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夜電車のドアが開く音

作者: 後藤

___がたんごとん、がたんごとん。


どこか遠くから、耳の奥の方から、なにかの音が聴こえてきた。その音はどんどん鮮明になってきて、足元は熱くなってきた。俺は気づけば椅子に座っていた。目をゆっくり開けると広がっていたのは、少し暗い電車の中の風景。眠いな、と思いつつ目をこすりながら、ぼんやりと車窓を眺めた。がたがたん、と揺れながらトンネルに入ったり、夜の帳の中に光る夜景が線を引きながら移動したりしていた。俺はその光景をずーっとぼーっと見ていた。

ただ、俺はこんな夜遅くに電車に乗った覚えがなかった。だからといって、酔っ払った感覚も記憶もなかった。でも、これでいい。これで___。

目を閉じる。目の前は暗闇に落ち、その暗闇に、映画館のスクリーンのごとく、幾度となく見てきた、もう見飽きた光景が映し出される。


校舎の窓の外には曇り空が広がっており、それはまるで俺の心の内を暗示しているようだった。少し色づきはじめ、減ってきた木々が風に揺られる様子を、俺はぼーっと見ていた。すると突然「先生ー!」という声が、頭の中に響き渡る。どしたん、と俺は聞き返す。「今日な、ーーー…___。」へー、そうなんだ。適当な相槌で誤魔化した。俺はまったくもって生徒の話には興味がなかった。教師には向いてないんだろうと思いつつも、なぜか仕事をやめられずにいるのだ。

でも、本当に向いていないと思う。職員室では喧嘩が耐えないし、コーヒー嫌いなのにコーヒー臭いし。提出物やテストはギリギリまで見ないし、さっきも言った通り生徒のことなんて全然興味がわかないし。出身校である山の中の小さな中学校の先生に憧れた。そして努力をして夢を叶えたつもりで、最初は都会の中学校に勤め、今は転勤してアクセスの悪いど田舎の中学校に勤めている。夢は叶ってなかった。こんなの夢じゃなかった。なんで教師になったんだろうとほとほと思いつつも、もう7年間、この仕事をしている。


そして、そんな有象無象の毎日を送っているうちに、気がつけばここにいた。ついさっきまで何をしていたのか、どこにいたのかは覚えていない。ひょっとしたら、ただの夢かもしれない。だけど、なぜかここが愛おしくってたまらなかった。

そんなことを色々考えていると、窓の景色が変わってきていることに気づいた。電車が通ってるのか不思議なくらいのど田舎が目に付いた。電車の揺れも、少し増えて激しくなってきているようにも感じた。このまま事故っちゃいそうだなとか、馬鹿みてぇなことをヘラヘラ考えていた。

そして、辺りを見回しても人の気配はないし、運転手もいないことを知った。窓外の景色はもう見えなくなった。街灯もクソもないような田舎町を走っているのか、あるいは、何もない空間へとたどり着いたのか___。分からなかったけど、それどころではなくなってきた。俺は椅子から転げ落ちた。右も左も分からなくなってきた。それは比喩的表現ではなかった。本当に、右だと思ったら左で、左だと思ったら下で、下だと思ったら上で。次第に目は回って、見えなくなってきた。

窓の外の様子が少し見えた時には、線路は落ちて乱れきっていたことを確認できた。案の定列車は事故を起こしたようだ。がたがたと、耳障りな雑音が耳に飛び込んでは隙間ないくらいに入ってきて、ついには出口がなくなって、耳の中で暴れ回っている。その時俺は、確かな死を感じた。

それは別に、悲しくなかった。嬉しいというべきか、というほどであった。解放される喜びしか感じていなかった。

そこで初めて、俺は仕事に極度に追い詰められていたのだということに悟った。だって、もう生きる目的を見出せていなかったから。こんなことで潰れてしまう命、やっぱり弱くて儚いな…。そんなことをただひたすら、漠然と思っていた。


___しばらくして、音と揺れは落ち着いた。自分や電車がどのようになっているのかは判らなかった。知る術もなかった。もう体は動かないし、視界もぼやけていたからだ。ただ、かすかにアナウンスが聞こえただけだった。『___駅、___』

ドアは開く。そのとき、ふと思い出した。そういえば、この電車に乗る前は、首を吊る準備をしていたなあ。

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