を上げながら麻袋と少女を交互に繰り返し見てしまう。魔法といいこの金といい、何者なんだこいつ。俺はもしかしたらとんでもない相手と関わってしまったのかもしれない……。


「さっき魔物から助けてくれたお礼です。好きに使って下さい」


「い、いやいや!こんな大金貰えるわけないって!返す!」


 こんな大金怖すぎて受け取れるわけもなく、袋の口を閉じて少女へと突き返す。


「え、ちょっと、なんでですか!お礼なんですから受け取ってくださいよ!ほら!」


「嫌だよ怖い!金やったんだから手助けしろって言われそう!」


「言いませんよそんな事!私をなんだと思ってるんですか!」


「さっき会ったばっかなんだからそんなの分かる訳ねぇだろ!自分の身の上考えろ!」


「それは、まぁそうですけど!それとこれとは話が別じゃないですか!大丈夫ですよ!ただのお礼ですって!」


 街を目の前にしながらあまりの大金に怖すぎて受け取りたくない俺と金を渡そうとしてくる少女の、あまりに不毛な大金の押し付け合いが始まってしまった。

 押し付けられては突き返し、投げ渡されては突き返し——なんでこんな事してんのかと自分でも思うものの、受け取れないものは受け取れない。


「だいたい!なんなんですか貴方は!お礼って言ってるんだから普通渡されたら受け取るでしょう!色仕掛けも効かないし、貴方それでも男ですか!」


「な!?はぁ!?紳士的で良いだろうがよ!失礼な!」


「危険な目に巻き込んだのに私のこと見捨てないし!そのせいでお金ないってなんですか!お人好しですか!」


「褒めたいのか貶したいのかどっちだよ!」


 押し付け合いはどんどん激しくなり、ついには言い争いに近い状態にまで発展してしまった。もうここまでくるともはやお互い意地になって来ていて、どっちかが折れるまで続いてしまうのではないかと思われたが……。

 改めて説明すると、ここは街の出入り口である門の目の前であり、周辺の安全を確保するための外壁の監視塔には常に守衛が居る。そんなところの近くで騒々しく言い争い?をしていれば、当然守衛も気が付くことになる。


「————うるっせーんだよお前ら!!!静かにしろ!!!」


 ——つまるところ、この不毛な争いは街の守衛による怒りの一声によって強制的に終わらせられることとなった。

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