ゴブリン逃走劇
「キャーーー!!!」
大樹が森を抜ける為、歩き初めて30分くらい経とうとした時だった。
前方から女性の叫び声らしきものが聞こえてきた。
大樹は声のした方へ走り出す。
「やっぱり軽いな!」
鎧をガシャガシャと音を立てながら、身の軽さに驚く。
鎧を着用していることもあり、動きずらさはあるものの、前世の人間だった頃に比べても段違いの速さだ。
木を避けてはまた木を避け、開けた場所に出る。
(丁度この辺りから聞こえた気がしたんだが......)
辺りを見回すと、一人の女の子が座り込んでいる。
そしてその向かいには
「ド、ドラゴンンンン!!!」
大樹は咄嗟に声が出てしまった。
地龍というのが正しいのか、翼はなく、黒い鱗に覆われ、飛龍とは違った威圧感のある体躯に、獰猛な牙と爪。
その光景は間違いなく、女の子がドラゴンに襲われているものであった。
その声に驚いたようで、女の子、そしてドラゴンもこちらへ向いた。
(俺1!いきなり大声出してどうすんだ!)
(だってよ......ファンタジーでしか知らないドラゴンが目の前にいたらさ、そりゃあ、声も出ちゃうじゃんか)
脳内で俺1と2がやり取りしているが、現実はそれどころではない。
ドラゴンによってインパクトがあり過ぎたが、女の子の周囲は悲惨なのことになっている。
明らかドラゴンのではない血で水溜まりができ、ドラゴンの口にもまた血がついている。
(あれれー?おっかしいぞー?ドラゴンの口にも同じ色の血がついているよー?)
か(俺1よ。お前は頭脳は子供で体は大人のようだな......)
考察するまでもなく、ドラゴンが食い殺したのは明白である。
しかし、どうしたものかと大樹は考える。
(普通にやって勝てるかどうかわからない......自分のスキルもこの世界の常識すらわからない状態で勝算を考えるなんて無意味だな)
よって今、大樹が取れる最善の行動は......
その瞬間、大樹はクラウチングスタートの姿勢に入る。
しかし、鎧が邪魔でその姿勢が取れない。
仕方なくクラウチングスタートは諦め、前傾姿勢になる。
そして大樹は女の子目掛けて全力でダッシュした。
「え?」
明らかにこちらに向かって全速力でダッシュしていることに気づいた女の子から声が漏れたのが聞こえた。
大樹はその様子を気にすることなく、女の子の元へ辿り着く。
ドラゴンは大樹に警戒しているのか、手を出そうとはしない。
その場で隙を窺うかのように大樹を睨み続けているだけである。
それを好機と見た大樹は
「ごめん!セクハラじゃないから!」
「ちょ、ちょっと!?」
そう一方的に言い、女の子を抱え、ドラゴンとは反対の方へまた全力ダッシュ......最善の行動、逃亡を選んだ。
ドラゴンは生物としての本能なのか、逃げ始めた大樹目掛けて追いかけてくる。
(ですよねーーー!!!てか、やばいやばいやばい!追いつかれる!)
女の子は大樹に必死にしがみつき、大樹は必死に走る。
ゴブリンに転生してから身体能力が向上し、圧倒的に足が速くなっている筈であるが、相手はドラゴン。
生物としての格が違う。
コーナーで差をつけろと言わんばかりの命がけレース。
瞬足が欲しいくらいだ。
(ん?コーナー?)
(それだ!俺1よ。方向転換しろ!)
もう一人の僕に言われるがままに、全力で走っていた足で踏ん張り、ブレーキをかける。
慣性の力が掛かり、体勢を崩しそうになるのを何とか堪え、身体を捻転させ、左へ方向転換する。
目の前にいた人間が突如方向転換したことにより、ドラゴンはそのまま直進していく。
「なるほどな!図体がデカい分小回りが効かねーのか!」
ドラゴンから逃げることに成功した大樹はそのまま走り続けた。
あのクラスのドラゴンがいることを考えれば、他にも生命を脅かす存在がいてもおかしくないことを考えた上での行動だった。
小一時間程走っただろうか。
女の子に案内してもらいながらようやく森を抜けることに成功した。
大樹は鎧のまま地べたで大の字になっていた。
「ハァハァ......さすがに疲れた......」
ゴブリンになり、いくらスタミナが増えたとは言え、フルプレートアーマーに人一人を抱えて走り続ければ疲れる。
「鎧の騎士様、この度は誠にありがとうございました」
女の子は深々と頭を下げる。
その反応に思わず起き上がり、こちらもお辞儀をしてしまった。
日本人の特性が出てしまった。
高貴な身分だとわかる程の綺麗なドレスも血と土でスカート部が汚れてしまっている。
「騎士様って......いや、いいよ。あのまま見捨てるのも目覚めが悪いからさ」
騎士様という単語にニヤけそうになる。
大樹のその言葉に女の子は頭を上げる。
(か、かわいい......)
逃げることに夢中になっていて容姿のことなど気にしていなかった。
そもそも貴族?というのも今やっとわかったくらいである。
絹のように白い髪にサファイアのような青い瞳の少女。
華奢な身体にその白い肌と髪も相まった儚さもありながら、真っ直ぐな瞳には心の強さを感じさせる。
「何か顔に付いてますか?」
「いや......何でも......ない」
ここに来てコミュ障全開。
穴があったら入りたいだけでなく墓を立てたいレベル。
(枕に顔を埋めて絶叫したい......)
救いなのはフルプレートアーマーのヘルメットで顔が見られていないことだ。
ゴブリンであることもそうだが、コミュ障を発揮してる顔なんて見られたくない。
「とりあえず、えっと......俺は行くところあるから......そっちは一人で帰れそうか?」
勿論行くところなんてない。
というかここが何処で、近くに何があるのかすらわからない。
相手が女の子、しかもめちゃくちゃ可愛いこともあり、コミュ障でこれ以上失態を晒したくないだけの嘘である。
「はい......ですがお礼をしたくてですね。ダメ......でしょうか?」
(うあああああああ......その上目遣いをやめてくれ)
女子最強のスキルと言っても過言ではない上目遣い。
しかも幼馴染立ちでの上目遣いときた。
アニメ、ゲームが好きだった身からすれば絶景。
世界三景に勝手に登録したいくらいだ。
「ダメではないけど......」
「では!私の屋敷にご招待しますので来てください」
半ば強引に連行が確定した。
やはり貴族の令嬢だったかと大樹は納得した。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね......私は“レルシア・アルダール”です。気軽に“レル”とお呼びください」
「お、おう......俺は木山大樹。大樹でいいよ」
女の子......レルは大樹の名前を聞き、首を傾げている。
「珍しいお名前ですね......」
「ああ......信じられないかもしれないけど、こことは違う世界から来たみたいなんだ」
「おお!転生者様なのですね!」
大樹はこの世界の住人ではないことを伝えたと同時に自分が異世界人と流暢に話せていることに気づいた。
これも女神アイリスの恩恵なのか、スキルなのか......
「あ!スキル!レル......さん、スキルとかステータスとかってこの世界にあるんだろ?」
「ふふふ。レルで大丈夫ですよ。スキル、ステータスはありますよ。」
「おおお!どうやって確認できるんだ?」
遂に自分のスキルが確認できると大樹は興奮で鼻息が荒くなる。
(とんでもスキルが待ってたり?最強ステータスで無双したり?ああ、たまらねえぜ!!!)
大樹がレルからスキルについて教わろうとした瞬間であった。
「おい!貴様そこで何をしている!」
大樹の背に怒声に近い男性の声が掛かる。
大樹が恐る恐る振り返ると、そこには騎馬に乗った白銀の鎧の騎士が20名程、大樹に槍を向け、臨戦状態である。
血と泥に塗れた貴族の令嬢(美少女)に怪しげな銀のフルプレートアーマーの人間。
「ああ......詰んだわ」
状況に絶望した大樹は考えることを辞めたのであった。