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0-2 桜花神社


 桜華神社は町外れにある山の上にある。山の真ん中までは人やちょっとしたキャンプ場になっていて賑わいを見せているが、そこから頂上までは獣道のような舗装されていない道が続いている。


「はぁ、はぁ……ふぅ……」


 体力には自信はあるがこの道を歩くとなると少ししんどい。地面に散らばっている落ち葉や木の枝を踏みしめ、スマホや途中にある看板を見ながら歩いていく。


 今日は風が強いな……風が吹くたびに上着がバタバタと音を立ててはためき、ザァーっと森がざわめき始める。風で前髪が押し上げられて鬱陶しい。


 木々の間からは眩しい日光と青い空が覗き、自然豊かな緑の世界に神秘的な輝きをもたらしていた。


 目を奪われるような光景だが悪寒のような妙な胸騒ぎがあった。温かな春の風が冬の風のような感じた。これ以上、行ってはならない……そんな気がした。


 ――いや、何かの気の迷いだ。


 母さんの最期の言葉を確かめる。目的を再確認し気を引き締める。きっと、母さんが死んだりいろいろあって疲れているだけだ。


 だんだんと森が開けてくる。ザッザッ……と、靴音を鳴らして登り切るとそこには開けた場所に出た。


「ここか……」


 山の中にポツンと立っている寂れた鳥居、境内には神社の跡だったと思われる崩れた社があり、奥の方には大きなご神木が見える。


 お辞儀をして鳥居をくぐり抜ける。すると、あれだけうるさかった風は止み、木のざわめきも止まった。まるで、時間が止まったかのような静けさ、異世界に足を踏み入れてしまったような気分だ。


 母さんはなんでこんなところに……寂しく靴音を鳴らして中を散策する。どれだけ放置されていたのだろうか、人が来た痕跡は何もなく、苔や雑草で荒れ果て、朽ち欠けた葉やカビた苔の匂いが鼻につく。


 行けと言われたから来てみた。そんな軽い感覚で来たものだから何をすればいいのか分からない。というよりも、何もない。


 そう、建物はもはや自然に返る一歩手前で崩壊寸前である。社の近くには雨水が溜まっており、その中には魚が一匹プカプカと浮かんでいた。


「どうすりゃいいんだこれ……」


 いくら考えても分からないものはわからない。母さんが言った『桜華神社を訪ねなさい』そう言われても訪ねるべき人がいないんじゃ話にならない。


 ――もう帰ったほうがいいのか。そう思いながら社の残骸を調べていると、一本の木が気になった。


 それは大きな幹を持つ垂れ桜だった。大きく枝を天に向かって張り巡らせ、桜色の花びら雪のように降らせていた。


 ボロボロになっていく人工物に対して自然の力強さを見せてくれるその巨木に見惚れてしまった。


 爽やかな花の匂い――良い匂いだ。思わず微笑んでしまうような……母さんが死んでから久しぶりに笑った気がする。


 木に近づく。大きな木影に入ると涼しいそよ風と春の香りに包まれる。頬を撫でる優しい風に気持ちよく空を見上げると、ピンク色の花弁が舞っている。


 青と白のマーブル模様と桜色のコントラストはとても綺麗だった。心を洗われるような気分だ。吸い込まれてしまいそうな光景を前を閉じる。


 ――母さん、よくわからなかったけど、たぶんこの景色を見せたかったのかな?


 真意は分からないけど確かに少しだけ元気をもらえた気がする。もうちょっと頑張ってもいいかもしれない……そう思って神社を跡にしようとしたその時だった。


 後ろから吹いてくる風とともに甘くて神秘的な匂いが鼻腔を満たす。


「あの人の雰囲気を感じる……君は誰?」


 後ろを振り向くと桜降る中に一人の少女が佇んでいる。黒髪に和装を身に纏う明らかに不自然な格好をした子だった。


 こんな山の中、道も整備されてない廃れた神社に巫女さん? この子はいったい何なのか……


「ねぇ、もしかして見えてる?」

「……え?」


「見えているのね。不思議ね、男の子なのに見えるなんて、でも、男の子が巫女候補なんて……」


 何やら不思議なこと言っている彼女。男の子? 見えている? 何を言っているんだこの子は……?


「君は一体いったい……」

「私を見て驚くのは仕方ないわ。私は……」


 言い淀む彼女に疑問を抱きつつも、続きの言葉に集中する。


「私はこの世界樹の精霊。この地の繁栄と巫女を見守る者……あなたは選ばれたのよ」

「精霊……!? 選ばれたって……き、君は一体、何を……っ!」


「驚くのも無理は無いわ。私を見たひとはみんなこう」


 ジリジリと詰め寄ってくると顔をじっと見られる。女の子にこうも目と鼻の先まで迫られて平然といられるほど男としての精神力は高くない。心臓の音が激しくなっていく。


「そっか、あなた雪菜の息子なのね……」

「えっ! な、なんで、母さんの――」


「納得、それに砂糖の甘い香り、あなたも雪菜と同じ、お菓子作りしてるのね……でも、悲しい香りが混じってるわ」


 悲しげな顔をする彼女に言葉が詰まってしまう。まるで心の中を見透かされているみたいだ。その赤い瞳に意識が吸い込まてまるで催眠術にかかったように動けなくなってしまう。


「あなた名前は?」

「え、あ、えーと、雨蔵――」


「下の名前は?」

「雫です……」


  妙な気迫に押されて流されるように答える。「そう」と呟くと彼女の顔が離れていく。


 一気に物事が起きすぎて頭が追いつかない。この子はいったい何なのか、なんで母さんのことに妙に詳しいのか、世界樹とは何なのか。


 こんなのどうしろと……パンク寸前の僕に追い打ちをかけるようにとんでもないことを口にした。


「選ばれしあなたにお願い……姫巫女として力を貸して欲しいの――」

 ここまでご閲覧していただきありがとうございました。評価とブクマもありがとうございます。

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