1-3 メイド服と着替え
――あぁ、どうしてこんなことに……
それほど広くない更衣室の中、ボクは呆然と立ち尽くしていた。空調はなく肌寒さを感じるが、この震えは外気温のせいだけではないだろう。
確かに巫女として飲食で働いて手っ取り早く感謝を集めるという考えは一理あるけど……メイド喫茶はさすがに……
「ふむ、似合ってるな」
ガチャっと扉が開くとメイド長の黒咲志穂さんが、茶色の大きな紙袋を持って部屋に入ってくる。
その表情はどこか誇らしげで、さも男のボクにこれを着させることすら当然だと思っていそうだ。
「本気ですか? ボク、男なんですよ?」
「ン? 今は女の子だろう? 別に着ていても違和感はないと思うが……?」
「そういうことじゃありません! お、男としてこんなの着るなんてやっぱり変です。それにメイド喫茶で働くなんて……そんなの」
「ふむ、そういう割にちゃんと着てくれたんだな。ノリノリじゃないか」
「違いますって……これは、その、勢いというか……その……」
ちらりと設置してあった姿見に目がいく。そこには黒咲さんと同じレトロタイプのメイド服に身を包んだ自分の姿があった。
シワ一つない黒いワンピースの上から首からかけて白いフリル付きのエプロンを身に着けている。腰にあるエプロンの結び目がリボンのように可愛らしく、それが逆に羞恥を煽ってくる。
輝く銀髪の上に鎮座しているホワイトブリムを見ていると自分が恥ずかしげもなくメイドの格好をしているんだと知らしめられる。
「〜〜〜〜ッ」
「おお、赤くなった」
「誰のせいだと……っ! こんな格好……っ! も、もう、落ち着きません! お願いですから下からズボン履くの許してください!」
さっきからスカートの違和感がずっと拭えない。動くたびにスースーと外気が入ってきては生足を撫でてくる。どうしても下半身の不安感を拭いたかった。
「駄目だ。メイド服にズボンなんて雪国の女学生みたいな格好許すわけないだろ?」
「で、でも、これじゃ仕事に集中できませんっ!」
「男の子ならもっとシャキッとしてないとな。そんな泣き言ばかり言ってるとホントの女の子みたいだぞ」
「男なら泣き言を言っちゃダメなんですか? 今は性別うんぬんで決めつけるのはダメなんですよ!」
「ずいぶんと言うじゃないか。うむ、じゃあワタシと同じ黒タイツ、使ってみるか?」
「タイツ、ですか……?」
視線をに下げてスカートの裾から覗く、くるぶしから上にかけての黒の生地に覆われたほっそりとした足を見る
「そうだ、君のフェチの黒タイツだ」
「好きじゃありませんっ! もう、いい加減にしてください」
「ははは、そうか、では君の分を取ってこよう待っててくれ」
そう言い残してバタンと扉を閉めて去っていく。もう、ボクのことをバカにして。足フェチなんかじゃないのに……
しばらくすると、まだ新品の黒タイツを持って戻ってくる。包装には大きく製品名がプリントされている。よく見るとメーカー名は有名なスポーツ用品メーカーのものと同じだ。
「少し厚めだが、伸縮性があり履き心地は悪くないはずだ。サイズは少し大きめかもしれないが」
「いえ、無理言って持ってきてくれたので贅沢言いません……」
手渡されたタイツを受け取ってジッと見つめる。光沢感の包装中にある黒い布。ボクがこんなものを履く日が来るだなんて思いもしなかった。
パッケージには女性のモデルさんが太ももを晒したポーズをとっている写真と共に商品説明が記されている。
――女性らしいボディラインを……かぁ……
いくら今は女体化してるとはいえ、男としてこんなの……仕方ないとはいえ……というか……これって?
「すいません、タイツ履いたことないんですけど……これって下着の上から履くんですか?」
「当たり前じゃないか」
「そ、そうですよね……」
困った。ぴったりとフィットする下着ならまだしも、ボクが今履いているのは小学校高学年の頃に履いていたトランクス。
そのまま履くとなると絶対に邪魔になることが容易に想像できた。
「どうした?」
「あ、いえ……その……これって男物の下着の上から履いていいのかな……と」
「男物? ふむ、そうか、少し失礼する」
「――え? な、何を――って、きゃあっ!?」
口から可愛らしい悲鳴が出る。突然、スカートの裾に手が伸ばされるとガバッと捲られる。
「な、何してるんですかぁ!?」
「ほう、実にアンバランスな光景だな。女の子が男の下着とこういうふうに見えるのか」
「こんなのセクハラ超えてますって! 警察呼びますよっ!? 早くスカート下ろしてください!」
「おっと、これは失礼」
手を降ろした瞬間、逃げるようにボクは身を引く。
「黒咲さん、ボクが異性ってこと忘れてないですか? 異性に対して失礼です」
「すまん、悪かったな。それにしても困ったな。君は女物の下着を持ってないんだろう?」
「は、はい……というか、普通は持ってないと思います」
男が女の下着なんか持っててどうするんだという話だ。
「……ということは、君。ブラも付けてないのか?」
「ひっ……!」
推理する探偵のような顔になると、じっとボクの胸元に視線を落としてくる。嫌な視線を感じたボクはバッと身を抱きしめるようにして距離を取る。
「……なんでそんなに怖がってるんだ?」
「今度はボクの上着を剥ぎ取るのかと」
「よくスカート捲りはしても、さすがに強姦魔みたいな真似はしないぞ」
「よく? よくって言いましたっ? よくって日常的にやってるんですか? 黒咲さ――」
「とにかく! さすがにノーブラは駄目だ。ちょっと待っててくれ」
スマホを取り出すとポチポチと画面をタップする。何をしているか分からなかったが、しばらくするとバタバタと足音が聞こえてくる。
バンッと勢いよく扉が開かれる。ピンク色の髪がふわっと舞い上がりメイド服の少女が入ってくる。
「呼ばれました!」
やって来たのはこなこちゃんだった。手にはピンク色のフリル付きのブラジャーとパンツと青色のまた別のものを持っている。嫌な汗が出てきた。
「お、こなこくん。早かったな」
「はい! お困りあらばスーパーメイドのこなこちゃんが駆けつけます!」
「あ、あの……これは……?」
彼女はボクと黒咲さんを交互に見ては頭上にハテナマークを浮かべる。
「これはじゃないですよ! 女の子が下着付けてないって大大大事件ですよ! 問題ですよっ!」
「まあ、つまりだ。ワタシのモノは大き過ぎるから、こなこくんに余ってる下着を持ってきてもらったんだ。体格が近いからな」
淡々と理由を並べられあらかた理解できたが、納得いかない。だって……
「ま、待ってください。それってこなこちゃ――こなこさんの下着ですよね? え、ぼ、ボクが……?」
脳が拒む。だって、それはつまり……男のボクが女友達の下着をつけるってこと……だよね……? そっちの方が大事件だ。大大大変態じゃないか。
「あ、あの……さすがにそれは……」
「ん? アタシの下着が汚い言いたいのかー! 確かによく汚しちゃうけど……でも、これはよく洗ってるから大丈夫! 汚くないから!」
「そ、そういう問題じゃ……っ」
「ん? もしかして、雫莉ちゃんは下着シェアするのが恥ずかしいのかな? 安心したまえ、アタシは平気だから何も気にせず使ってくれたまえ!」
「そ、そういう話じゃなくて……っ! ボク、おと――」
男と言いかけて口が止まる。そうだ、こなこちゃんにはボクが男だってことを言えない。
「ん? おと?」
「な、なんでないです! と、とにかく、他人の物を着るなんてそんな……っ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「通販か何かで買えば……それか買ってきてもらうとか……」
「届くまでそれなりにかかるぞ? 買いに行くにしろそれまで何を着るつもりなんだ?」
「んぐ……っ! で、でも……その……」
「ほら、雫莉ちゃん。これとこれ、どっちがいい?」
そう言って2つのピンクと水色のブラジャーを目の前に差し出される。幼馴染の下着、そんなものが直視できるはずもなく目を逸らす。
「うぅ……っ」
「雫莉ちゃん〜?」
「そんなの見せつけないで……っ」
「だーかーらー! これとこれはどっちがいいのって聞いてるの!」
「〜〜〜〜〜っ」
有無を言わせなない口調で迫られる。逃げ場のないボクは観念するしかなかった……
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1週間期間が空いてしまいましたが、無事に失踪せずに最新話投稿できました。
これからは3日〜1週間ペースでの投稿になります。また、TS短編の方も近々公開予定ですのでそちらの方もよろしくです。
空白期間もたくさんの応援ありがとうございました!




