聖騎士エルフォード
「そのままジッとしといてくださいね」
クレスさんに連れられる形でギルドの応接室へと移動し、そこで傷の治療をしてもらう事となった。
何故か俺に傷を付けた張本人である騎士も当たり前のように着いて来ていて、扉の横の壁に寄りかかっている。
「その傷を癒せ――『ヒール』」
傷口に手をかざしたクレスさんが短い詠唱を唱えた。すると手の平を中心に淡い緑色の光が発し、すぐに僅かに感じていた痛みが無くなった。
直接喉を触ってみても傷どころか少しだけ流れて出ていた血も綺麗さっぱり無くなっている。
「驚いた、君は治癒魔法を使えるのか」
「こうして傷を塞ぐ程度の簡単な魔法だけですけどね」
「治癒魔法を扱える者は少ない。謙遜する必要はないだろう」
魔法には幾つもの種類がある。基礎魔法である『身体強化』と基本4属性と呼ばれる『火・水・風・土』の他、有名なものであれば今クレスさんが使った『治癒』。相手を呪い、災いをもたらす『呪禍』、伝説の剣を持つ勇者だけが使える『聖』等々……魔法の属性は多岐に渡り、行使できる魔法は個人の魔力の質によって大きく変わる。
その為治癒魔法を使える人は殆ど居らず、高位の治癒魔法を扱えるとなれば王宮の治癒士として一生安定した生活を送れるとまで言われている。
下級魔法の『ヒール』でも傷を治すには十分で、治癒士として生活出来るはず。なんでこの人ギルドの職員やってるんだろう。
「さて、改めて謝罪させてほしい。先程は大変失礼極まりない態度をとったこと、非常に申し訳なく思う」
騎士は俺の座っている椅子の前に膝をつくと、さっきと同じように頭を下げてくる。その様子には、やはり最初のような敵意や殺意は全くと言っていいほど感じられない。
いきなり剣を向けられた事には驚きはしたし、今もなんであんな敵視のされ方をしたのか分かってないが……別に怒ってる訳でもないからそんな何度も謝られても困る。
「分かった分かった。謝罪はもういいから、なんでいきなり剣を向けてきたのかぐらい、理由を説明してくれ」
「む……確かに君の言う通りだな」
そう言って騎士は頭を上げ、被っていたヘルムを脱ぐ。そうして露わになったのは灰のようなグレーの少し短めな髪をした、非常に整った容姿をした男の顔だった。
「訳を説明する前に、自己紹介をさせてくれ。私はエルフォード。ミネア教会所属聖堂騎士第2席、護衛騎士エルフォード・ランウッドという」
「え!?護衛騎士エルフォード!?もしかして、貴方はあの剣聖エルフォードさんですか!?」
「うおビックリした……クレスさん、いきなり真横でデカい声出さないでくれる?」
「あ、す、すみません。興奮してしまってつい……」
「剣聖か。身に余る名誉ではあるが、確かにそう呼ばれる事もある。まさか遠く離れたアイオスにまで知られてるのは思わなかったが……」
「勿論知ってますよ!生きる伝説とまで言われる剣聖!知らない訳がないです!あ、サイン貰ってもいいですか!?」
「あ、あぁ……構わないが……」
エルフォードという名前を聞いた途端、クレスさんは眼を輝かせて興奮状態になってしまった。そんなクレスさんの勢いに押されるまま、手渡されたペンでサインを書かされている若干引き気味のエルフォード。というか、その紙とペンどこから取り出した?さっきまで無かったよな?
「そんな有名なのか?」
「何を言ってるんですかアルトさん!あの!あの剣聖エルフォードですよ!」
「聞いた事はあるような、ないような……」
「なんでそんな曖昧なんですか!剣聖エルフォードと言えば3年前にあの世界に7体しか確認されていない原竜種の1体、ブラックドラゴンを倒した英雄ですよ!一時期情報新聞もこの話題で持ちきりだったじゃないですか!」
「……あー?そう言われたら確かに何回か読んだ事ある気はする、かも?」
3年前なんて冒険者になったばかりで忙しかったから、自分のこと以外に意識を向ける余裕なんて無かった。
そんな事もあったような気がする……程度しか覚えてない。
「ん゛んっ!そろそろ本題に戻ってもいいか?」
「あ、すみません。興奮してつい我を忘れてしまいました……というか、これ僕が聞いていていい話なんですか?都合が悪ければ出ていきますが」
「いや、構わない。元々冒険者ギルドには協力を仰ぐつもりだったから、むしろ居てくれた方が説明の手間が省けて助かる」
「そうですか、そういう事であれば僕も聞かせてもらいます」
(隠すどころか、協力まで仰ぐんだな)
あの話を聞く限りではリリアという少女は恐らく国から物を盗んだ逃亡犯、もしくは犯罪者という扱いだろうから、人海戦術で探し出すつもりなのだろうか。
「そもそも私とリリア様……リリア・ウェネスト様はある用事でフォーラム帝国へと赴いていたのだが、私が会議の為お側を離れている間にリリア様の行方が分からなくなってしまったんだ」
恐らくその会議の間にあのよく分からない球を見つけて、そのまま逃げて来たんだろうな。
にしてもさっきからリリアの事を様付けで呼んでるから、現状のリリアの立場が全く分からないな。今の話し方的にエルフォードとリリアは元々関係があったようだが……
「幸いな事にリリア様を最後に目撃した者が居たおかげでフィサリス大森林方面に向かったと分かり、その後はひたすらリリア様の残した痕跡を頼りにここまで追ってきた」
「痕跡を頼りにって……あのデカい森の中をそれだけで追えるもんなのか?」
「痕跡と一言で纏めはしたが、踏み締め、掻き分けられた枝葉、足跡。そういったものは森に不慣れであればある程多く、分かりやすく残るものだ」
……そういうもんなのか?いや、まぁ実際それで今ここに居るんだし、そういうもんなんだろう。俺には無理。
「で、街に着いた後は守衛にリリア様の聞き込みをしていたら、リリア様らしき方を見たと言う者に話を聞けてな。アルトという名の、珍しい黒髪に黒目の若い男と行動していたと言われたのだ」
「黒髪黒目……確かに、アルトさん以外には見かけない特徴ですね」
「まぁ実際俺が街まで案内してたから間違ってないんだけどさ、なんでそこから剣抜く流れになんのよ」
「いやー……それはその……てっきりリリア様を拐かす不届き者かと思ってしまってな……脅して居場所吐かせた方が早いかと……」
おい物騒すぎるだろこの剣聖。
流石にさっきの事は気まずいらしく、露骨に眼を逸らして歯切れの悪いエルフォード。一応間違ってはなかったからいいものの、万が一人違いだったらどうするつもりだったんだよ。
「そこまで疑ってる相手に言われた事を、よくもまぁ信じたな。俺が適当に嘘ついてたらどうすんだよ」
「君は剣を向けた私に対して抵抗を示さず、恐れる事もなく対話を選んだ。安心したまえ、嘘をついていないのは君の眼を見れば分かる。これでも人の見る目には自信があるからな」
「……疑いが晴れたんなら良いけどさ」
どこからその自信がくるのか、やや誇らしげにしているエルフォード。その姿を見てクレスさんは眼を輝かせながら小さく拍手している。
けどその自信、だいぶ過剰だから1回考え直した方がいいと思う。いや、やっぱり直さなくていいや。俺の立場が危うくなりそう。
「勘違いが解けたんなら、それでこの話は終わりだな。クレスさん、再発行の続きしてくれ」
「あ、そうでした。すぐに作ります。エルフォードさん、冒険者ギルドへの協力願いについては、少しお待ち頂けますか?」
「構わない。元はと言えば私のせいだからな」
はぁー……ようやく新しいギルド証が作れる。なんでギルド証を作るだけでこんなに疲れないといけないんだ……。