12話 白羽の矢が曲がって立つ
「お前なぁ……あまり揶揄ってやんなよ」
「あっはっは、揶揄うなんて心外だな。わたしは至って真面目な交渉をしていただけなんだが」
「交渉じゃなくて茶番の間違いだろ」
なんの話をしていたのか粗方聞いた俺は、カルネに対してつい呆れてしまった。
「え、えぇっと……?どういうことですか?」
「すまないね。君が信用に足る人間かどうか確かめたかったんだ」
1人だけ話に着いてこれず置いてけぼりにされているリリアに、改めてカルネは自らの思惑を話す。
信用出来ない相手から提示された条件に対して、どういう反応を示すのか。内容の分からない依頼と有利な対価を前にリスクとリターン、どちらを選ぶのか知りたかったと。
「それがまさか、殴って解決しようとするとは思わなかったがね」
「え……そんな事しようとしたの?」
「してはいませんからね!?最悪殴り飛ばして逃げようと思っただけで!」
「思いはしたのか……」
仮にも泊めてもらった相手に対して、武力行使が選択肢に入ってくるのか。大森林で会った時から何となく思ってはいたが、リリアってもしかして結構短絡的というか、考えるより先に動くタイプなのか?
「結果的になんなかったからいいものの、もしリリアが強行手段をとってきてたらどうするつもりだったんだよ」
「そうですよ!危ないじゃないです……ん?」
「そりゃあ勿論、泣いて詫びて命乞いをしてたとも」
「はぁー……」
恥ずかしがるどころか誇らしげにそう言い切るカルネに、店に来てから何度目かも分からない溜め息を吐く。なんでその危機管理能力の低さで、今まで一人で店を続けられてきたのか分からない。
「それで?わざわざ戻ってきたということは何か入り用なんだろう?」
「それだけじゃないけどな。魔物避けのお香が欲しいんだけどある?」
「ふむ……それなら残念だけど、この前渡した分で全部だね」
「今から作れたりしない?」
「無理だね。そもそも素材が無い」
「ちなみにその素材って言うのは?」
「アンブロシアの種とレイグリーフ。今から仕入れてもひと月はかかる」
アンブロシアの種にレイグリーフ……どっちもこの辺りじゃ見かけない希少品だ。簡単に手に入る素材だったら俺が集めればいいかと思ったが、これではそれも無理そうだ。
「そもそもこの前渡したばかりだろう。それはどうしたんだい」
「使い切ったけど」
「頼むからもう少し節約して使ってくれないかい?あれを君に作る度に、こっちは大赤字なんだからね」
「申し訳ないとは思ってる」
希少な素材を使っているということは、当然利益を得るには相応の値段で売らなくてはならない。しかし俺にそんな資金がある訳もなく……カルネへの協力を条件に殆ど無償に近い値段で売ってもらっている。
頻繁に使ってしまっているのがすぐに無くなる原因だと分かってはいるが、使えばその一日の間魔物に襲われなくなるのでつい使ってしまう。
「あのー……」
「「ん?」」
「あぁすまない、君との話が先だったね」
「いえ、それは後で構わないんですが……」
途中から静かになっていたリリアが小さく右手を上げながら、恐る恐るといった様子で会話に入ってきた。
「なんで私の名前をアルトさんが知ってるんですか?」
「そういえば普通に名前で呼んでいたね。出掛ける前は知らないと言ってなかったかい?」
「さっき聞いたんだよ。エルフォードって奴にギルドで絡まれて、そん時に名前を聞いた」
エルフォードの事を隠す理由もないので、さっきギルドであった事を2人に話す。
どうせ遅かれ早かれギルドからリリアの情報は広められるだろうし、別に話してしまってもいいだろう。
「なるほどねぇ」
「そうですか……ランウッドがもうこの街に。教えてくれてありがとうございます」
「あんまり驚かないんだな」
「相手が相手ですからね。とはいえ、彼がもう居ると下手に出歩けないので困りますが。どうしましょうかね……」
顎に手を当てて思案するリリアは、まるで最初からエルフォードが来ることが分かっていたかのような様子だ。
エルフォードのリリアに対する呼び方も畏まっていたし、前からの知り合い、それもそれなりに深い関係なのだろう。
「今後の事を考えて先にギルド証を手に入れておきたかったのですが、ランウッドが居るなら冒険者ギルドには暫く近付かない方が良さそうですし……困りましたね」
「なら、商人ギルドに登録するのはどうだい?」
「商人ギルド、ですか?でも、確か商人登録には保証人が必要でしたよね」
「あぁ、そうだ。だから、その保証人にわたしがなってあげようじゃないか」
そう言いながらカウンターの引き出しから商人ギルド証を出してリリアに見せるカルネ。
手渡されたギルド証に書かれたカルネの名前を見たリリアの表情が、たちまち驚愕へと変わる。
「クロード、コート商会……」
「見ての通り、わたしの家名はそれなりに使える名でね。うちの見習いという事にすれば、ギルド証程度簡単に取れる」
「それはそうでしょうけど……いいんですか?」
「もちろんだとも」
普段のカルネを見ていると忘れがちだけど、クロードコート商会って有名なんだな。とはいえ別の国から来てるリリアが知ってる程だとは思ってなかったが。
「だが、その見た目はどうにかしないとね。名前は偽名に変えれても、その容姿では君がリリアだと一目で分かってしまう」
「そうなんですよね。……フードを被ればなんとかなりません?」
「気休め程度にしかならないだろうね」
「ですよね……」
まぁ無理だろうな。銀色の髪は珍しいから隠さないと目立つだろうが、フードなんて被って歩いていたらそれはそれで目を引く事になる。
俺も以前はこの黒髪で悪目立ちしてたから、どうなるのかよく分かる。俺は悪目立ちしたからといって何かあるわけじゃなかったが、リリアの場合はそういう訳にもいかない。
何か案を考えないといけないのはそうだが……
「珍しいな。カルネがそんなに気を使うなんて」
「そこ、うるさい」
「あぁ悪い、思ってる事がつい」
「喧嘩を売ってるなら買うが?」
「馬鹿にしてる訳じゃない。自分から干渉するなんて、カルネらしくないと思っただけだ」
カルネは良くも悪くも他人に干渉しない。それは俺に対しても変わらず、あくまで貸し借り関係の延長でしかない。
だがリリアに対してはカルネから協力を持ち掛け、あまつさえ商人ギルドの保証人になろうとしている。俺の知っているカルネの性格を考えたら、ありえない事だ。
「……ただの気まぐれさ」
どうやら、その理由を話す気はないらしい。
「そんな事はどうでもよくて。リリアの容姿だが、一応どうにかする方法はある」
「え、あるんですか」
「とはいえ、実際に使った事はないから効果の保証はしかねる。失敗した場合どうなるかも分からないから、安全性もね」
「むぅ……」
カルネの作るアイテムは効果が安定しない。というより、アイテムの効果もカルネ次第なので試作段階のアイテムは想定された効果が発動するのかも分からない。
さすがに命の危険はないだろうが……もし使うのであれば心の準備をした方がいいだろう。まぁこれはリリアの問題だし、俺には関係な――
「なのでアルト、今から君で試すね」
「は?」