1話 運命との出会い
勇者――勇ましき者。神の加護を受けし者。伝説の剣を引き抜いた者。邪悪から世界を救う者。
魔王を倒す使命を与えられ、戦いに身を投じる勇者を人々はありがたがり、崇め、そしてもてはやす。
『魔物を倒してくれてありがとう!』
『病気の娘を救ってくれてありがとう!』
勇者に救われた人々は、みな口を揃えてこう口にする。『あのお方ほど素晴らしい聖人に出会った事はない!』と。
「くっっだらねぇ~~」
だが、俺は知っている。あいつの本性を、聖人とは程遠い俗物的な人間性を。
「あいつのどこが聖人なんだか。どいつもこいつも目ん球腐ってんじゃねぇの?」
『勇者エレン、魔族の幹部を撃破!続く快進撃!』
とはいえ、確かな実力を持っているのも事実。街を出る前に貰った新聞には、件の勇者の活躍が書かれていた。
「はぁ~……」
読み終えた新聞を火が弱くなってきた焚火にくべてしまいつつ、深いため息を吐く。
勇者エレンと俺は一時期同じ孤児院で暮らしていた。まだ孤児院に居た頃は同じ孤児という関係だったものの、今となってその差は歴然。あいつは歴代最強と呼ばれるほどの勇者で、俺はその日の宿代すら払えずに野宿しているような底辺冒険者。一体どこでこんな差が付いてしまったんだか。
「魔物除けは……そうだった。もう無いんだった……」
1人野宿のお供、魔物除けのお香を取り出そうとリュックを漁り、昨日最後の1つを使い切ってしまったことを思い出した。あれが無いと寝てる間に魔物に襲われるリスクがあるから俺には必須のアイテムなのだが、買う金もないし無い物は仕方ない。今日は魔物除けなしで寝ることにしよう。
寝てる時に襲われたらひとたまりもないが、その時は俺が死ぬだけだし……まぁ特に問題ないだろう。
リュックを枕にして、地面に横になる。テントなんて高価なものは持ってないから、当然野ざらしのままだ。季節によってはキツイが、今の時期は夜でも暖かいから助かる。
「ふぁ~……」
初めの頃は眠れなくて大変だった野宿も今となってはすっかり慣れたもので、横になれば自然の音も相まってすぐに眠気が襲って来る。夜行性の動物の鳴き声、風に揺れる木々の音、焚火の爆ぜる音。近くを流れる川のせせらぎ、そして人の悲鳴……悲鳴?
「いやあぁぁぁぁ!誰か助けてぇぇぇぇ!!」
「な、なんだぁ!?」
突然夜の森に響き渡った女の悲鳴に、思わず飛び起きる。悲鳴の他にも木々がなぎ倒されるような音も聞こえ、凄い勢いで俺に向かってきている。近くの木に立てかけていた愛武器を音のする方へと構えて警戒する。
――そして、騒音の主はすぐに分かることとなった。草木をかき分けて俺の目の前に飛び込んできたのは、身を守る防具も付けていない、ボロボロの服の少女だった。少女は俺の存在に気付くと、分かりやすく一気に顔色が明るくなった。
「あ!良かった!そこの人助け――!」
『ゴアアァァァァァ!!!!!』
「はぁ!?インパクトボア!?」
相手によっては助けようか。なんて甘いこと考えていたがインパクトボアは無理!慌ててリュックを背負って逃げる。……が、最悪なことに少女も俺と同じ方向に走って来てしまったため、俺もインパクトボアに追われる羽目になってしまった。
「ひえぇぇぇぇ!?なんで逃げるんですか!助けてくださいよ!」
「無理無理!絶っ対無理!!インパクトボアなんて俺が倒せる訳ねぇだろ!ってか何でこっちに逃げてくんだ!あっち行け!」
「嫌です!助けてくれないなら貴方が代わりに襲われてください!」
「カスかてめぇ!?」
インパクトボア――アイオス王国とフォーラム帝国の間に存在する巨大な森『クレム大森林』の中心域に生息する、全長2mに及ぶ体躯を持つイノシシ型の魔物。全身が鉄のような堅い発達した筋肉に覆われている。額部分に爆発性を持つ特殊な器官が備わっており、対象に勢いよくぶつけることで衝撃波を発生させる。その頑丈な肉体と凶暴性から危険度Aの魔物に分類される。
『アアアァァァァァ!!』
「どわぁ!?」
木々の間を縫うように逃げ回るが、森の木なんてインパクトボアにとっては僅かな障害にすらならない。躊躇いなく木へと突進し、発生した衝撃波によって木々が容易く吹き飛ばされる。吹き飛ばされた木はまだ距離があるはずの俺たちの頭上を悠々と飛び越えていき、逃げようとしていた道へと落ちてくる。
「な!?」
「ひえぇぇ!?」
「ちっ……!えーっと、ここからだと街は……!こっちだ!着いてこい!」
「え!?」
野宿をするために確保していた場所は森の外周部分。今居る場所の把握もできているから、このまま走って行けばすぐに森から出ることが出来る……はず!
インパクトボアは森の外には出てこないと言われているから、外にさえ出られればなんとかなる!そう思ったのも束の間――
「きゃっ!」
地面から僅かに浮き上がっていた木の根に足を引っかけた少女が、体勢を崩してそのまま地面へと転がってしまった。
「おい!」
「っぅ……!足が……!」
最悪なことに転んだ拍子に足を挫いてしまったのか、足を押さえて立ち上がれなくなってしまった。インパクトボアはそこまで迫っており、足を挫いて動けない少女はなす術なく命を落とすことになるだろう。
俺からしたら今の状況は巻き込まれただけで、名前も知らない少女がこのまま死のうが関係のないことだ。森の出口はもうすぐで、森を出てしまえばインパクトボアに追われることはない。だから無視して――
「たすっ……っ…………巻き込んでごめんなさい……逃げて……!」
「――!ちっ、あぁもう!ほら!」
「え……?」
「おぶってやるから早く乗れ!」
「は、はい……!」
「ちゃんと捕まってろよ!」
俺は何をしてるんだ。こんな傍迷惑な奴なんて放って逃げてしまえばいいのに――なんで助けようとしてんだ。
持っていたリュックを投げ捨て、代わりに動けない少女を急いで背負ってもう一度外に向かって走る。
しかし人を1人背負って走るのは荷物を持って走るのとは訳が違う。当然走る速度は落ち、インパクトボアとの距離はあっという間に縮まっていく。
「うおおぉぉぉ!?」
もはや後ろを振り返る余裕もなく、ただひたすらに走る。
そして森の出口が目前に迫りあと少しで逃げ切れるといったところで、ついにインパクトボアに追い付かれてしまった。
俺たちに追い付いたインパクトボアは一度大きく頭を振り上げると――勢いよく地面へと叩き付けた。
『ブモオォォォ!!』
「あっぶ、なぁぁぁ!?」
「きゃあぁぁ!」
瞬間インパクトボアの器官の特性によって叩き付けられた地面に衝撃波が発生し、その衝撃によって抉れた地面が周囲に飛び散っていく。
当然近くに居た俺たちにも衝撃波が襲い、森の大木すら軽々と吹き飛ばす衝撃に対して抗うことすらできずに俺たちはあっさりと吹き飛ばされてしまった——