道は分かれ分岐に立つ
「……で?言われた通り着てみたけど、どんな効果があるんだ?」
抵抗むなしく押し切られた俺にカルネが渡してきたのは一枚のフードの付いた薄い外套だった。薄茶色をした非常に地味な見た目で、街中でも見かけるようななんの変哲もない物に見える。フードを被れば容姿は隠せるし確かにこれなら目立たないだろうが、結局は気休め程度にしかならない気もする。
とはいえこれはカルネが作ったアイテム。普通の外套ではなく、特殊な効果があるはずだが……実際に来てみてもその効果は実感できない。
「それは認識阻害効果が付与されてるローブでね、着ていると周りから存在を認識されにくくなる。仮に言葉を交わしたとしても顔や声どころか、会話の内容すら曖昧になる……はずの物だ」
「はずって……肝心なところで頼りねぇな」
「仕方ないだろう。創ったのはいいが、試す機会なんてなかったのだから。しかし、ふむ……この感じなら認識阻害はきちんと機能しているようだね」
「ならいいけどさ。でもこれなら特に問題はないよな?さっき言ってた安全性ってなんなんだ?」
「認識阻害の効果が強すぎると、存在そのものが認識できなくなってしまうんだ。それどころか、着用した人間――つまり君に関する記憶がわたし達から消失する可能性があった」
「なんて物を人に試させてんだお前!」
慌てて着ていたローブを脱いでカルネに投げ返す。外套だからそんな大したリスクは無いだろうと高を括っていたが、大きすぎるリスクに肝が冷えた。
そんな物を着させたにも関わらずカルネは悪びれる様子もなく、畳み直した外套をリリアに向かって差し出した。
「という訳で、効果も安全性もたった今保障された。このローブを受け取った時点で契約は成立。わたしたちは君が王都に行けるよう手を貸し、君もまたわたしに協力してもらう」
「おい、俺は面倒事に首を突っ込むつもりはねぇぞ」
「アルトは黙っていたまえ。今わたしはリリアと話をしているんだ」
「えぇ……?」
なんか勝手に俺もリリアに協力することにされてる。明らかに面倒事な案件に関わる気はないんだが……俺は平和的に細々と生きてければそれでいい。そもそも、俺が手伝ったところで何にもならないんだけど……。カルネは俺が『無能者』なことを知ってるはずなのに、なにを考えてるんだか。
「……後悔しますよ。私の事情を知れば、きっと」
「それを決めるのはわたしで、君じゃない。そしてもう1つ付け加えるのであれば、例え君の身の上を知っていたとしても手を貸すことには変わりない」
「でも……」
「人間自分勝手なぐらいが丁度いいのさ。利用出来る物はなんでも利用する気概でいないと、この先大変だと思うがね。なに、都合が悪くなったら切り捨てればいい。わたしもそうする」
「おいカルネ、そんな言い方しなくても……」
「いえ、大丈夫です。……むしろ、今のカルネさんの言葉で私も踏ん切りがつきました」
差し出された外套を受け取り、勢いよく羽織るリリア。その瞬間リリアの姿が曖昧になるような、そこに居るはずなのに気を抜いたら忘れてしまうような感覚……がした気がするが、すぐにその違和感も消えて元に戻る。
認識阻害が付与されているとカルネは言っていたが、今のところその効果はいまいち実感出来ない。
「もう一回聞くが、本当に効果あるんだよな?このローブ」
「あるはずだがね。リリアに意識を向けないとすぐに見失いそうになるだろう?」
「いや、全く。一瞬変な感じはしただけで、さっきと変わんないぞ」
「カルネさん、これはどういう……?」
「ふむ……どうやらアルトは人より認識阻害の効きが悪いようだね。そうなると他にも阻害が効かない人は居るだろうし、改善しないといけないな」
出だしからもう駄目じゃねぇか……本当に大丈夫なんだろうか。
「ま、そんな事は置いといて。今やるべき事を考えるとしよう」
「そうですね。……私はまず身分証、それから王都へ向かう準備ですね。ランウッドが居るので不用意に動けないのが辛いですが」
「リリアが捕まってしまっては、協力もなにもない。君は必要な時以外は出歩かない方がいいだろう。遠征の準備はアルトに任せた」
「俺の話聞いてた?」
俺の意見を無視して勝手に話を勧められても困る。逃亡中の聖女の手助けなんて絶対ろくな事にならない。
「俺はそんな面倒事に巻き込まれるのはごめんだな。リスクが大きすぎる」
「……アルトさん」
「悪いなリリア。昨日も言ったが、あんたの事情に俺じゃ力不足だ。あぁ、別に協力しないからってエルフォードにチクったりはしないから安心してくれ」
言いたいことだけ言い、2人に背を向けてカルネの店を出る。振り返る直前、カルネが何か言いたげにしていた事には気付いたものの、それを聞くことなく立ち去る。
カルネには散々借りがあるし、事情を知ったうえでリリアの事は気の毒だと思う。悪い奴ではなさそうだし、手助けしてやりたいとも。だが――
「……俺が無能者じゃなきゃ良かったんだけどな」
小さく呟いた言葉は誰にも聞かれることなく、雑踏の中に消えていった。