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第5夜ー1

 少し黄色味がかった白の柵で閉ざされた空間。蛍光灯が明々と廊下を照らしているのに、ここには光すら届かない。まるで闇みたいだった。冷たいゴム製の床の上で、体育座りで待つ。目の前には綺麗に畳まれた状態の布団が置かれている。


午前七時ちょうど。佐藤が頭を深く落とした剣太に声をかける。


「布団、使わなかったのか?」

「・・・」

「昨日はよく眠れたか?」

「眠れるわけないじゃないですか。だって、佐藤さんが僕の兄さんだなんて。そんなこと急に言われても、簡単に信じられませんから」

「そうだよな」


鍵を取り出し、差し込む。鉄同士が擦れる音が耳障りだった。


「今日から僕のこと名前で呼ぶんですか?」

「十六年振りに会えたんだ。本当なら名前で呼びたいところだが、今の立場は殺人事件の被疑者と、それを捜査する刑事いう関係。さらに踏み込めば、血縁関係にある親を殺した犯人と、実の親を弟によって殺された被害者家族という関係でもある。だから無理だ。諦めるんだな」


鈍い音を鳴らしながら扉が開く。剣太は何もない天井を仰ぎ見る。


「捜査に私情が持ち込めるとでも思ったのか?」


剣太の心が炎のごとく燃え上がる。分かっていることを回り諄く言ってくるその口調に。


「僕は、昨日まで虚偽の内容を言ってました。だから、今日は真実の内容を言います。一度しか言いませんから」

「それで構わない。とことん聞かせてもらいます」


 目の前に座る佐藤仙太は、昨日今日とじゃ何も変わらない。変わったのは剣太自体のマインドだ。


「十一月十六日は週三回の部活の日だったので、帰宅したのが十七時五十分でした。帰宅してすぐに夕食を食べ、制服から着替えて自室で現代文の課題と物理の課題をやりました。終わってから風呂に入ろうと一階に降りたんですが、洗濯物を部屋に置き忘れたことに気付いて取りに戻りました。それがちょうど二十時三十分でした。ここまでは憶えているんです。ただこの先、性格には翌日の朝六時に目覚めるまでの間、記憶が全くありません」

「つまり、空白の八時間半が生まれていたということか」


過去の事情聴取の内容でも思い出しているのか、佐藤は眉間に皺を寄せている。剣太にとっては居心地の悪くなる間だった。


「それで、帰宅してから着ていた服は憶えていますか?」

「緑色の長袖シャツにワンポイントで刺繍が入っている青デニム、黄色の靴下です」

「翌日、目が覚めたときに着ていた服は憶えていますか?」

「黒いセーターに黒のスウェット、黒の靴下でした」

「記憶がない間に服装が変わっていた」

「そうです。僕は私服で黒を取り入れることがないので、何で黒い服を着ているのか分かりませんでした」

「なるほど」


相づちのような返事だったために、剣太は自分が話す内容に何かおかしな点でもあったのかと不安になった。


「目が覚めてから足元を見ると、黒色の物体が丸まった状態で置かれていました。それを持ち上げて広げてみると、左側が少し伸びたフード付きのパーカーで、腹部辺りと袖に黒い染みが飛び散るようにして付着してたんです。しかも血生臭い匂いがしたので、染みが血であることに気付いて。憶えもないし、怖くなったので、パーカーと自分が着ていた服をすべて脱いで袋に入れました」

「その袋はどこに?」

「ベッド下に置きました。両親に見つかっていなければ場所は変わっていないと思います」


そう剣太が答えると、佐藤の近くに立っていた男性が落ち着きつつも足早に、ドアを開いて取り調べ室を出て行った。床をしっかりと踏む靴音が耳の中で反響する。


「衣服が見つかって、鑑定してDNAが一致すれば、君は送検される」

「そうですか」

「不服そうだな」

「そりゃそうですよ。だって僕は何もやってないんですから」

「本当に、やってないんだな?」


佐藤の目は刑事ならではというか、奥まで見据えているような感じだった。


「だから、何回も言ってるじゃないですか。僕は何もやってませんから。信じてくださいよ」

「無実を証明したいなら、警察じゃなく弁護士を頼るんだな」


剣太は言いたい台詞を飲み込んだ。


「逮捕される前に、五つ目のニュースを伝えたほうがよさそうだな」

「お願いします。教えてください」

「十一月二十二日。今日は良いとも悪いとも言えない内容だな」

「どんな内容ですか?」

「十八日に任意同行を求めてから今日までの五日間、色々と話を訊かせてもらった。そこで警視庁捜査一課はとある一つの結末に辿り着いた」

「何ですか?」


事も無げな様子で首を傾げる。だが、心が何だかざわついて落ち着かない。


「北区の佐藤夫婦殺害事件の被疑者が野中剣太だということに」


パイプ椅子が軋む。


「それ、さっき聞きましたよ。と言うより、僕は被疑者じゃありませんから」


否定する剣太。確信に迫ろうとする佐藤。二人の間には妙な空気感が漂い始める。


「いや、正直に言えば野中剣太ではない」

「あの・・・、言ってる意味がー」

「真の被疑者はー」


剣太の言葉を遮るように言葉を被せる佐藤。全身に力が入る。


「野中剣太の中に存在するもう一人の人物」

「嘘だ・・・!」


椅子から立ち上がる剣太。机についた両手がジワジワと痺れてくる。


「嘘じゃない。だから、そのもう一人に十六日の夜、何をしていたかを訊く。絶対に被疑者を逃さない。覚悟するがいい」


佐藤はやけに鋭い視線で、心が乱れる剣太を見続けた。黒目の奥で光る何かに反応したかのように、剣太は再び記憶を失った。まるで催眠術にかかったかのように、静かに。

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