魔族に転生!?
目を開くと、眼前には果てしなく続く白い景色を前に立ち尽くしていた。
木山大樹は監禁?をされたらしい。
おかしい......会社から帰るまでの記憶はある。
しかしそれ以降の記憶がない......
最初は日頃のストレスによる悪い夢かとも思ったのだが、五感がそれを否定する。
夢にしてはリアルすぎると。
この場所に心当たりもない。
感覚的に言えば、瞬きをしたらここに居たの方が近い。
唸りながら必死に記憶を遡るが、わかったことは何もわからないだけであった。
そんな時、天から声が響いてきた。
「お待たせしてしまい、すいません」
透き通った女性のような天の声さんがどうやらこの一件の犯人らしい。
その声の直後、輝きと共に一人の女性、否女神が姿を現す。
神々しく光輝くように美しい白銀の髪にモデルの引くレベルの顔の小ささにスタイル。
鼻は高く、まつ毛は髪と同じ白銀の為かキラキラと輝いている。
目、鼻、口、輪郭、バランス、全てが素晴らしい。
つまりめちゃくちゃ美人ということ。
「初めまして木山大樹さん、私は女神アイリス。突然ですが、あなたは死にました」
「ですよねー」
何となく予想はしていたが、考えまいとしていた最悪のケースが的中した。
いざ言われてみると虚無感に押し潰されそうになる。
「いや、待てよ?なんで死んだんだ?」
予想が確定に変わり、それに伴い疑問が生まれる。
そもそも死因は?
最後の記憶は帰宅途中の風景で終わっている。
死など微塵もない平和な帰路である。
「それはですね......えっと、信号無視の自動車に轢かれた......とありますね」
アイリスは手元のファイルを見ながら答えた。
そのファイルからして1人や2人では済まなそうだ。
人って一日に結構死ぬんだなと死んだ本人が思ってしまった。
つまり前触れもなく理不尽に起きた事故により当時の記憶どころか、命すら落としたと。
(待て待て待て......俺はどうなるんだ?天国?もしかして女神様じゃなくて閻魔様?こんなに可愛いのに?)
思考が現実に追いついてきたのか、今置かれている状況に混乱し始める。
大樹はアイリスに疑問の視線を投げ飛ばす。
「でも安心してください!あなたは選ばれたのです!」
(え、何に?天国って抽選なの?運ゲーなの?)
主語の足らなさに呆ける大樹を気にすることなく、アイリスは続ける。
「異世界への転生者、つまり勇者に選ばれたのです!」
自分事のようにテンション高く、声高々にアイリスは話す。
正直可愛いな、おい
「ん......?は?はああああああああああ?!」
理解が遅れるのも納得の内容。
異世界転生?最近流行りのアレか?!と大樹は困惑と高揚が混ざっておかしくなりそうだ。
「やっと事の重大さに気がつきましたか。ふむふむ。まあ、理解が追いつかないのも無理はないです。とりあえず、おめでとうございます!」
夢じゃないよなと頬っぺを引っ張たり、顔を叩いたりと忙しなく大樹は自分を痛めつけている。
その検証結果。
夢ではなく、現実である。イッツアトゥルーワールド。狂ってる?それ褒め言葉ね
興奮で心拍数が上がり、鼓動が全身に伝わる程である。
「本当に運が良いんですよ?そちらの世界で言うなら宝くじが当たるよりも幸運なんです。それでですね......転生に際して幾つか選択肢があるのですが......ん?......ん!?」
アイリスがこれから転生に関しての準備や説明を行おうとした時だった。
天から一枚の紙がそのアイリスの元へ舞い降りる。
その紙を見るや否や、アイリスは容姿に似合わないような声を出して困惑する。
その様子に大樹まで不安になってくる。
「えっと、ですね......申し上げにくいのですが......」
明らかに先程とは違い、歯切れが悪くなるアイリスに大樹は訝しげな目を向けてしまう。
その大樹の視線に耐えかねてか、目を逸らしながらアイリスは続けた。
「どうやら人間側の人口が間に合ってたようで、今の話はなかったことに......」
「はああああああ!?」
「そうですよねー」
そんな上げて落とすの最上位互換みたいなことをしないでくれと項垂れる大樹にアイリスは一つの提案をする。
「あのー、人間には転生できないのですが、魔族であれば近年減少傾向ですし、転生枠も空いておりますので転生可能なんですけど......」
「いやいやいや、勇者と魔族では全然違うでしょーが」
今ならクレーマーの気持ちがわかる気がする。というか正当な主張だし。
アルバイトの時恨んでいたクレーマーの顔に心の中で手を合わせ、アイリスに交渉する。
「どうにかならないんですかね......勇者って聞くとやっぱり期待しちゃうのが男の子なもんで......」
「やっぱり魔族では嫌ですよね......仕方がないですね......」
「じゃあやっぱり勇者に......?」
謝礼として勇者に転生できるかもと大樹は少年のような期待の眼差しをアイリスに向ける。
「輪廻転生、つまり生まれ変わりとして地球に再び転生ということで」
「あるぇ??てことは異世界転生はなし!?」
「はい!」
うん。すんごい良い笑顔。
「じゃなくて!じゃあ憧れの異世界生活は?」
「ないです」
「異世界でハーレムを築いたり、無双したりは?」
「ないです」
アイリスに笑顔で否定され、その場で崩れ落ちる大樹。
また地球で生まれ変わって同じ生活するのも面白くない。
そんなことになるくらいならと縋るように大樹は懇願する。
「魔族でもいい!だから異世界転生させてくれ!」
「そのお返事をお待ちしておりました」
最早この笑顔が怖いくらいである。
勇者になれなかったのは残念だが、魔族は魔族で面白いのかもしれない。
大樹は、自分にそう言い聞かせながら転生に関する説明を受ける。
「それでは転生に際しての選択肢なのですが、まず種族ですね」
アイリスは三枚の紙を取り出しながら説明を始める。
(なになに?アンデッド系統にドラゴン系統、鬼系統か、それぞれの系統で進化していくみたいだな)
ポ〇モンかよとツッコミたくなる気持ちを抑えて、三枚の紙を見比べる。
それぞれの紙には樹形図のようにびっしりと進化系統が書かれている。
どれも最終形態は格好良さそうではある。
(うーん、悩むな......やっぱり男の子ならドラゴン系統か?裁縫セットも彫刻刀もドラゴンだったしな)
ドラゴン系統に決めようとしたその時であった。
三枚目の鬼系統に記された名前に目が止まる。
(鬼神......?え、何それ、カッチョイイ)
思考回路が完全に小学生と同等になり、大樹の頭は『鬼神』のことで埋め尽くされている。
しかも人型という魔族になっても不便にならなそうだ。
「よし!決めた!鬼系統にする」
「これは珍しいですね!大体ドラゴン系統にするのですが......」
「やっぱり皆、裁縫セットとか彫刻刀はドラゴンだよな......」
男の子は小学生から変わらないらしいと大樹は苦笑する。
アイリスは大樹の発言には反応せず、転生の説明を続ける。
「ではこれより転生になりますが、今回はこちらの不手際ということでお詫びとしてスペシャルスキルを授けます」
「おお!」
クレーマー、もとい大樹も大喜びのお詫びだ。
益々、異世界での生活に胸が膨らむ。
(いきなり無双しちゃったりして?可愛いヒロインを助けてラブコメ展開になったりして?)
うひょひょーと飛び跳ねそうだ。
アイリスが何やら説明を続けているが、全て上の空である。
なんとかなるだろう精神で20数年も生きてきたのだ。
これからも大丈夫だろう。
どうやらアイリスが説明を終えたらしく、いよいよ異世界転生のようだ。
「それでは木山大樹さん、転生になります。お気をつけて行ってらっしゃーい」
ネズミーランドのキャストみたいに手を振り、見送るアイリスに手を振り返す間もなく、木山大樹は魔族に転生した。