第5夜ー3
試合終了のゴングが鳴り響いた。
剣太が目覚めると、留置所の中にいた。柵の向こうにはこちらに視線を送る佐藤の姿がある。
「君が呼んでくれたおかげで、被疑者である服部アキラと話すことができた」
呼んだ、という表現がよく分からなかったが、剣太は頭を下げて、そして佐藤に尋ねる。
「あの、結局どうなったんですか?」
「服部アキラは佐藤夫婦を殺害したと自供しました。これから送致します。拘留中に精神鑑定を受けることになるでしょう」
「そうですか」
「服部アキラから事情聴取しているときに自宅のほうに捜査が入って、部屋のベッド下に置かれていた袋の中から訊いた内容通りのものが出てきた。残されていた血痕と現場に残された血痕のDNAも一致した。あと昨日提出してもらった野中剣太の毛髪と、押収した衣服に着いた毛髪のDNAも一致した」
「そうですか。もう逃げられないですね」
剣太は何となく感情の赴くままに笑ってみた。しかし、佐藤は一切笑わなかった。
「逃げるつもりだったのか?」
「まさか。何となく家には暫く帰れない気がしてたので。やっぱりもう一人の人物が殺しちゃってたんですね。僕の中にいる人物とは言え、恐ろしいですね」
「そうだろうな」
曖昧さを含めた返事をする佐藤。手には使い古された手帳が握られている。
「最後に野中剣太に訊きたいことがあるんだが」
「何ですか?」
「自分の中にもう一人の人格が存在していること、事情聴取する前から知ってたんだよな?」
「いえ。気のせいじゃないですか? 自分が二重人格者だなんて知りませんでしたよ。初耳です」
剣太は口角を少しだけ上げて微笑んだ。
金属の扉が開かれる。またも金属音が擦れる音がした。
「時間だ。行くぞ」
「はい」
重い身体を起こす剣太。手を指し伸ばす佐藤。その手をしっかりと掴む。
「どれぐらい先になるか分からないが、必ず会いに行くから。それまでは一人で頑張れよ」
佐藤が剣太の耳元で囁く。初めて兄の存在を身近に感じられた気がした。