2話 理由
「——うおおぉぉぉ!?ぐへっ!?」
インパクトボアによって吹き飛ばされた俺たちは、今度は運が味方してくれたようで森の外の平原に転がることとなった。
「いってぇなくそ……!」
起き上がりながら自分の状態を確認する。痛みはあるが出血や違和感はなく、どうやら五体満足のままのようだ。
「っと、そうだアイツは?」
仲良く吹っ飛ばされた少女はどこかと辺りを見渡すと、少し離れた所でうつ伏せに倒れていた。
「おい生きてるか?」
近付いて声をかけるが……反応がない。
「おい、おい!大丈夫か!?」
肩を揺さぶってみても反応が返ってくる事はなく、まさかと思いうつ伏せとなっていた身体を仰向けにさせると――
「…………きゅ〜…………」
――目を回しながら気絶していた。
「…………はぁ〜……なんだ、気失ってるだけか……おい!ほら!目覚ませ!」
「う……うぅ〜ん……?」
このまま放っておいてしまいたい気持ちもあるものの、揺さぶりながら何度か声をかけるとようやく反応が返ってきた。
目の焦点が少しずつ合い始め、まだぼんやりとしてはいるものの碧い瞳が確かに俺を捉えた。
「……だ、れ……?」
「大丈夫か?」
「貴方は……そうだっ!あの魔物は!?」
意識を取り戻したかと思ったら、今度は跳ね起きて周りを警戒し始める。
さっきまでインパクトボアに追われていたのだから警戒するのも無理はないが、辺りにインパクトボアも、他の魔物の姿もない。
「もう居ない。インパクトボアは森の外までは追ってこないから、取り敢えず逃げ切れはしてる」
「そうなんだ……良かったぁ〜……」
「いや、良かった〜。じゃないけどね?お前に巻き込まれたせいで散々な目にあってんのよ」
本来だったらあのまま寝ることが出来ていたはずなのに、コイツに巻き込まれたせいで俺まで酷い目にあった。
「それは、その……ごめんなさい。それに、助けてくれてありがとう。荷物も……」
「あー荷物な……あれは……うん、気にすんな。助けたのは俺の意思だし、荷物なんて後で取りに行けばいい」
本当は生活に使う道具はおろかお金も全部入れていたリュックだから、あれを無くすのはかなりの痛手だ。インパクトボアがまだ近くに居る可能性もあることも考えると、取りに行くのも難しいだろう。
「自分の代わりに他人を身代わりにしようとするような奴の為の対価だと思うと、ちょっと癪だけどな」
「あれは切羽詰まっていたというか……そもそも!私は逃げてって言いましたし!それを無視して私を助けたのは貴方でしょう!」
流石に不服だと言いたげに言い返してくる少女。魔物に追いかけ回されていたと言うのに、まだまだ元気そうだ。
見た所怪我もしてなさそうだし、大事には至らなかったらしい。わざわざ助けたのに怪我でもされてたら、流石に寝覚めが悪い。
「で?あんたはなんでこんな夜中にインパクトボアに追いかけ回されてたんだ?」
「それは……」
「見た感じ同業って訳じゃなさそうだし……親に捨てられたか、死にたがりか。傍迷惑な物好きか?」
「………………」
大森林に居た理由は黙りか。口を結んで顔を背けてる辺り、俺に理由を話す気はなさそうだ。
整った容姿の割にはボロい服を着てるし、どこかちぐはぐな印象を受ける。
魔物から逃げていたから死にたがりって訳ではないのだろうが……大体こういう奴は訳ありだ。関わるだけ無駄だな。
「ま、あんたがこんな所で何をしてようが、俺の知ったことじゃないか。んじゃ、今度は魔物に追いかけ回されないように気を付けろよ」
「え?い、行っちゃうんですか?」
「あ?そりゃそうだろ。五体満足で無事助かりました、で話は終わり。後は好きなようにしたら?」
適当な所で話を切り上げてさっさと少女から離れる。酷いようだが、ああいう素性の分からない奴の相手とは関わらない方が身のためだ。
盗賊の囮にされている可能性だってあるし、そうじゃなくても変な厄介事に巻き込まれることもある。
そもそも、俺自身が他人の事に首を突っ込んでいる余裕なんてない。今日はもう森には入りたくないし、野宿する場所だって無くなってしまった。
この辺で適当に野宿するのも手ではあるが、ここは視界の開けている平原。夜行性の魔物に見つかるリスクを考えると、ここでの野宿はやめておいた方がいいな。
「となると……今日は寝れねぇなー……」
明日に支障が出るからあまりしたくないが……仕方ない。今日は街の近くで辺りを警戒しながら朝を待つことにしよう。
月の光だけを頼りに、比較的安全な街道に沿って歩きながら街へと戻る。魔物に襲われたらひとたまりもないが、街の近くであれば守衛が助けてくれる可能性が高い。
守衛に怒られるからあまりやりたくないけど、背に腹はかえられないか……
「ま、待って!」
「なんだよ、まだなんか用か?」
この後のことを考えていたら、追いかけてきた少女に呼び止められてしまった。これ以上関わる気はないのだが、どうやら向こうはそうじゃないようだ。
関わる気は無いとはいえ助けたのは俺だし無視するのは気が引けるので、足を止めて少女の方へと振り返る。
「その……えっと……」
「…………」
「…………」
「……はぁー、用がないならもう行っていいか?」
「っ……!」
少女の様子から言い淀んでいるのは察せられるものの、わざわざ待ってやるつもりはない。この辺りは夜行性の魔物が少ないとはいえ全く居ない訳じゃないし、身の安全のためにもなるべく早く街に近付きたいからな。
俺の言葉に分かりやすく焦っている様子を見せてはいるものの、それでも何も言わない少女。もう埒が明かないので放って行こうとしたところで、少女がようやく口を開いた。
「お願いします!助けてください!」
「助けてって、さっき助けてやったろ」
「そうじゃなくて……!人に追われてるんですけど、まだ捕まるわけにはいかないんです!だから——お願いします!私を匿ってください!」
「…………はぁ?」