勇者が魔王にやられた10年後の世界
海洋暦650年
魔王ハーメルによって勇者カイルが敗れた。
魔王ハーメルは剣術、魔術共に優れており、全ての面で勇者を圧倒した。
勇者は魔王に為す術なく敗れ魔王軍による悪政が敷かれるようになった。
勇者を亡くした彼らは魔王軍の支配下で奴隷の様に扱われる日々が続き、魔王軍の目から逃れた者は魔王に反乱すべく戦力を増強していた。
「カイン様。皆が集まりました。会議室でお待ちです」
「あぁ、分かった。すぐに向かおう」
ここは反乱軍の総本部であり、カインと呼ばれたこの男は勇者カイルの息子にして反乱軍のリーダーを務める者である。今日は反乱軍の面々を集め集会を行う日である。カインは自分を呼びに来た副官に礼を言うと会議室へと向かった。
会議室へ入ると既に待っていた面々が立ち上がりカインに向かい深々と頭を下げた。
「みな、楽にしてくれ。今から魔王軍討伐作戦について皆に伝える。心して聞いてくれ」
カインの言葉に皆は姿勢を戻し席に着いた。“魔王軍討伐作戦”と言う言葉に彼らの顔に怒りや憎しみの表情が浮かぶ。
この場にいる彼らは全員、魔王軍に家族や友人、かつての仲間を殺された者達である。
「まずは皆、魔王軍に我が父カイルが負けてから暗く辛い日々を送らせてしまったことを心から謝罪する。本当に申し訳なかった」
カインが発した謝罪の言葉に屈強な身体をした兵士長のグーロンが声を上げた。
「何を仰いますかカイン様!!魔王軍に捕らえられた我らを救ってくださったカイン様がなぜ頭を下げる必要がありましょうか!!何より、我らはカイン様の御父上様をお救いする事が出来無かった。我らの方こそ貴方様に向ける顔が無い!」
グーロンの発言に面々は当時を思い出し悔しそうな表情を浮かべ涙を堪えるような表情をしていた。
「グーロン...すまない。ただ、お前達は魔王を前に逃げず勇敢に立ち向かった。当時の俺は幼かったが故に隠れる事しか出来なかった。そんなお前達を称える事はあれど責める事など出来ぬ」
「くっ...ありがたきお言葉。。。」
カインの言葉に目に涙を溜めたグーロンは声を絞り出しカインに返事をした。
その後本題の“魔王軍討伐作戦”に関しての会議が始まった。
魔王軍に攻め入る日にちや作戦など順調に決まった。
会議も終わりに差し掛かった時だった。
「カ、カイン様!!大変です!!!ま、魔王軍が攻めてきました!!」
慌てたように兵士の1人が入って来て魔王軍の襲来を伝えた。
「なんだと!人数は何人だ?」
「そ、それが魔王筆頭に4人です!!我らでは太刀打ちd」
兵士の言葉を遮るかのように一筋の剣閃が彼の首を捉えた。血飛沫が飛び散り、辺りは騒然となっている。
カインの前にはグーロン含め複数の兵士がカインを護るように立ち塞がっている。
首を飛ばされた兵士の後ろから5人の影がこちらに歩みを進めてきていた。
先頭には煌びやかな装備を着けた魔王ハーメル。そして、戦士、僧侶、魔法使いといった勇者カイルを倒したパーティが揃ってこの場に来ていた。
「やぁ、カイルの息子君とその仲間達。こんな所まで逃げて来ていたんだね。僕達への反乱分子は早めに始末する事が決まったんだ。悪いんだけどここで死んでもらえるかな?」
ハーメルはにこやかな表情でそう告げた。
「なぜ、なぜ我らを狙う!我らは平穏に暮らしていただけだ!なぜ貴様は数多くの我らが同胞を殺し、我が父を殺した!!」
カインは声を荒らげハーメルに問いかけた。
父を殺され10年。魔王軍に捕らえられ、奴隷のように働かされ、仲間達と共に魔王軍の目をかいくぐり逃げてきた。
魔王軍は彼らを使い潰し男達は鉱山で従事させられ女子供は貴族への奉仕へと遣わされる事が多かった。中には重労働に耐えきれず死ぬ仲間達や、貴族たちに遊びの延長で殺される同胞を見るのも日常茶飯事であった。
そんな状況に耐えかねたカイン達はグーロンを筆頭に魔王軍から逃げ出し、いくつも街で奴隷となった同胞を解放し反乱軍を結成した。
「何故って?君達の存在自体が僕たちの害だからに決まっているだろ?」
「君たち【魔族】の王【魔王】は膨大な魔力により存在するだけで魔物を生み出し僕達【人間】に害を与えるそんな危険な存在を野放しに出来ると思うかい?魔王の血筋である君は特に危険分子なんだよ。カイン君」
そう、人間の国では魔物による被害が多い、だから魔王は淘汰され、それに準ずる魔族も淘汰される。そういう風に人間の国では伝えられている。
「黙れ!魔物は自然に発生する存在だ!我らの存在は関係ない!」
カインの言う通り実際には魔物は自然に発生する。魔族の国でも魔物による被害はある。それは魔族が存在しているからではない。あくまで自然発生した魔物が襲ってきているだけである。
しかし、人間の国では魔族の国を自分たちの領土にするために人間の国の上層部の者たちが魔物が出来る原因を魔王だと言い、勇者を選定し、魔王討伐をさせていたのである。
「ふふっ、そんな戯言が僕に通じると思っているのかい?まぁ、もういいや、君達は【勇者】ハーメルがここで始末する」
しかし、カインの言葉はハーメルに届かなかった。
「何を言っても無駄なようだな。人間の【魔王】ハーメル!貴様は魔族の【勇者】カイルに代わり今代の【勇者】カインが倒す!」
海洋暦660年
人間の勇者ハーメルと魔族の勇者カインの戦いは後の世まで語り継がれ、この戦いの後今の平和な世の中が訪れたという。
結末は皆さんの想像にお任せします