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天使と鎧

作者: 三条

 日本を巻き込んだ戦争が終結して25年。都市部や地方を含め、ほぼ完全に復興を果たしていたが、戦争の傷跡と負の遺産は残っていた。


 その代表的なものとして上げられるのが【天使】の存在だった。


 大戦中に開発された対人用戦闘ロボット《自立式対人機兵Ⅹ―Ⅳシリーズ》。


 様々な個体が作られ、全長は最小でも3メートル。最大では10メートルのものまで製造された。そして絶大な攻撃力を誇り、重火器を始めレーザーや刃物まで搭載し、敵を薙ぎ払い続けた天使だが、問題が起こった。


 システム的なエラーが重なり、製造された15体の天使のうち9体が人間側からの命令を拒否。終戦した現在も、戦闘状態のまま日本の地に存在していた。

 

 この状況を良しと出来るはずもなく、Ⅹ―Ⅳシリーズの停止と回収を目的とした事後処理部隊が警視庁に捜査8課として設立された。


 



 その日、小鳥遊たかなし翔太しょうたは新しい職場に足を踏み入れた。


「なんで僕がこんな所で。…………自業自得か」


 今日まで何回も頭の中で巡らせては行きついた答えだった。


「はぁ」


 溜息を吐いてエレベーターに乗り4階のボタンを押す。扉が閉まる前に1人の男性が乗り込んできた。


 身長は180センチを優に超え、口周りに蓄えている白くなった髭も、短く刈り揃えられているグレーの髪も老人であることを示しているのに、眼光と体格は猛獣を思わせた。


(怖えー)


 彼の人生で会ったことのない人種だったので、恐怖を覚えながらエレベーターの隅で怯えるしかなかった。


 男性の目的の階も4階だったらしく、恐怖の時間が続いた。


「どうぞ」


 弱者である翔太は、反射的に扉が開いた瞬間にそのセリフが出た。


 男は軽く頭を下げ出ていったのを見てから翔太もエレベーターを降りる。前方を歩く男性の後を追う形で歩いていると、彼は1つの部屋に入っていく。


 まさか。という翔太の思いは当たっていた。


 《遊撃課》と書かれたネームプレートを見て、覚悟を決めた。


 気の重さを隠すことなく溜息を吐いてドアノブに手をかけて回す。


 ガチャリと扉を開け、


「失礼します。本日からお世話になる小鳥遊翔太です。よろしくお願いします」


 と、恐る恐る口にした。


「おぉ。待ってたよ」


 その声に思わず翔太は目をそらしかけた。そこにいたのはやはり、さきほど猛獣を連想させた男性の姿だった。思わず硬直してしまう翔太を余所に、男性は翔太の目の前まで歩いてくると握手を求めた。


「俺が捜査8課 遊撃係ゆうげきがかり 係長の進藤しんどう雄大ゆうだいだ」


 握手に応じながら、翔太は部屋の中をさりげなく見回した。


 警視庁という事で大人数が居るのだろうと思っていたが、見た限りでは翔太と進藤しかいない。


「他の人は出払ってるんですか?」


「あと1人いるが、他の所に応援にいってる。どこも万年人員不足なうえウチは窓際でね。君の配属だって相当ありがたい話しだったんだ」


 爽快に笑う進藤だったが、翔太は笑うに笑えなかった。


(騙された)


 彼がそう思うには理由があった。


 3か月前まで小鳥遊翔太はハッカーとして生きていた。様々な企業や個人を狙い、様々な情報を盗み出していた犯罪者。


 ある時些細なミスによって呆気なく逮捕された。


 裁判の末、翔太には選択肢が与えられた。


 刑務所で十数年を生きるか、減刑する代わりに遊撃係への配属を受け入れ、天使の回収を手伝うか。


 牢屋で退屈にあえぐよりも外で働いた方がマシと考えた翔太は配属を受け入れた。


 その際に聞いていた仕事内容は、ハッカーの腕前を活かして天使の制御を取り戻す事。


 通常ハッキングは1人は1人ではやらない。出来ないことは無いが、数人で分担して事に及べば手早く防護壁を突破できるし対処もされづらい。警視庁であればハッカーは十人以上在籍しているのが普通だというのにも拘らず、この係に3人しかいないというのは、どう考えても人員が足りていなかった。


(僕に1人でハッキングをさせようって言うのか)


 軍事目的に作られた兵器のハッキングなど、絶対に1人ではやらない。だが、拒否権など当然持ち合わせてもいない。


 仕事内容に不満があるので辞めますと言えば、刑務所に逆戻りなのは確実だった。


 不満を募らせる翔太を余所に、進藤は話しを進める。


「あとの1人は《さっさ》夏美なつみ。遊撃係専属のメカニックだ」


 紹介もあっさりと終わり、仕事の話しに移る。


「さて早速だが、俺たちの仕事の内容は理解してるか?」


「はい。暴走状態にある天使の回収ですよね」


「そうだ。じゃあ今からお前の命を預ける事になる道具を見に行こうか」


 進藤はそう言うと部屋を出ていった。


「僕の仕事道具ってPCだよな?」


 微かな不安を覚えながら、翔太も後に続く。


「ある時、天使の存在は戦局を大きく変えた」


 進藤がエレベーターを待ちながら話し始めた。


「人間が戦車や戦闘機に乗り、歩兵同士がチマチマ殺し合いをしていた時、天使という巨大な兵器が戦場にいた敵を焼き尽くした」


 その位は誰でも小学校の授業で知っている話しだった。


 しかし、まるで見て来たかのように語る進藤を見て、もしかしてと頭を過る。


「戦場にいたんですか?」


「あぁ、最初から最後まで居たよ。当時の階級は大尉でな。前線で指揮をしていたから、天使を初めて見たときはたまげたもんだ」


 笑いながら、やってきたエレベーターに乗り込むと地下3階を押した。


「地下3階は格納庫になってて、整備班が走り回ってるから邪魔だけはするなよ」


 あっという間に地下3階に到着し、エレベーターの扉が開く。


 そこは煌々と明りが点けられた空間で、そこかしこで声が響いていた。


 その間を縫うように歩き、進藤はある場所で止まった。


「ここが遊撃課の格納庫だ。覚えておけ」


 それで、いよいよ不安が現実になり始めた。なるべく周りを見ないように此処まで進んできたが、目の前にあっては目の逸らしようがない。


「これが星振せいしん鋼來こうらいだ」


 それはパワードスーツと呼ばれる鎧で、まさしく人間が鎧の様に着込み戦場で戦うための装備だった。


 見た目的には全身を覆う西洋甲冑に近い構造ではあるが、鉄を纏っているだけの甲冑と違い、歯車とピストンが駆動しオイルが躍動する現代の甲冑。


 日本が作ったパワードスーツ。その2体が目の前に鎮座している。


「小鳥遊には鋼來を装着してもらう事になるが――」


「ちょ、ちょっと待ってください。僕はハッカーとして配属されたはずです。アーマーユニットの装着ってことは前線に放り出されるって事ですよね!? 冗談じゃありませんよッ!」


 いよいよ自分の置かれた立場を理解した翔太は叫んだ。ハッカーとして後方支援をする予定だったはずなのに、気付けば前線に送られそうになっている。


 こんなことなら刑務所に閉じ込められていた方がマシだった。


「やはり言ってなかったのか」


 進藤がポツリと呟いた。


「やはり、ってどういうことですか?」


「協力するのなら減刑を。と決めたが前線での作業をしたがる人材が集まらなくてな。しかし絶対に必要だからと上層部は必死だったんだよ。その結果、騙すような形になったんだろう」


 翔太はその話を呆然と聞いていた。


「必要最低限の情報で釣り、前線に送り込む話しが持ち上がってた所にお前が来た」


「……………………」


 怒りは確かにあった。しかし、心のどこかで諦めている自分もいた。初めてPC手にしてから、まともな事はしてこなかった。大学在学中にハッキング仲間と義賊ぎぞくを名乗って企業の情報をネット上に公開したり様々なことをやった。


 結局まともな就職もせずにハッカーとして生きた結果が逮捕だった。


「死んでも良い人材、か」


 天使を止められれば御の字。失敗して死んでも問題ない。そんな人材が小鳥遊翔太だった。

 しかし、


「死んでも良い人材などいない」


 静かに、しかしハッキリと腹に響く声で進藤が断言した。


「死なないために鋼來がある。死なせないために俺が隊長をやっている」


 それは嘘や気休めではなく、本心からの言葉であろうことは翔太にもわかった。だがそれを聞いて決心が出来るわけでもなく、ただ言葉もなく俯くしかできなかった。


「まぁアレだ。死なないことは身をもって知るのが一番だ。そこで提案があるんだが、どうする?」

 進藤が笑いかけながら告げた。

 





 奥多摩の森林は深い緑に染められていた。近くを流れる清流は、ひたすら穏やかだった。


 その写真や絵のような空間に、明確な異物が居た。木々の合間を縫うように移動する影があるのだが、それは人とは全く違うフォルムをしており、大きさは約5メートル。そして、てるてる坊主のような姿をしている。


 そしてその天使の姿を遠くから見つめる影もあった。


『識別番号AY-1931 の姿を補足」


『了解。接触はせずに監視を続けてください』


 それだけで無線を終了し、6人の男たちは監視をするために物音を立てずにその場に留まった。


 彼らの所属は捜査8課 1係。全員が同じパワードスーツを着込み、全てが第6世代『晩鴉ばんあ』。


 強大な天使の力と対抗するために進化を遂げた最新式だった。


 カラスをモチーフにしたようなマスクと、墨を落とし込んだかのような艶の無い漆黒。晩鴉は隠密行動を得意とし、レーダーにも探知されない構造をしている。


 なので天使にも気付かれる事なく監視を続行しようとしたその時、天使の頭の部分から触角のようなものが展開された。


 触手の先にはカメラが搭載されており、うぞうぞと動きながら周囲を映していく。


 その光景を見た瞬間、隊長である長田ながたが部下にハンドサインを出した。


【伏て動くな】


 その短い指示に対し、全員が即実行に移す。


 全員が腹ばいになり顔すら地面と平行にし、呼吸もゆっくりと浅いものに切り替える。


 結果的に長田の判断は正しかった。天使が出したカメラは動体検知カメラであり、レーダーには引っかからない晩鴉であっても、動いてしまえば検知されてしまう。


 事前にAY-1931の性能を把握していなければ、今頃発見され戦闘になっていたはずだった。


 動くなと指示があれば動くことのない兵士たちだったが、相手が天使であれば訳が違う。敵と認識されれば、一瞬にして銃弾かミサイルが飛んできてもおかしくない。そんな状況でピクリとも動かないというのは死ぬよりも苦痛だった。


(どのくらい経った?)


(地面と同化しろ)


(天使がこっちを向いていたら死ぬ)


 様々な感情が彼らを襲い続ける。


『全員直れ』


 長田から無線で命令が来た。


 その言葉を合図に全員が腹ばいの状況から起き上がる。恐る恐る顔を上げて見ると、天使は触手を仕舞い再び移動を始めていた。


『1係より本部。天使が移動を始めた。進路は南西であり、ポイントに向かっている模様』


『本部より1係。了解。そのまま追尾を続行してください』


『了解』


 長田が本部に連絡を入れ、次の指示が来る。


「追尾を開始する。行くぞ」


 長田を先頭に部下が続く。6人は1列になって天使の後方100メートルを走った。


(このまま無事に終わってくれるとありがたいな)


 長田は内心でつぶやいた。


 追尾を始めてから数分。事前の予測通りに天使は移動していた。


「本当に移動ルートが決まってるんですね」


 隊の中での新人が口を開いた。


「そうだ。アイツの大戦中の任務は巡回と警備。不審な者がいれば攻撃してくるが、そうでなければ決まったルートを巡回している」


 AY-1931は、奥多摩周辺を警護するために作られた哨戒機しょうかいきであり、1ケ月かけて決まったルート一周する。しかし、その索敵範囲の広さから迂闊に手が出せないでいた。


 しかし、晩鴉の性能ならば問題ないと上層部が判断したことで、今回の作戦は実行されていた。


 作戦内容としては、AY-1931が哨戒しているルートを調べ上げ、そのルート上に罠を設置。その罠が発動した瞬間に1係がハッキングを行い天使を回収する手筈になっていた。


「目標位置まで500メートル」


 天使は移動ルートから外れることなく移動を続けていた。


「400メートル」


 部下の1人が興奮気味に報告を続ける。


 着実に罠へと近づく天使。


「100メートル」


 ついに目的の場所まで目前に迫り、長田を含め本部もにわかに緊張を含んだ声色に変わる。


『本部。ポイントまで天使の移動を確認。これより作戦を実行する』


『本部了解。こちらでも万全のサポートを行います』


 そのやり取りをもって長田隊の戦いが始まった。


 天使が罠のポイント上を通過した瞬間、電流が走った。強力な兵器ゆえ精密機械という側面は捨てられない。


 電撃を喰らわせ、相手がフリーズしたほんのわずかの時間で長田班がハッキングを行う。それが今回の作戦の内容だった。


「天使の硬直を確認」


 部下の合図で長田が指示を出す。


「総員突撃ッ。天使にハッキングを仕掛けろ!」


 6人の鴉が一斉に走り出し、獲物に群がるように天使を取り囲んだ。


「活動開始まで64秒」


 限られた時間の中で、全員が腰にマウントしているバッグからPCを取り出して天使に接続する。


 PCの画面に映し出されたコードを瞬時に理解し、停止に必要なコードに書き換えていく。


 のんびりとキーボードを叩く余裕もなく、呼吸すら忘れて必死に指を動かし続けた。


 30秒が過ぎても識別番号を停止させるのに有効な書き換えは終わっていない。それでも焦ることなく、しかし指を動かすスピードは緩めることなくハッキングは行われる。


 残り20秒。停止に必要なシステムの書き換えを終了させ、後は停止のコマンドを指示し実行させれば作戦は成功する。


 残り10秒。停止を指示し、実行に移させる。


 残り3秒。停止の指示を受けた識別番号が停止を実行。


 残り0秒。


 フリーズから回復したはずの天使は動く気配は無く沈黙していた。


「……作戦終了だ」


 長田が溜息と共に作戦の終了を宣言する。その瞬間、部下たちは一斉にその場にへたり込んだ。安堵の溜息を吐きながら、互いに互いの健闘を称え合った。


「お前ら、作戦は終わったが仕事はまだだぞ」


 緩んだ空気を戻すように長田は部下たちを叱る。


「このデカぶつを運ぶまでが俺たちの仕事だ。終わったら今日は俺が奢ってやるからもうひと踏ん張りだ」


 隊長として部下を労いつつ、空気を締めるための言葉を告げた時、自体は急変した。


 活動を停止したはずの天使が動き出したのだ。


「バカなッ! 確かに停止コマンドは受け付けていたはずだ」


「もう一度フリーズさせられないか!?」


「手立てがない」


 退避も間に合わないスピードで天使は目覚め、頭部の触手を展開した。


 幸運だったのは、距離が近すぎた故に重火器が使われなかった事。なので天使は触手を鞭のようにしならせ、長田と部下を弾き飛ばした。


「ぐわッ」


 くぐもった悲鳴と同時に、6人は7メートルほど後方の地面に転がった。


《危険行為を検知。6名を敵として排除します》


 触手の先に着いたカメラで長田たちを捕らえ、無機質な音声で宣告をする。


 晩鴉は隠密行動とハッキングが主体のため、兵器と呼べるものは殆ど持ち合わせていない。


 腰にある小型のナイフとハンドガンがメインで戦えるとは到底思えなかった。しかし、隊長である長田は部下を守らねばならない。


 パワードスーツ越しといえど、ダメージは限りなく大きく、戦わねばならないが身体が軋みを上げていた。

『いま救助部隊を派遣します。それまで持ちこたえてください』


 オペレーターが告げる声に希望など持てなかった。どのくらいの時間が掛かるのかは不明だが、正直5分が限界だった。


(それ以上になれば……)


 自分たちが全滅した後に応援が来る事になるだろう。無残に散り果てた自分たちの姿が脳裏を過り、長田の背筋に冷たいものが走った。


《排除開始》


 その音声と共に、天使の姿が変わった。触手の展開だけではなく、てるてる坊主の胴体の部分に縦に亀裂が複数入りガバッと展開し、中から人間のような身体出てきた。


 頭部と身体の形状が違いすぎる事で、嫌悪感を催すフォルムになったが、それも狙いなのかもしれなかった。


「無理だ」


 晩鴉では戦闘にならないのは明白だった。天使が本気で攻撃を仕掛けてきた瞬間に勝敗が分かるほどの戦力差は理解していた。


 全てを悟り、長田が諦めかけた時に遠くからヘリのプロペラ音が聞こえてきた。


 援軍にしては早すぎる。長田はそう思いながらも音のする方を見た。どこかの民間機かとも思ったがヘリの形状を確認すると民間では使われる事のない輸送用であり、何より機体の側面には見慣れた8課のエンブレムがあった。


「何故こんな早く」


 この疑問は長田だけではないらしかった。


『現場にいるヘリは部隊名を報告してください』


 本部のオペレーターも把握できていないらしく、無線での確認を要求している。


『こちら遊撃課の進藤だ。これより天使の回収を始める』


『その指示は出ていません。速やかに帰還してください』


『そりゃ無理だ。こっちは新人研修も兼ねてるし、何より俺たちが帰れば長田班は全滅だ』


 確かにその通りだった。援軍が来るまで耐えることはできない。


 その間にもヘリは接近し、ついには上空までやってきた。


《所属不明機を確認。警戒を一段階上げます》


 天使は触手のカメラを数本ヘリに向ける。


『進藤班は帰還してください』


 なおもオペレーターは進藤に帰還を促していたが、本人は返答すらしない。


 すると上空でホバリングしていたヘリの後部ハッチが開き、2つの塊が落ちてきた。


 それはものすごい衝撃音を響かせ、土を抉りながら豪快に着地した。


『進藤班。星振せいしんおよび鋼來こうらい、天使と交戦する』


『それは許可されていません。すぐに――』


 進藤は通信を切った。


「さて、気張っていくぞ」


 それは翔太に向けられた言葉だった。





 時間は進藤と翔太が現場に降り立つ前の格納庫。


 提案があるんだが、どうする? そう言いながら、進藤は星振の肩に手を置いた。


 進藤雄大のパワードスーツの名は星振せいしん。戦争中期に作られた第3世代のスーツであり、傑作と名高い完成度を誇っていた。


 とにかく頑丈であることをコンセプトに作られた星振は、トラを思わせるデザインのマスクと無骨過ぎるデザインの鎧で覆われていた。


 そして翔太のパワードスーツは鋼來こうらいと名付けられていた。


 第4世代ではあるが汎用性に優れ、どのような作戦においても優位に立ち回れるほどの性能を有している。


 そして、この鋼來は通常のものとは違い、メカニックである佐々夏美が手を加えた改造品であった。


「本当にハッキングに特化したシステムを積んでる」


 鋼來の頭部を装着した翔太は驚きの声を上げる。


 本来であれば、時代遅れのシステムしか積んでいないはずの第4世代にも関わらず、鋼來の頭部の内側に現われている画面は最新のシステムだった。


「佐々に言えばこのくらいの改造はお手の物だ。無理を言って予算を突っ込んだ甲斐はあったな」


「あの、本当に行くんですか?」


 翔太が確認すると、進藤は当然だと笑った。


「俺の読みでは、長田の所だけでは片付かない。それほど天使は簡単ではないからだ」


 遊撃課に出動命令が出ていない以上、完全な独断という事になる。それは処罰などの対象なのではないか。という疑問に行きついた翔太だが、このような独断専行で窓際なんだろうな思い至った。


(これは何を言っても無駄だな)


 諦めの境地というのか、本来であれば絶対にやりたくない仕事であるにも関わらず、もうどうでも良くなっていた。


(成るようにしか成らないか)


 遠い目をしながら進藤の説明を聞く翔太。そして、あれよあれよという間に鋼來を着させられた。


 初めてパワードスーツを着た感想としては、閉塞感はあるが重くは無く稼働にも制限がないという不思議な感覚だった。


「準備は出来たな。遊撃課、出動だ」


 星振を纏った進藤の号令と共に現場へと向かうために、捜査8課の所有するヘリに乗り込んだ。





 ヘリから飛び降りた翔太だったが、鋼來に搭載されているバランサー等が着地のサポートをしたため、衝撃はあったものの大した事もない。


「俺が天使を抑える。その隙に停止させろ」


「了解」


 もはや作戦なのかも分からないほどのシンプルな命令。しかし、翔太にしてみれば混乱せずに仕事を行えるので有り難かった。


 進藤が走り出す。重戦車を思わせるような突進で一気に天使までの距離を詰める。


《危険行為と判定。排除開始》


 その言葉と共に天使の触手からビームが発射された。そんなものを喰らえばひとたまりも無いはずだが、構わず進藤は走った。


 当然ビームは着弾するが、星振には傷を付けることは出来なかった。その状況から天使はビームの本数を増やし応戦するが、それでも星振が止まることはない。


 ついに天使に触れる範囲まで到達し、進藤は両腕を広げた。それに天使も反応してビームではなく打撃と斬撃に切り替えた。


 何処からか取り出した刀を両手に持った天使は、星振の腕を切り落とそうと薙ぎ払う。だが、星振の装甲が異常に分厚いらしく、傷を与える程度に終わった。


「やっぱりお前程度の火力じゃ、どうにもならんわな」


 天使からの攻撃を完全に無視して進藤は天使の右腕をへし折った。


 そのままの勢いで天使に抱きついた進藤は、全力で締め上げた。


「おらあああッ!」


 バキバキと砕ける音ともに天使の身体のパーツが砕けていく。


「小鳥遊、今のうちにやれ!」


 その言葉と共に翔太は走る。そして天使の背後に回り、直接のハッキングを試みる。


 鋼來の右わき腹に増設されている有線コネクタを引き出し天使に繋げる。その瞬間、翔太の眼前に4つの仮想モニターが現われた。


 それと同時に手元には仮想のキーボードが現われ、彼はそれに指を這わせた。


 そこからは本当に戦争だった。幾重にも張られた防壁と罠が行く手を阻み、最深部への到達を不可能にしていた。


「流石は軍事目的の兵器。罠の数が尋常じゃない」


 それだけでなく、天使自らが構築した罠らしきものまであった。


(自分で進化してたのか。道理でぐちゃぐちゃな訳だ。この自己進化の結果、あの人たちのハッキングは失敗したんだろうな)


 運が悪かったとしか言えないが、それが結果だった。


 翔太は罠にかからないようにしながらも、高速でシステムの中を進んでいく。


 そしてついに目当ての物を探し当てた。


「あった、コイツだ」


 その瞬間。天使も何かを感じ取ったのか、進藤に向けていた触手を翔太に向けた。それに気づいた進藤が触手を掴もうとしたが、間に合わずビームを放った。


 甲高い音と共にビームが鋼來の頭部に命中する。


「大丈夫か!」


「大丈夫です」


 進藤の心配を余所に翔太は目の前に集中していた。難解なパズルや問題は頭を抱えるより、楽しむ事に価値があると考えている彼にとって、自己進化していくシステムは新しいオモチャのようで、高揚感が押し寄せた。


「これで、どうだッ!」


 最後のキーを打ち込むと、天使は力なく抵抗をやめた。


 ………………。


 誰もが息をのんでその場に佇んでいたが、本当に天使が動かなくなったことを確認すると、今度こそ本当に安堵に包まれた。


「はじめてで良く頑張ったな」


 進藤が褒めるが、本人は放心状態で天使を見つめていた。


 その後は本部が天使を回収し、遊撃課は命令無視で大目玉を喰らった。

 



 その日、翔太は始末書を書いていた。理由は先日の無許可での出撃に対するものだった。


「まさか数日で始末書を書く羽目になるなんて」


 嘆きながら文章を考えていると、背後から声がかかった。


「悪かったな。始末書は俺だけだと思ったんだが」


 進藤がバツの悪そうな表情で立っていた。


「まぁ驚きはしましたけど、僕自身も何と言うか、少し楽しんでたんです」


「楽しんでた?」


「あ、いえ。ふざけている訳ではなくて、ハッカーとして腕が鳴ったというか」


 それは本当の事だった。強力な敵を目の前にした恐怖よりも、天使と自分との知恵比べに興奮していた。


 そんな翔太の言葉を聞いた進藤は少し考え、


「働くモチベーションは人それぞれだ。楽しいと思えるなら問題ない」


 そう笑って自分のデスクに戻っていった。


 刑務所生活が嫌で受け入れた遊撃課への配属だったが、怪我も死ぬことも無く切り抜けられた。


 それが自信に繋がったかは不明だが、すくなくとも生きていける事は理解できたのも事実。なので、一先ずは始末書を片づけてしまおうとPC向きなおった翔太だった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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