11話 進むは茨
――アルトがちょっとしたトラブルを経て新たなギルド証を手に入れたころ、カルネの道具屋では――
「王都に行く方法?」
「はい、理想は今日中……遅くても明日には向かいたいのですが……」
客が1人も居ない店のカウンターで魔道具の図面を作成していたカルネが、目を覚まし二階から降りてきたリリアから「なるべく早く王都に向かう方法」を聞かれていた。
「無理だね」
リリアの問いに対してカルネは図面を引く手を止めることなく、淡々と否定した。
「ここから王都に行くなら乗り合い馬車を利用するのが一般的だが、生憎その馬車は二週に一度しか無いし、それも3日前に出たばかりなはずだ」
「……少なくとも一週間以上は待たないといけない訳ですか……」
「そういうこと。大森林を1人で縦断できる体力があるなら、いっそのこと歩いて向かった方が早いだろうさ」
「仮に歩いていく場合、どのぐらいかかります?」
「2週もあれば着くんじゃないか?あまりオススメはしないがね」
リースから王都に向かうのであれば整備された街道を進んで行くだけであるため、なにも難しいことではない。が、しかし比較的安全な街道といえど、魔物が全く存在しないわけではない。人攫い目的の盗賊が現れる事もあるため、街間の移動は複数人で行うのが一般的である。
「ま、結局は君次第だ。どうするかは好きにすればいい。寄り合い馬車を待つというのであれば、それまでうちに泊まっても構わないさ」
「いいんですか?」
「もちろん。その代わり相応の対価はもらうがね」
「……気持ちは嬉しいですけど、大丈夫です。これ以上カルネさんとアルトさんに迷惑はかけられませんから」
「迷惑ねぇ……」
カルネは完成したばかりの図面をグシャグシャに丸めてゴミ箱に投げ入れながら、ちらりと視線だけをリリアの方へと向けるが――すぐに自らの手元に視線を戻して新しい紙に線を引き始める。
「これは最近見た新聞の話だがね、どうやらクラクト聖国の聖女が行方不明になっているらしい」
「っ……!」
「情報を求める記事では、長い銀髪で碧い眼をした女性を探していると似顔絵と一緒に書いてあったよ。名前は確か……リリア・ウェネストだったかな?保護して国に引き渡した者には金貨10枚を送るそうだ。太っ腹だろう?」
「へ、へぇ〜そうなんですか。新聞はあまり読まないので……知りませんでした」
カルネの言葉に思わず反応を示してしまい、すぐに誤魔化すリリア。一瞬言葉を詰まらせるだけの僅かな反応だが、カルネにとってはその反応だけで十分すぎる判断材料となる。
「なるほど。昨晩会った時点で薄々気付いてはいたが、やはり君がその聖女リリアか」
「い、いやいやまさか〜!ソンナワケナイジャナイデスカ」
「誤魔化すならもっと上手に誤魔化したまえ。それではもはや白状しているようなものだぞ」
「ぅ……」
焦って誤魔化そうとするリリアだったが、カルネに対して一切効果はなく……むしろ下手に誤魔化した事によって余計に旗色が悪くなる。
反論する言葉を咄嗟に思い付かず焦りで顔を青くするリリアに対し、小さな微笑みを浮かべたカルネは作業を止めてリリアの方へと身体全体を向け直す。
「良い忠告になったかな?」
「……え?」
「すまないが、少し意地悪させてもらったよ。君を売るつもりはないから安心したまえ」
「何も……しないんですか?」
「もちろん。そうするメリットがわたしにはない」
「でも、私を国に引き渡せば金貨10枚貰えるんですよね?1年以上暮らせる額です。なら……」
「くくっ、たかが金貨10枚の間違いだろう。そんな端金で、『聖女』の情報と釣り合う訳がない」
ミネア神教の聖女とは創造神ミネアの代弁者、神の言葉を授かる者だ。故に聖女は無くてはならない存在であり、そんな人物が行方不明となればミネア神教の権威は大きく落ちることとなる。
だからこそ聖女の行方不明を大々的に宣伝している現状は、多少情報を扱える者であればその違和感や不自然さを容易に察せられる。
当然商人として情報収集を欠かさないカルネもその1人。
「生憎わたしはがめつい奴でね。絞れるものは最後まで絞り尽くさないと気が済まない」
「えぇっと……?」
「つまりだ。リリア・ウェネスト、君には利用価値がある」
「利用、価値……」
「君にとても簡単な……そう、とっても簡単な依頼をこなしてもらう。そうすれば、わたしは君の存在の秘匿と安全な寝床、そして王都までの安全な行路を提供しよう。どうだい?」
「なにそれ胡散臭い……」
いきなり提案された内容に、思わず本音が漏れてしまうリリア。しかし提示された対価は今のリリアにとって喉から手が出るほど欲しいものである事は確かだ。
(ここは受けるべき?けど、彼女が本当の事を言っている保証もない……)
「簡単な依頼、と言うのは?」
「それは秘密だ。わたしの提案を飲むのであれば、教えてあげよう」
「それで私が二つ返事で応じるとでも?」
「今の君にとって、わたしの提示した報酬はそれだけの価値があるだろう?」
カルネは目の前で椅子に腰掛けたまま、返事を急かすような事もなく手の中のペンを弄んでいる。その余裕っぷりは、まるでリリアが必ず自分の提案を受け入れると言わんばかりである。
(……カルネさんに戦闘慣れしてる様子はない。最悪、殴り倒してしまえば――)
「物騒なこと考えてるねぇ。こんなか弱い女の子相手に武力行使なんて――君、本当に聖女かい?」
「っ――!?」
(考えてる事がバレた!?なんで!?)
「なんでもなにも……考えてることが顔に出すぎだよ。『殴れば何とかなるかー』なんて、意外と短絡的だね」
「もはや考えを読んでますよね?」
「魔法も使ってないのに読める訳ないだろう」
「尚更怖いんですが」
(ど、どうしよう……!)
あっけらかんと緊張感もなく話すカルネだが、その底知れない不気味さにリリアは完全に気圧されてしまった。
そもそもとして、不用意に騒ぎを起こしてしまえば自分の首を絞める結果になることはリリア自身理解しているため、強行手段を取りたいとは思っていない。
明らかに自分より歳下で、白く痩せ細った体躯のカルネ。戦えば確実に勝てる自信はあるのに会話だけで完全に主導権を握られてしまった。
「……貴女の言う依頼を受けたとして、きちんと対価は頂けるのですよね」
「もちろんだとも。それに加えて、君の要望には最大限応えよう」
(応じるリスクは高い。けど……もう今更敵が増えても変わんないか)
未だカルネの言葉を完全に信用しきれてはいないリリアだが、自分が藁にも縋らなければならない状況にいることは理解している。
暫しの沈黙が2人の間に流れ、答えを決めたリリアが口を開く。
「分かりま――『カランカラン』「カルネ、居るかー?」――タイミング!」
タイミング悪く開かれた店の扉。来客を告げる鐘と共に掛けられた声によって言葉が完全に遮られてしまい、リリアは思わず心からの叫びを漏らす。
リリアは自分の存在を知られたくないため姿を見られる前に2階へ戻るのが先決なのだが……あまりの間の悪さに叫ばずにはいられなかった。
(まずい……!こうなったら気絶させて無かったことに――)
と、物騒過ぎる事を考えながら扉の方へ向くリリア。
……結論から述べてしまえば、リリアが凶行に及ぶ事はなかった。なぜなら、そこに立っていたのは使い古された安物の皮鎧に身を包んだ、黒髪の青年だったからだ。
「……え、何この雰囲気。もしかして取り込み中だった?」