0-4 序章エピローグ
眼前に広がるのは見慣れた天井だった。汚れやシミの数まで覚えているいつも光景。自室のベッド――寝転がっている体勢のまま辺りを見渡す。
何も変わらないいつもの部屋。しかし、机や本棚には何もなくを部屋の真ん中に荷造り用の段ボール箱が三つ置いてあるだけの殺風景な空間になっていた。
「夢だった……のか?」
起き上がって考える。妙に頭が冴えている。確かに僕は山に登ってあの精霊に会って世界樹のことを聞いて巫女になって……それから気がつくとここに帰ってきていた。
「やっぱり夢――……だよね?」
よくよく考えればあんな現実離れしたことなんか起きるはずない。女の子が浮いたり、巫女だのそんなことがあるはずない。
「うん、そうだよ……そうに決まってる」
自分に言い聞かせるようにして納得する。あれは夢だったんだ。だって現実味がなさすぎる。
ドンっとフローリングの床を踏みしめ手ベットから立ち上がる。いつから眠っていたのだろうか? 時計を見ると17時を過ぎていた。カーテンを開けると夕日が差し込んでくる。
どうやら結構な時間を寝ていたようだ、夕食の支度をしなければ。そう思い足を部屋の出口に向ける。その時だった、頭からひらひらと花びらが落っこちてきた。
それを拾い上げて手に取る。
「これって……」
薄紅色の小さな花びら、間違いない。夢の中であったあの少女の後ろにあった桜の木が散らしていたものだ。
「――そんな、まさか……」
実感が湧いてきたと同時に胸が高鳴っていくのが分かった。ドクン、ドクンと心臓が脈打つ音がする。
青い空、大きな巨木、幻想的に舞う桜の花びら。そして、ラチカさんの微笑みとあの手のぬくもりを思い出す。
夢にしては鮮明に残る記憶。信じられないが花びらが夢ではないとそう証明している。
――じゃあ、僕は本当に巫女になったの……? 実感はわかないけど……本当に……
……自分の体を改めて確認してみる。その時、初めて気づいた。
「なっ……え? ああっ!? ええぇぇぇーー!?」
――部屋に高い《《女の子》》の悲鳴が自分の喉奥から響いた……
なんで今まで気が付かなかったのだろうか。よく聞いてさっきからずっと自分の声がいつもより圧倒的に高い。それにこれ……
おそるおそる視線を落とす……服越しに二つの胸の膨らみが存在を主張するかのように押し上げている。
――なんでこんなモノがあるのか? どうして男の自分に? 色んな疑問が浮かび上がったが……そんなことより――……
「ごく……」
どんな姿になろうとボクは雨蔵雫という人間の前に一人の男の子なんだ。ボクだって人並みに女の子の体に興味あるし、エッチなことだってしたことある……
思春期のボクにどって触ってもいい女体というのはとてつもない誘惑であり、それを跳ね返せるほど強靭な精神をしていなかった……
「……っ」
思わず胸に手を当ててみる。そこに感じるものはいつもと違った感覚があった……
――ふに……柔らかい……そのままぐっとゆっくりと押しつぶすがむにゅっと音を立てて沈み込み、柔らかく形を変えるのだ。
「……ぁ」
胸を揉んだ途端に慣れない環境に変な声が出てしまう。それと同時にこの胸はただくっついているのではなく、自分の体をそのものであり、自分が男ではなくなってしまったという証明でもあった。
「そ、そんな……こんなこと……」
か弱く貧弱な声が寂しく部屋に響く。体の変化に思考が追いつかずに頭が真っ白になってしまう。どうにかなってしまいそうだ……
「……」
頭がヒートアップする……変な気分だし、意味わからないし、どうすればいいのか分からない……あまりのショックにペタンとその場に崩れ落ちると、胸がふるるんと揺れる。
「本当に女になっちゃってる……うわぁ、体が……」
細くて白い指、手の作りもゴツゴツとした作りではなく、しなやかで丸みを帯びている。筋肉がなくなり腕はスッとしたなめらかな曲線を絵描き、二の腕にあった鍛えた筋肉は無くなり少し脂肪がついて柔らかな感触へと変わっていた。
背中や腰回りも丸みを帯びたように輪郭を変え、全体的に華奢な身体つきになってしまった。
脚を見るとムチッとした太腿が目に入り、スボンの上からでも分かる程よい肉付きと柔らかそうな女性らしい脚線美を作り出していた。
もちろん股間には何もない。女にアレが付いてるがおかしいのだが、ボクに付いていないのはおかしい……あはは、何言ってるんだろ……ボク。
「顔は……どうなってるん? ……そ、そうだ、スマホ、スマホがあれば……カメラで……」
慌ててスマホを探す。いつも入れておいた場所を見るもどこにもない。焦りながらキョロキョロと髪を振り回しながら見渡すと代わりに机の上にポツンと置かれているのが見えた。
急いで駆け寄る。そのとき、体の変化によりぶかぶかになったズボンが引っ掛かり倒れてしまう。
「うっ! いたた……っ! ――ぐっ……!」
痛みに耐えながらも起き上がると机の上からスマホを取ってすぐに確認する。いつもよりも大きく感じるそれを起動させてカメラモードに切り替え内カメラで鏡代わりとすると今の自分を確認する。
「――これが……ボク?」
そこには美少女がいた。短かった銀色の髪は今では腰あたりまで伸びていて、ぱっちりと開かれた二重瞼の大きな青い目が不安げに自分を見つめている。
透き通るような白い肌にぷにっとした頬、スッとした鼻筋、潤いのある艶のある唇が目に入る。
街を歩けば男女問わず振り返ってしまうくらいの美貌がそこにあった。思わず見惚れてしまうほどに整った顔立ちをしている。ペタペタと顔を触ると画面の中の彼女も真似をするように触れる。
「ボク……女になっちゃった…………」
今回はたくさんのブックマークありがとうございます。長くなりそうなので一度エピローグという形で切り上げます……次回は一章突入です。メイド喫茶編、お楽しみにです!