第1夜ー1
十一月十八日の放課後、剣太は友人のヤマグチに誘われて、学校から自転車で十五分の距離にある商業施設に遊びに来ていた。十六時三十分からアクション映画を鑑賞し、そのあとフードコートでハンバーガーを食べ、帰宅するために出入口に向かってヤマグチと横並びで歩いていた。まもなく出口だ・・・。そのときだった。
「野中剣太さんですね?」
右隣からやってきた若い男性。右手では警察手帳が開かれている。がっちりとした骨格と独特の目付きから、警察であることは手帳を見なくとも想像ができた。その近くには、同じ雰囲気を醸し出す四十代ぐらいの女性が立っている。その女性も、こちらを見ながら眼鏡の奥で瞳をキラリと光らせた。
「そうですけど」
そう答えると、その男性は手帳を閉じて口を開く。
「あなたが北区の夫婦殺人事件に関与していると、先ほど通報がありまして。任意同行を願えますか?」
堅そうに見えた男性の語尾は意外と柔らかかった。
「今からですか?」
「何か問題でも?」
「いえ、とくには」
「では、こちらへ」
剣太らの周りを通り去っていく人たちは、こちらを見ながらひそひそ話をしている。それだけじゃない。スマホをこちらに向けて撮影をしている人も多数いる。感情が高揚した剣太は、そのうちの一台に向かって手を振ってみた。そんな剣太のことを見たくないのか、撮影者は瞬時に目を逸らしたが、スマホは剣太を睨みつけていた。これがSNSに投稿されたり、テレビで流されたりするかもしれないなんて、夢みたいだ。
「えー、でもどうしようかな。これから、家に帰ろうと思ってたところなんだよな」
「任意同行はあくまでも任意ですから、拒否していただいても問題はありませんよ」
「へぇ、そうなんですね」
「はい。任意ですからね」
「ふーん。あ、でも、行かせてください。取り調べを受けられる機会なんて、一生のうちにあるかないかだと思うので」
男性は剣太の返答に明らかに当惑しつつも、「そうですか。では、こちらへ」と、目の前にある出入口ではなく、別の出入口がある方向を指した。
十一月十八日金曜日、十九時四十三分、警察に任意同行を求められ、そして応じた。
そのときに剣太が抱いた感情は高揚感だけで、それ以外何も感じなかった。それだけじゃない。その場にいた人々の様態、隣にいたヤマグチの表情、どれも無色透明だった。でも、唯一色を感じた声があった。それはヤマグチが遠ざかる剣太に掛けてきた「バイバイ」というもの。それは、黒に近い青系の色で、剣太は思わず振り返る。すると満面の笑みでこちらに手を振るヤマグチがいた。あそこまでの笑みを見たのは、出会ってから初めてのことだった。