第2夜
悪夢に魘されながら目覚めた朝。時計の針は午前七時を指していた。寝ぼけ眼のままクローゼットの中から適当に服を選び、用意された朝食を食べた。そして、警察が迎えに来るのを待った。その間、アイツが顔を出すことはなく、落ち着きを見せていた。
午前九時半。剣太は再び警察署内へ入り、昨日と同じ取調室に案内された。また同じあの男性に質問されると思っていたのに、目の前に現れたのは三十代ぐらいの女性だった。髪は短く切られ、サバサバとした性格をしていそうだという印象を抱いた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「今日も任意同行に応じていただいて、ありがとうございます」
「いえ。昨日は色々とお騒がせしてしまい、すいませんでした」
昨日の行動について謝ると、その女性は微笑みを返すだけだった。
「私は、今日の取り調べを担当する橋本です」
「お願いします」
「では、お話を伺っていきますね」
優しくも鋭い視線を向ける。剣太その目を見ながら、「はい」と言った。
「あなたは事件があった日、十月十六日の午後九時から午前零時までの間、どこで何をしていたか覚えていますか?」
「憶えてないです。全く記憶がなくて」
「全く、ですか?」
「はい。平日なのでお風呂に入るとか、課題をしてるとか、それぐらいの時間だと思うんですけど、ちょうどその時間から翌朝の六時頃までの記憶がなくて」
「記憶が、ない・・・?」
「はい」
剣太の発言に不明なことでも感じたのか、顔を顰めた。
「記憶が無くなるのは、普段もよくあるんですか?」
「はい。でも一時的なものなんで」
「一時的?」
「例えば、授業ノートの取り方を忘れたりとか、ほかにもー」
それから剣太は橋本からいろいろと質問をされ続けた。その間も現れる気配はなかった。
ただ、現れないうちに引き上げておかなければ、何かの拍子に姿を見せる可能性があると判断し、剣太は橋本から事件のことを訊かれている途中で右手を挙げた。
「どうしたの?」
「あの、そろそろ帰ってもいいですか。また昨日みたいなことになったら、ご迷惑をおかけするだけなので」
一瞬だけ表情が曇ったように見えたが、剣太の方を見て、「いいですよ」と言った。
「でも、まだお聞きしたいことがあるので、明日も事情聴取させていただいてもよろしいですか?」
「明日もですか?」
「何かご予定でも?」
「あー、いえ。別に」
「連日の事情聴取は疲れますよね」
「はい」
「ですが、あなたが事件に関与している可能性が浮上しています。もしやっていないと言うのであれば、あなた自身で疑いを晴らさなければなりません。被疑者を逮捕するためにも、事情聴取へのご協力、よろしくお願いします」
「分かりました。応じます」
ニコッとした橋本。でも、目は笑っていなかった。まるで剣太のことを犯人扱いしているような目をしていた。
帰ろうとパイプ椅子から腰を上げたとき、橋本が「あ」と何か思い出したような表情で剣太ことを見る。
「そう言えば、佐藤・・・、昨日あなたの取り調べを担当した男の人からの伝言があるの」
「何ですか?」
「そのまま読み上げるね」
そう言ってスーツのポケットから徐に紙切れを取り出し、それを透き通った声で読みだす。
「十一月十九日。今日はグッドニュースだ。昨日は今一緒に暮らしている両親は、君の本当の両親ではないと伝えたよな。だから今日は本当の両親のことを教えるね。野中剣太と血縁関係がある両親の名前は、サトウ コウセイ と サトウ カナ。年齢はともに四十七。住所は北区ー」
こめかみ付近から流れてきた一滴の汗が、頬を伝い、そして首元に落ちる。
「ここまで伝えれば分かるよな。二人は現在捜査している・・・、」
ちょっとした間。その間に橋本は目の奥を鋭く光らせた。
「夫婦殺害事件の被害者だ」
血の気が失せていく。乱れていく呼吸。早くなる鼓動。生きている感じがしなかった。