1-2 メイド長との出会い
「あ、あなたですか……! ボクをここに呼んだのはっ?」
「そうだ、雨蔵雫くん。正直、ちゃんと赴いてくれるか不安だったがね」
「当たり前じゃないですかっ! あんなメール一本じゃ普通来ませんよ!」
「その割には来てくれたじゃないか」
そう言われてしまえば返す言葉が見つからず黙り込んでしまう。彼女は小さく笑みを浮かべると顔を引き締める。
そして、真剣な表情になるとこちらをじっと見つめてきた。赤い瞳に射抜かれそうになるほどの強い眼光を放つ瞳に吸い込まれてしまいそうになる。
その目はまるで何かを探られているような気がして背筋がゾクッとする感覚が襲ってくる。
「ふむ、やはり君はお母さん似だな。目元がそっくりだ」
「えっ?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。この人、母さんのことを知っている……? そう思った瞬間――
「みこ……? はにゃ?」
完全に外野になっているこなこちゃんは不思議そうに首を傾げている。まずい、こなこちゃんの前でボクの名前を出したくない……
「それに雫って――シズくんのこと? え? あなたも雨蔵雫なの? えっ?」
ヤバい、バレそうだ。巫女関連にこなこちゃんを巻き込んではいけない。なんとかして誤魔化さないと……!
「ふむ、確かに息子さんと聞いていたが……ここに来たのは女の子……こなこ君は雫くんと知り合いなのかい?」
「はい! 幼馴染です!! 近所ではシズこなコンビで名を馳せていました!」
「ふむ……」
しどろもどろになっているボクを見て顎に手を置いて考え込む仕草を見せる彼女。とりあえず何とかこの場を切り抜けないと……
「あの……えっと……」
必死に頭をフル回転させるが全くと言っていいほどいい案が思いつかない。それどころかますます焦ってしまう始末だ
どうしようかと焦っていると、「なるほど」と不意に彼女が呟くと大げさに大きく口を開く。
「あぁ! すまない、名前を間違えてしまったよ。雨蔵雫莉であっているか?」
「へ……?」
「――雫莉くん……で、あってるか?」
唐突にボクの名前を捩った偽名を振ってくる。どういうことかときょとんとしてると、こちらを見るとふっと笑ってみせ、目配せしてくる。どうやら、状況を察して助け舟を出してくれてるみたいだ。
「は、はい! あ、あってます!」
「いやはや失敬! 名前を間違えてしまったようだな……」
芸能人のコント劇のように大げさに首を振る。その姿がなんだかおかしくて緊張してた気持ちが緩るむ。
「……しずり? ふ〜ん、でも、雨蔵ってシズくんと同じ苗字だよねっ? なんとなく雪ママにも似てる感じするし……」
いつもはおちゃらけてる癖になんでこういう時は察しが良いんだ、こなこちゃん。というかなんか近い。じりじりと近づいて来ている。
「う〜〜〜〜〜ん! ジーーーッ!」
「ちょ、ちょっと……こなこちゃ――こなこさんっ……!」
ちゃん付けで呼びそうになって慌てて止める。そんな中、メイド長が入って割ってくれる。
「こら、雫莉くんが困っているだろう? あんまり近寄るんじゃない」
「むぅ……なんか、他人の気がしませんね〜? どこかであったような……」
「それは彼女が君の友人の雫くんの親戚だからだ。偶然というのは奇妙なものだ」
「ほぇ?」
機転を利かして上手い言い訳をしてくれたようだ。どうやら、彼女はすべてを察してくれたらしい。
「まあ、立ち話もなんだ。2階に案内しよう」
「え、あ、はぁ……」
「こなこくんはここで店番の続きをしてくれ」
「あーん、なんか邪魔者扱いされてる気分〜」
「そんなことはない。ただ、君の仕事が残ってるということだけだ。ほら、さっさと行った行った」
渋々といった感じで仕事に戻って行く彼女を見送ると、店裏の関係者以外立ち入り禁止の扉を通って通路を通り階段を登る。
「2階はワタシやこなこくんの居住スペースになっている。まあ、ほとんど空き部屋だがな」
「え? こなこちゃん、ここに住んでるんですか?」
「住み込みで働いてもらっている。どうやら家の都合で帰れないらしくてね」
「そう……なんですか」
そんな話は一度も聞いてなかった。ボクが休学している間にいろいろあったんだな……
階段を上がり薄暗い廊下を進み木製の扉を開けるとリビングのような部屋に出る。大きなソファーや壁掛け式の薄型テレビ、ローテーブルなどが置かれていた。
スリッパが用意れており、中に入るとメイド長は靴を脱いで上がる。ボクもそれに倣うように脱いで入るとソファへ座る。
「まさか、君とこなこくんが知り合いとは思わなかったよ。世の中狭いものだな」
「ボクもここで働いてるなんて思ってませんでしたよ」
メイド長は対面のソファに座る。背もたれに身を預け脚を組む。黒のタイツにぴっちりと包まれた細い足が伸びていた。
足首からふくらはぎにかけてのスラッとした曲線美にドキッとしてしまう。思わず凝視してしまいそうになるのを堪え、目を逸らし平静を装う。
「くく、やはり君は本当は男なんだな。さっきから目線が厭らしいぞ」
「っ……」
意地悪そうに口元を歪めると目を細めてこちらを伺ってくる。
「もしかして年上が好みだったか?」
「ち、ちがいますよ……!」
「そうか? こなこくんを見る目より明らかに熱っぽかったが? ほら? 足フェチか? 私の足に見惚れてたのか?」
「もう! さっきからなんなんですか!? 別にそういう目で見てませんよっ!!」
ニヤついた笑みのまま挑発的な言葉を投げかけられ思わずカッとなって声を上げてしまう。それを聞いた彼女は満足そうに頷くと余裕のある顔を崩さない。
「失礼、やはり年頃の男の子をからかうのは楽しいな」
「ほんと性格悪いですね……あと、やっぱりボクが元は男だって気づいていたんですね?」
「そうだな、最初は半信半疑だったが、あの精霊のことだ。無理やり女にして巫女にするぐらい訳ないと思ってね」
「……ラチカさんのことも知ってるんですね。それで、貴女は何を知ってるんですか? 教えてください」
「ここに呼んだのは君の手助けするためだ。巫女としての使命を効率よく達成できるための提案をしようと思ってな」
「提案……? それって、どういうことです?」
こちらの様子を窺いながらじっと見つめてくる。しばらく沈黙が流れるとようやく重い口を開いた。
「――このメイド喫茶で働くことだ」
「……え? ――はぁっ!?」
ここまで読んでくださりありがとうございました。たくさんの評価、ブクマありがとうございます。
書き溜め分が無くなったので、更新頻度落ちますが、これからもゆっくりとお付き合いしていただければ幸いです。
本作は結構長編小説で考えているので、別にTS短編とか企画中ですので、もしよければそちらの方もよろしくお願いします♪