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第4夜

 逮捕された剣太は、着ていたお気に入りの青のトレーナーとデニムを脱がされ、上下グレーのスウェットに着替えさせられて、持ってきた荷物もすべて取り上げられた。環境が変わったからか碌に眠ることもできず、寝たり起きたりを繰り返すうちに午前七時になっていた。


窓に叩きつける大粒の雨。それをサウンドに剣太は呼吸する。どうして剣太は自分が逮捕されたのか未だに分かっていない。それなのに、任意同行されたときよりも、逮捕されてからのほうが精神的にリラックスできていた。


「今日からは本格的に取り調べさせてもらうよ」


剣太が頷くと、咳払いをして取り調べ室の空気を支配する。


「じゃあ、まずは昨夜の続き。事情聴取のときに抱いた不明点のことだが、それは記憶に関してなんだよ」

「記憶?」

「話によると、君は一時的に記憶をなくすことがあるそうだね」

「はい」

「でもね、初めて君に事情聴取した十八日。その日は記憶をなくすことがあるなんて話は、一切出てこなかった」

「え」

「聞いたんですよ? 十一月十六日の午後九時から午前零時の間、どこで何をしていましたか、ってね。そしたら君は、こう答えた。『二十一時過ぎには、既に寝ていた』と」


 初日にそうやって答えた記憶は・・・、残っていない。


「十八日だけじゃない。三日目。あの日は丸岡さんが事情聴取の担当をしていたが、そのときにも全く同じ質問を訊いた。でも君は、初日とも、二日目とも違う回答をした。『その時間は外出していた』って答えたんだよ。変だよね。初日には寝ていたと答え、二日目は記憶がないと答え、三日目は外出していたと答えるなんて」


 剣太は思った。自分は完全にその瞬間の記憶を失くしていると。


「この三日間の発言内容は、記憶にあるのかね?」

「二日目だけ」

「そうか。つまりは、君は取り調べの途中でも記憶を失っていた、ということだね?」


何て答えれば良いのか分からなかった。認めるか、認めないかの葛藤が脳内で起きているから。


「一旦話を変えよう。先に訊いておきたいんだが、君はどういうときに記憶を失くしていることに気が付くんだい?」


 剣太はしばらくの間、自分が記憶が失っていたと気付いた瞬間について、一定のリズムで喋り続けた。


「なるほどな。だとすると、十一月十六日の午後九時から午前零時にかけても、そういう感じだったりしたんですかね」


佐藤の質問に、剣太は黙った。このとき剣太が黙ったことを別の意味で捉えたのか、佐藤は「失礼」と少しは申し訳なさそうな言い方をする。


「その、記憶を失くしているということについて、もう少し詳しく訊かせてくれるかい? 捜査に関係することだからね」

「分かりました」


 時折眉間に皺を寄せながら、剣太の話に耳を傾け続けた佐藤。そんな折、剣太の言動に不審な点を見つけたのか、少し眉を顰めた。


「どうしました?」

「一つお聞きします。十一月十七日の起床時、いつもと様子が違うといった気付きはありました?」

「普段と変わらなかったので、気付いたことは特に」

「そうですか」


佐藤は顎を触りながら小さな唸り声をあげる。


「学校で変わったことはありました?」

「ないです。いつも通りでした」

「そうですか。では、十一月十八日はどうでしたかね?」

「この日も普通でした。任意同行されるまでは」


剣太は真顔で答える。表情一つ変えずに淡々と喋る剣太に佐藤は疑問を抱いているようだった。


「なるほど。話しをまとめると、十一月十六日の二十時半頃から十一月十七日の六時頃までの記憶がないだけで、それ以降、事情聴取の際に短時間の記憶は失っているものの、長時間の記憶を失っているということは無い、ということになるんですが」

「合ってます。今仰ったことで」

「分かりました。では、ここでもう一度、防犯カメラの映像をー」


 剣太は再び、パソコンに映し出された防犯カメラ映像を見せられた。前回と全く同じ映像が流れるだけで、小細工されたりとか、そういったことは無さそうだった。


「この映像をみて、何か思い出したことはありませんか?」

「ありません」

「そうですか」


ここで仮にハイとでも言っていたら試合終了だ。


「あの、待ってください。思い出すもなにも、これは僕じゃないですよ」


フフッと不気味な笑みを浮かべる佐藤。


 以降、カメラに関してのことは何も言わなかった。


「時間になったから、今日もニュースを伝えるよ。十一月二十一日。今日もグッドニュースだね」

「昨日の続きですよね。僕に生き別れた兄がいるって」

「ああ。野中剣太の兄の名前は、佐藤仙太(さとうせんた)。年齢は二十五。職業は・・・」


佐藤は喉仏を大きく動かして唾を飲み込んだ。


「捜査一課の刑事だ」

「刑事-」

「しかも、君のすぐ近くにいる」

「・・・、まさかー」


剣太の黒目は、目の前に座る佐藤を捉える。


「会いたかった。ずっと、剣太に」


剣太の唇は痙攣しているみたいに小刻みに震える。そして、瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。

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