第5夜ー2
その人物は、待ち構える佐藤の目の前に、大きな態度で現れた。
「現われましたか」
「は?」
「今日はゆっくりとお話ができそうです」
「何言ってるんだよ!」
「君はやはり二重人格者なようですね」
「だから何だよ。お前には関係ないだろ」
「関係ありますよ。ところで、君の名前は?」
「服部アキラ」
「服部アキラ君か。年齢は?」
「二十三」
「そうか。じゃあ君のほうが年下だ」
「っなこと今関係ないだろ」
「そうですね。失礼しました」
「あんた、いつ気付いた? 俺が野中剣太と服部アキラの二重人格者であることを」
「へぇ、服部アキラは二重人格であることに気付いているのか。なるほど」
「なるほどじゃない。しかも、俺のことフルネームで呼ぶな。呼ぶならアキラさんにしろ」
「分かった」
「あと、丁寧な言葉遣いをしろ。いくら年下だろうが偉いのは俺のほうだ」
「分かりました」
「で、どこで気付いた?」
「野中剣太は内股気味な歩き方で、まじめな性格をしている。その一方で、目撃情報があった人物や防犯カメラに映る人物は大股で歩幅が広く、癇性を持っているようだったからな。だから野中剣太にはもう一人の人格が存在しているのだろうと推測した。それだけですよ」
「何笑ってんだよ。それだけじゃないだろ? 答えないと殺すぞ」
「やはり勘が鋭いですね。殺されるのは困りますし、これ以上被害を増やしたくないですからね、正直にお話しますよ。二つ目は服装です。野中剣太は派手なカラーの服を好むのに対して、アキラさんは黒しか好んでいない。三つ目は、一時的に記憶をなくすということです。普段は野中剣太として生活しているが、何かの拍子にアキラへと人格が入れ替わることによって、この間の記憶が野中剣太には刻まれない。そのために記憶していることに違いが見られる。この三つの点から、野中剣太野中にはもう一人の人格が存在していると思ったのです」
「流石だな」
「お褒めいただきありがとうございます。では、次はアキラさんに訊きます。先ほどアキラさんに聞かれたことに答えましたから、次はアキラさんがこちら側の質問に答えていただきたい」
「仕方ねぇな。答えてやるよ」
「それでは、十月十六日の二十時半頃からのお話を訊かせていただけますか?」
「八時過ぎ、俺は野中剣太からバトンを受け取り、着ていた服をすべて脱いで、黒のセーターの上に黒のパーカを羽織り、黒のスウェットパンツと黒の靴下を履いて、黒の靴で出かけた。現場に着いたのが十時過ぎだったと記憶している。それで、親が住む家の窓ガラスを割って土足のまま中に侵入した。実の息子が訪問したってのに、悲鳴をあげるもんだから、キッチンにあった包丁で一回ずつ、な。その瞬間は快感だった。一瞬にして声をあげなくなったからさ、清々しくて気持ちよかったんだよ。笑えるだろ?」
「何も笑えませんよ。北区の佐藤夫婦殺人事件の被疑者は服部アキラ。間違いないか?」
「そうだよ。殺人事件をやったのは俺だ!」
「何のために殺人をしたのですか?」
「それは、俺を捨てたことに対する恨みを晴らすためさ。俺は生まれてすぐから虐待を受け続けて、施設でも虐められて、そのせいで野中剣太は七歳で二重人格者になったんだ。それから今日までずっと、野中剣太の中で俺は生き続けてきた。八歳で今の親に引き取られて生活が安定しても二重人格は治らなかったし、学校に行っている最中でも関係なしに人格が変わるから、それが理由で虐められた。今はだいぶ落ち着いてきたけど、それでも弄られる。これは俺自身の問題じゃない。捨てた親のせいだと思った。だから殺した。それまでだ」
「そうですか。自供しましたね。ということで、二重人格のうちの一人の犯行ですから、送致後、詳しくは勾留期間中に精神鑑定を受けてもらいます。いいですね?」
「なんで俺が送致されて鑑定を受けなきゃならないんだよ! おかしいだろ!」
「暴れるな! さらに罪を重ねるつもりか!」
「そんなつもりはない」
「だったら落ち着きなさい」
「落ち着いてられるかよ」
「服部アキラは殺人事件の被疑者。これが現実だ。受け入れなさい」
「・・・・・・」