1-1 メイド喫茶『まーめいど』
人混みの中に紛れ駅から吐き出されるように出るとそこは華やかな都会の光景が広がる。天に向かって伸びるビル群、田舎では見ない量のたくさんのお店、そしてこの人の量。
バーチャルメイド喫茶の発祥地であるということもあり、サブカルな看板やメイド喫茶の宣伝板が目立っていた。まさにオタクの街。
それにしても何度来てもボクが住んでいた同じ市内にある街とは思えない規模だ。しかし、こんな街の中に巫女と何の関係があるっていうのだろうか。
地図アプリに記されたマップを頼りに目的に向かう。
「あっ、ご、ごめんなさい……!」
ドンっと前を歩くスーツ姿の男性にぶつかってしまう。彼は軽く頭を下げてそのまま過ぎ去っていく。
これでぶつかるの何回目だろ……ここまで来るのにも数回もぶつかりこうして謝ってきていた。
今までは背も大きくてこういう人混みでも視界はある程度は確保できたが、女になったボクの体は女性の中でも頭一つ分くらい低くなっている。
そのせいで目の前はまさに人の樹海だ。時たまに男の大きい人が来るとぶつかって倒されてしまうと思うと少し怖い。
女の人が巨体の男の人を怖いと聞くがこういうことなのだろう。ぶつからないように避けたり体を屈める様子など見るとどれだけ大変かがよく分かった。
「すいません……あっ、ごめんなさい……」
か弱い声で謝りつつ人を避けながら進む。それでも時たまに体に他人の手が当たる。その度にビクッと反応してしまう。
逃げるように人混みの多い駅を離れるようにして大通りから外れて、人気のデパートの裏道を通り抜けるようにして歩いていくと、カフェや軽食店が並ぶ比較的静かなエリアに出る。
ベンチには家族連れの人や学生などが座り談笑していたり、本を読みながらくつろいだりしている。
服やマネキンが飾ってあるガラス張りのショーウィンドウの前に出ると、ガラスに映った自分の姿を確認しようと立ち止まる。
映る姿はもちろん見慣れた冴えない男の子――ではなく、銀髪のロングヘア―の清楚な美少女だ。疲れ切った顔した彼女は体をひねったりして自分の体を凝視している。
――服、変じゃないよね……?
今着ている服を確認する。下はインディゴブルーのデニムパンツで、男の時と同じモノを履いてるはずなのにお尻や太腿の描く曲線のせいで違う服を着てるように見える。
上は大きな絵が描いてある白いカットソーの長袖シャツ。ブカブカ服の上からでも胸は存在を主張しており、やはり鏡を見るたびに自分が女になったんだどくどいほど知らしめられる。
何を着ればいいのか分からないので昔の子供の頃に着ていた服や靴を適当に引っ張り出したのだが、どうだろうか? 男物を無理やり着てるせいで変ではないか?
そう思いながら何度も見直す。女性のファッションはよく分からない……個人的には特に目立つこともなく街に馴染んでいるように見える……問題ないように思えるがどうしても視線を気にしてしまう。
ここまで来るときに街を歩くオシャレな女の人をたくさん見かけたし、明らかに色んな人に見られてた。
きっと、みんなオシャレで他の子と比べるときっとダサいと思われたりもしてるのだろう。そう思うとなんだが複雑な心境になる。
――女の子ってこんなに大変なんだ……ちょっと外出るだけでこんなにも疲れちゃうなんて……
ベンチに座ると少し休む。数分ほどボーっと空を見たり、辺りを観察したりして時間を潰す。
しばらくして思い出すようにスマホを開くとここに来たきっかけとなったメッセージを見る。女になって一夜――朝に突然送られてきた送り主不明のメール……その内容はこうだ。
『はじめまして、あなたに巫女についてお話があります』
ここの住所とともにこう書かれていた。半信半疑だったけど話の内容が気になって調べてみたらとあるお店がヒットした。
なぜ、そんなところに呼んだのか分からない。本当なら得体の知れぬ差出し人不明のアドレスからのメッセージに従う必要なんてない。
しかし、明らかに相手はボクが巫女だと知っているようだった。もしかしたら何か知っているかもしれない。そう思うと居ても立っても居られなかった。
――女になってしまった理由……神器、そして使命……何か情報が得られるならなんでもいい。藁にでも縋る思いである。確かめなきゃ……!
使命を胸に立ち上がると今度こそ目的の場所へと向かう。それは駅前の大通り沿いある。今一度、大通りに戻り地図を確認しながら目指す。
「あっ……これかな」
歩みを辞めて建物を見上げる。それは駅近のビルの中では少し低く、古びた外観で周りに比べて古臭い印象を受けた。
一階には店舗が入っており、二階三階の窓はカーテンに閉め切られていて中の様子は見えない。ボクが用があるのはその一階のテナント。
扉の前に立つと店名の看板が見える。入口の上部分には丸っこい字でメイド喫茶『まーめいど』と書かれていた。
改築したのか一階部分は綺麗に塗装され小洒落た喫茶店のようだ。レンガ調の壁に覆われ、ガラス貼りの大きな窓から見える店内はオシャレな雰囲気が出ていて外から見てもよさそうな感じだ。
メイド喫茶……確か、こなこちゃんもこういうところで働いているんだっけ。バーチャルメイド喫茶、ここもそんな感じなんだろうか。
カランコロン。落ち着いた鈴の音が鳴る。
「失礼しま――」
「おかえりなさいませぇ!! お嬢様!!」
帰りを待っていた子犬のよう現れたのは元気な声とその明るい笑顔で出迎えてくれるメイド服の女性だった。
ピンクの髪のセミロングに髪の両サイドをツーサイドアップにしている。目はぱっちりとしたかわいらしい顔立ちをしていて身長は今のボクより少し大きいが、女性の中では平均的な背丈だ。
スタイルもよく出るところは出て引っ込むべき所は引っ込んでいる理想的なボディラインをしているそんな彼女だが……
「こ、こなこちゃんッ!?」
そう、それは見慣れた幼馴染のその人だったのだ。まさか、ここで働いてるなんて……驚きのあまり開いた口が塞がらない。
「あらら? 私も有名になっちゃいましたね~そうです! 私こそがメイドさん界のアイドル! スーパーウルトラプリティーキュートなメイドのこなこちゃんです!」
ウィンクをしながらピースサインをする。相変わらずな感じのようで安心するが、当然、この銀髪少女が女になったボクとは気づかずにメイド喫茶の店員さんとして接してくる。
それにしても……メイド服……なかなか似合っている。こういうところのメイド服は露出が多いイメージがあったが、意外と正統派のクラシックタイプ。いかにもというようなサブカルなメイド服という感じではない。
パニエを入れたスカートの裾は膝下よりも長く、胸元が大きく開いていないデザイン、丈の長いクラシカルな感じのメイド服といった衣装である。
普段は制服姿しか見ない幼馴染のメイド姿はなんだか新鮮に見えた。
「さあさあ綺麗で可愛いお嬢様! こちらへどうぞ♪」
「へ? あ、ああ……えっと……ぼ、ボクは客じゃないよ……いえお客じゃないです」
「まあまあ♪ 細かいことは気にしないのです」
「ちゃんと聞いてくださいぁ〜い!」
そう言って背中を押され、誘導されるまま店の中へ連れられる。お店の中は綺麗に掃除されていて清潔感がある。レトロな内装で照明などの装飾は落ち着いた雰囲気を感じさせる色合いのものが多い。
テーブルと椅子は落ち着いた焦げ茶の木製家具で統一されており、大人っぽい印象を与える。レジの横には美味しそうなケーキやマカロンなどが陳列されているショーケースもある。
彼女は椅子を下げて席を用意するとこちらに座るように促す。
「あの、ボ……私、お客さんじゃなくてちょっと聞きたい事があって来たんですけど……」
「まあまあ、お茶ぐらい出させてください。せっかく来てくれたのですから♪」
そう言って慣れた手つきでテキパキと準備を始める。その様子を黙って見つめているしかない。
真昼だというのに店内は閑散としていてボク以外には誰もいない。もしかして、あまり繁盛していないのかな……などと失礼なことを考えつつも大人しく待つことにした。
しばらくするとカップに入った紅茶が運ばれてくる。湯気が立ち上っており甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「そのぉ、話があって来ただけなんですけど……」
「はい、公式チャンネルのことですか? それとも、サインでしょうか? チェキだけという方もいらっしゃいますよ! あっ! それともワタシの配信のご感想とかですかぁ! 嬉しいです!!」
「あ、違いますって……」
我の強い彼女に話を遮られる。しかも勝手に的外れなことを言い始めて否定しても止まらない。メニューやチャンネルに飛ぶためのQRコードまで出してくる始末だ。
あまりにも勢いに巫女なんて手掛かりが最初からここにないんじゃないかと疑問に思う。
――やっぱり、何かの間違いだったんじゃ……そんな気持ちを抱き始めた時だった。
「こなこさん、お嬢様が困っていますよ」
第三者の声が割って入ってくる。振り向くと厨房の奥から背の高いメイド姿の女性が姿を現したのだ。
長い黒髪をストレー卜にした髪型、つり目がちな目が冷たいナイフのような鋭さを見せる。口元はへの字に曲がっておりクールビューティという言葉が似合う容姿をした女性だ。
細い眉と切れ長の目に見つめられると心を見透かされたようでドキドキする。
モデル体型のような高身長で圧倒的な高さから見下される視線はかなり威圧感を感じるものだった。
引き締まった身体つきをしていることもあり、メイド服がとても映えており格好良く見える。
そんな彼女がこちらを値踏みするような視線を向けたまま近づいてくる。心なしかその視線は何か期待しているように見えた。
「め……メイド長ッ!?」
それを見たこなこちゃんがびくつきながら声を上げる。その表情からはさっきまでの強気な態度は無くなっていた。まるで蛇に睨まれたカエルのように縮こまっているように見える。
メイド長――この人はただの従業員じゃなく、もっと偉い立場の人なんだと呼び名で理解した。
「こなこちゃん、人の話は最後まで聞くようにと何度も注意していますよね?」
「ひ、ひぃ! ごめ――」
「申し訳ございません――と、言葉遣いがなっていませんね。それに謝るのはワタシではなくお嬢様に対してですよ」
「申し訳ござません!」
「あ、あ! い、いえ……」
土下座しそうな勢いで頭を下げる。あのこなこちゃんをここまで怯えさせるとは一体どんな人なんだろう……想像がつかない。
そう思いながら恐る恐る顔を上げ様子を見る。すると、ニヤリと笑みを浮かべこちらを見ていた。
「うちの新人がご無礼を致しました。久しぶりにお嬢様にお会いできることを楽しみにしておりましたので舞い上がってしまったようです――と、メイド接客はここまででいいでしょう」
鋭い眼差しが緩むと表情も穏やかになり、口調も穏やかになる。さっきまでの圧はなくなる。
「待っていた、巫女である君のことをね――」
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